プロポーズの代償
「殿下、今何を?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返してしまった。
「聞こえなかったのかい?僕と結婚してくれと言ったんだ。」
私は固まった。
待ち望んだ言葉であったにも関わらず、今その言葉を聞きたくなかった。
まだ心の準備ができていない。
自分のかけた問いに答えなければならなくなってしまう。
騎手人生を取るのか、それとも結婚を取るのか―。
私は宿舎に帰ってからベッドに身を投げた。
殿下相手に、『保留』という答えを出してしまった。
普通の女であれば、貴族でもない者が王族の、しかも第三王子に告白されたとすれば喜び即答するものであるため、失礼極まりないことは誰が見ても明らかだ。
それでも殿下は返答を待つ。と言ってくれた。
しかし、告白の後のレースはずっとボーッとしてしまい、心ここにあらずといった感じで全く内容を覚えていなかった。
返答を待つ殿下を置いて、私は逃げるように競馬場を去ったのだ。
―結ばれたとしても、私は妻としての責務を果たせない。
王族の、しかも正統な後継者の候補となっている王子の妻となれば、一番求められることは経済力でもなく、家事でもなく、やはり世継ぎを授かることだろう。
しかし、世継ぎを授かるということは、純潔を失うということ。
純潔を失うということはユニコーンに乗れなくなること。
ユニコーンの性質は殿下もよく分かっているはず、ここまで来て、ブラックヴェッセルの騎手を辞めろというのだろうか。
彼の考えが分からない。
せっかくのV1優勝を得たのに、私はそのことばかりが頭の中をぐるぐる回り、その日の夜は全く眠れなかった。
翌朝、少し気まずかったが、ブラックヴェッセルの調教を休むわけにはいかず、いつも通り王族厩舎へ行く。
いつも通りストレッチを終えると、私はブラックヴェッセルの背に乗った。
しかし、乗った!と思った次の瞬間、私の視界は360°回転し、身体は激しく土の上に叩きつけられた。
一瞬何が起こったのか分からず、慌ててブラックヴェッセルの方を見ると、彼は立ち上がり、激しく震えていた。
気を取り直してもう一度乗ろうと思ったが、再び激しく立ち上がり大きく身体を震わせた。
今度こそ落とされまいと、手綱を一生懸命握っていたものの、左右に大きく首を振られて私は二度目の落馬をした。
「なぜ、ブラックヴェッセル!?私だ!リアだ!」
尻餅をつきながら、彼に向かって叫ぶと、彼はぷいとそっぽを向いていつもの調教コースではない芝へ悠々と駆けだして行ってしまった。
その様子を見て、私は事故で落ちたのではなく、彼に故意に落とされたのだと自覚した。
「どうしてだ。ブラックヴェッセル・・・。」
私は彼を追いかけるような気力もなく、うなだれていると、なんとそこに、第二王子のユリアンがやってきた。
彼は私の顔を見るなり、苦笑いをしてみせた。
「ここで会ったのは三回目だな。まあ今までの二回ともまともな出会いではなかったが。」
落馬した私を笑いに来たのか、彼にはあまり良い印象がない。
「なんのご用ですか?私は貴方に構っている暇はありませんし、第二王子ともあろうお方が私のような一介の騎手に構っている場合ではないのでは?」
わざわざ王族の者に言うような言葉ではない言葉を選び取り、私は冷ややかに当たった。
「フレデリックの専属騎手には随分嫌われたな。勘違いしてほしくないのだが、今日はキミに喧嘩を売りに来たわけではない。俺はキミを心から尊敬しているんだよ。あの時、フレデリックを妖精の森に置いていったのは、キミの予想通り、俺の作戦だったし。」
ユリアンが急に思いもよらず、独白を始めたので驚いた。
「それに、俺が不吉と言い放ったブラックヴェッセルで見事にV1を優勝した。何をそんなにヒリつくことがある?」
一瞬だけ彼のことを見直したが、今の状況を指摘され、急に彼のことが鬱陶しくなった。
図星を突かれたようで、余計に腹が立ったのだ。
「貴方にお話することなど、何もありません。自分のユニコーンの世話をしたらどうですか。わざわざ私に絡む為に来たんですか?」
私の変わらない態度にユリアンが深いため息をつく、ため息をつきたいのはこちらの方だ。
「相当虫の居所が悪いみたいだな。ここに来ると、初めて会ったときに俺がブラックヴェッセルの悪口を言ったことで、キミ達に火をつけた日のことを思い出す。そして、後継者争いに勝つために、俺より年下でありながら有力候補だったフレデリックを妖精の森に置き去りにした時のことも思い出したりして・・・。」
ユリアンは続ける。
「キミがすぐにフレデリックを助けたことによって俺のしたことは明るみになった。そして罰を受けることになったのだ。王位継承権の道は断たれた。キミに二回も打ちのめされて、これからどう生きるべきか本気で迷って、気づいたらここに来ていた。ただ、それだけさ。」
ユリアンは自嘲した。
しかし、私はすっかりユリアンの紡ぐ言葉一つ一つにいつの間にか引き込まれていた。
彼も、彼なりに色々あったのだと、そこで初めて知った。
「だから、俺は何かに躓きそうになったときや物事に行き詰まったときにはこうやってブラックヴェッセルの厩舎に来て初心を思い出すようにしている。今キミが迷っているのであれば、あの日のことを思い出してみたらどうかな?・・・なんて俺のアドバイスなんておこがましいか。」
私はそのとき、思い出した。
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リアが思い出した記憶とは? そして騎手としての道はどうなるのか。
次回は金曜日更新予定です!




