国への宣戦布告と、立ちはだかる『最強の先輩騎手』
セドリックの言葉に、打ちひしがれた。
私は、なんと浅い考えだったのだろう。
ユニコーンに乗れるのは純潔の乙女だけ。という言葉を、自分から何も動かずに心から信じ、そして自分に騎手人生を取るか、結婚を取るかという、さも片方しか選べないような呪いを自らかけていた。
しかし、フレデリック殿下はもっと高い視座から物事を考え、自ら動いていた。
常識も、しきたりも全て覆してしまうような驚くべきことを考えていた。
私は自分の小ささと浅はかさを恥じた。
「殿下の思いに共感されたのであれば、今すぐ殿下の元へ向かってください。フレデリック殿下は、貴方の答えをずっと待っているのですよ。」
そう声をかけられて、私はハッとした。
そうだ、ここでいつまでも後ろ向きになっていても仕方がない。
覆せない過去について考えるよりも、今すぐにできることをやろう。
今すぐ、殿下に会って話をしなければ。
私は、セドリックに失礼します。と頭を下げて殿下を探し回った。
もう陽が落ちている。
普段だったらブラックヴェッセルの調教は終わって私も引き上げている時間帯だったため、殿下は王宮の中にいるだろう。
私のような地位の低い者は王宮の中に入る手立てがない。
しかし、私は諦めずに自分の行動できる範疇で殿下を探した。
「リア、そんなにバタバタしてどうしたの。」
上の方から聞き覚えのある少年味のある声がした。
私が声のする方へ向くと、フレデリック殿下がテラスから私がいる庭を見下ろしていた。
「フレデリック殿下。」
「王宮の回りを僕を探し回ってぐるぐる走ってる女騎手がいる、とメイドから聞いてもしかして、と思ったんだ。」
殿下は私の様子がおかしいのか、朗らかに笑った。
「もう、殿下。もしかして私が探し回っているのを分かって眺めていたんですか。」
「ごめんね。そういうつもりじゃなかったんだけど、リアが本当に走り回っているのが面白くて少し声を掛けるのが遅くなったことは認めるよ。」
彼は悪戯っぽい笑顔を浮かべて、下に降りるから待っていて、とだけ言って消えていった。
暫くすると、外套を羽織った殿下が私の元へゆっくりやってきた。
「待たせてすまない。・・・で、わざわざ僕を探しにきてくれたということは、この前の回答を聞けるということで合っているかな?」
殿下が着ていた外套を私の背中にフワッとかけた。
私は、外套の裾を掴むと、はい。と深くうなずいた。
「答えを聞かせてもらおうか。」
彼の顔に緊張が走る。
「結婚の話を、受けさせてください。私も、ずっと前から殿下のことをお慕いしておりました。私は、ずっとその気持ちに蓋をして・・・お言葉をいただいたときも、私は失礼な行いをしてしまいました。お詫び申し上げます。」
私は深々と頭を下げた。
こんなに真っ直ぐに自分に愛を向けてくれたのに、私は目の前にいる青年のその思いを保留していたのだ。
殿下は、ほーっと息を吐き出すと、私をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう、リア。キミに保留したいと言われてから、断られるんじゃないかと思ってここ数日はずっとキミのことばかり考えてしまっていた。受けてもらえて嬉しい。」
殿下は私の顔をじっと見つめる。
彼の美しい碧眼の中に、私の潤んだ顔が見えた。
「リアが何に迷っていたのかよく分かっている。端から見るととても矛盾したことを言っている。自分のユニコーンに乗れと言いながら、結婚してくれなんて。でもそんな前代未聞の茨の道だからこそキミと一緒に乗り越えたいと思ってプロポーズした。」
「殿下、矛盾していることは何一つありません。私は殿下のこともブラックヴェッセルのことも諦めるつもりはありません。」
私は、殿下に向かって思いっきり笑った。
「私は、両方を手に入れてこの国の伝説になってみせます。」
「ついに、見つけたんだね。」
はい、と私は頷いて先ほどの出来事を共有した。
殿下は私の話を頷きながら、セドリックの奴め・・・など相づちを打ちながら最後まで聞いてくれた。
「しかし、まだ私は絆があれば結婚後もユニコーンに乗り続けられる説を確信したわけではありません。セドリックさんだって同じでしょう。私は殿下に相応しい女になるためにも、やり遂げなければなりません。」
私は人差し指を立てる。
「私は、ヴィクトリアやシビュラだけでなく、この国の国民全員に認められるためにもV1制覇を目指します。ブラックヴェッセルと私の原点ですから。そこは変えません。」
ですが・・・と続ける。
「さらにもう一つ目標ができました。私は殿下のお側にいながらV1制覇を目指します。必ず恋と騎手は同じように情熱を捧げ両立できるのだと知らしめることです。」
すると、殿下はプッと吹き出して、大笑いを始めてしまった。
私がムッとして顔を赤くしていると、
「すまない。リアはやっぱりリアだと思ったんだ。どこまでも目標に一途で、僕の愛する人だ。リアの言うとおり、V1全制覇を共に目指そう。その時、今までよりもより近い場所で僕はそれを見届けさせてもらうよ。僕は僕のやり方で、リアはリアのやり方でこの国を変えるんだ。」
殿下は、私の唇に不意に口づけをした。
私が焦っていると、すぐに口を離し、
「本当に現実かどうかを確かめるための口づけだよ。・・・本当に夢じゃないんだな。」
私の顔は余計赤くなる。
これは茶化されたことへの怒りか、突然の口づけへの羞恥心なのか分からなかった。
「この続きはまた後日ね。今日はもう遅いし、送っていくよ。」
殿下は鞄からマントを出すと、私の身体と一緒に包み込み、歩き出す。
マントの中はとても暖かく、殿下の体温を間近で感じながら帰路につくのであった。
それから数日後、婚約を機にチームブラックヴェッセルはますます士気が上がっていた。
芝、ダート、障害・・・と様々な種類のV1を制覇していく。
民衆たちの話題もすっかりチームブラックヴェッセルの話で持ちきりだった。
いよいよ、V1の中で最も大きなレースであり、国民の人気投票により出場が決まる『ヴェルダンティア記念』へ出走が決定した。
このレースを制することができれば、いよいよV1を制覇することができる。
『ヴェルダンティア記念』は他のV1レースとは違い、年末に行われるため、その年を締めくくる大きなレースだ。
これを制したユニコーンはヴェルダンティア王国の歴史に名を刻むことになる。
「『ヴェルダンティア記念』を制する前に結婚しよう。そして結婚後に『ヴェルダンティア記念』を制覇する。…だから、出走ユニコーンが決まる前に婚約したことはみんなの前で発表し、宣戦布告とする。というのはどうかな?」
フレデリック殿下の提案だった。
「結婚がリアにとって終わりではない、始まりであることを国民にも示したい。そして、結婚後も変わらずV1制覇という目標を達成できることを、知らしめるんだ。」
私は殿下の意見に賛成した。
だが、他のV1よりもさらに肩の荷が重くなることになる。
結婚してから敗北したのでは意味がない。
絶対に負けられない戦いになる。
「リアのドレスはやはりユニコーンをイメージしたものが良いものか・・・なにか希望はあるかな?」
しかし私の緊張をよそに、フレデリック殿下は式をどうするかなどの想像を膨らませているようだった。
そんな殿下の様子に肩の力がふっと抜けてしまう。
微笑ましいやら、緊張感がないやらで私は殿下を叱る気にはなれなかった。
殿下との結婚式のプランを立てつつ、その日は帰路につくと、ハンナ先輩が緊張した面持ちで私に話しかけてきた。
いつも微笑みを浮かべている彼女がそんな顔をすることが少ないので、なにか良くないことが告げられる予感がする。
「最近調子がいいのね。殿下とも、ブラックヴェッセルとも上手くやっているということかしらね。」
婚約のことは、唯一彼女には話している。
そのとき、彼女は私の婚約に嫉妬するでもなく、共に喜んでくれていた。
しかし、今目の前の彼女はそのときの笑顔が一切なくなっていた。
「私、次のV1『ヴェルダンティア記念』でヴァングロリアで出走することになったの。」
私は一瞬耳を疑ったが、シビュラならやりかねない。
かつてヴァングロリアに乗っていた専属騎手のヴィクトリアは騎手を降ろされ、ハンナが騎乗することになったのだ。
「騎手が変われば戦い方は大きく変わる。一度ヴァングロリアを下したからといって、油断はしないでね。」
ハンナはヴィクトリアのように卑怯な真似はしないだろう。
それだけに、手強い。
そして何より彼女には『ヴェルダンティア記念』の優勝経験があり、私は彼女に勝ったことがない。
シルヴァーレイスに乗っていたときは、何度か手合わせしたことがあったが、ブラックヴェッセルでマッチングするのは初めてだった。
「かわいい後輩が相手でも、手加減しないから。」
そう言い残したハンナ先輩の顔には黒い影が落ちていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
年末の大一番『ヴェルダンティア記念』で立ちはだかるのは、なんとヴァングロリアに乗ったハンナ先輩。正統派で実力者の先輩が相手となると、かつてない苦戦が予想されます。そして、彼女の顔に落ちていた暗い影の正体とは……?少しでも心が動いた方は、
ぜひページ一番下にある【☆☆☆☆☆】の星を押して、いよいよ最終決戦へ向かうリアと殿下を応援していただけると本当に嬉しいです!
最強の先輩にどう立ち向かうのか? そしてシビュラの思惑とは?
次回の更新は土曜日の予定です




