悪魔との取引
殿下はシルヴァーレイスの厩舎へやってくるなり、私に駆け寄ってきた。
「リア!約束通り、凄腕の魔導師を連れてきた。これでシルヴァーレイスもきっと良くなるはずだ。」
すると、殿下の後ろの方からコツ・・・コツ・・・と高いヒールで歩く音が聞こえ、ゆっくりと紫色のローブに包まれた宮廷魔導師、シビュラの姿が現れた。
「リア騎手、ごきげんよう。まさかこんな形で再会するとは思いませんでしたわ。」
彼女は優雅にローブの裾を持ち上げると、私に軽くお辞儀をした。
何を目論んでいるのか、彼女の血のような赤いリップと、鋭いアイラインからは想像もつかなかった。
いったいどの面を下げてきたのだ。という言葉が口をついて出そうになる。
彼女のせいでシルヴァーレイスは今の状態になったと言っても過言ではないのに。
「わたくしは最近アラリック殿下の『狩り』に付き合わされることが多く、王族が関係しない案件は急務として対応できませんわ。とフレデリック殿下に申し上げたのですが、フレデリック殿下が『僕はリアのパートナーだ。そしてリアの大事なユニコーンが重篤なのだから、王族である僕が関わっている。これは急務だろう。』と言って聞かなくて。」
彼女は堂々とシルヴァーレイスの柵の中に入ってくる。
私は未だに彼女への警戒を解かず、シルヴァーレイスの頭を抱えた。
「お忙しい中来てくださったのは嬉しいですが、一体どのような治療を彼女に施すのですか。」
「そんなに警戒なさらずとも、治癒魔法を角にかけるだけですわ。そうやって貴方がどいてくださらないのであれば、わたくしは治療できません。さあ、そこを譲ってくださいまし。」
私はフレデリック殿下と視線を交わす。
殿下が、うなずくと、私はひとまずシルヴァーレイスのことは彼女に任せることにした。
彼が私の手を引いて、側に寄せると耳打ちをする。
「シビュラが兄上の手先であって、後継者争いで僕を排除しようとしていることはよく分かっている。でも、いろんな人をあたってみてシルヴァーレイスを治してくるほどの実力者は彼女以外に見当たらなかったんだ。キミの大事なものを救うためだったら、僕は悪魔とも取引する。」
殿下にとっても、ここでシビュラに借りを作る羽目になったのは後継者争い上不利になる可能性が高い。
それだけ本気で私を助けようとしてくれたのだ。
私は、はやる気持ちを抑えて、ここは殿下に従うことにした。
シビュラは魔方陣の描かれたスクロールを床に敷いて、その上にシルヴァーレイスの頭を乗せる。
それから、角に手をかざしながら何かぶつぶつと唱えているのを私は柵の外から見守っていた。
そんな彼女が何か妙な真似をしないように警戒は解かなかった。
彼女はそんな私はお構いなし。というように、テキパキと作業を進めていく。
私は魔法のことはそんなに詳しくなかったが、彼女が本気でシルヴァーレイスのことを治そうしていることはなんとなく分かった。
「わたくしも、ヴァングロリアの馬主をやっていますからね。ユニコーン好きの一人として、彼女の治療には全力を注いでいますから、安心してくださいまし。」
私の気持ちを察してか、シビュラは作業しながら言ってくる。
嘘だ。
もし本当にユニコーンのことを愛しているのだとしたら、シルヴァーレイスがヴィクトリアに攻撃された時点で異議申し立てをするだろう。
宮廷魔導師である以上、あの魔法は見逃しようがない。
「それに、シルヴァーレイスの治療を引き受ける代わりに、かねてよりお願い申し上げていたヴァングロリアの専属騎手であるヴィクトリア・リリィとの見合いを承諾してくださるという話でしたから、私も手を抜くわけにもいきませんわ。」
ヴィクトリアとの見合い・・・!?
思いがけないところで彼女の名前が出てきて、戸惑ってしまった。
「リリィ家は、代々男子は王家の近衛騎士に。女子はユニコーン競馬の騎手に。と、生まれたときから英才教育を受ける由緒正しき家系。殿下が愛するユニコーンの騎手であるヴィクトリアを是非、妻にと推しているのですよ。」
彼女は不敵な笑みを浮かべた。
私は、思わずフレデリック殿下の方へ視線をやると、殿下は底知れぬ冷ややかな瞳でシビュラを見下ろしていた。
ヴィクトリアはシビュラの専属騎手だ。
彼女を殿下の妻に据えることで、内側から殿下を監視するつもりなのだ。
そして、アラリック殿下が後継者として誰も疑いようがないように足場を固める魂胆だろう。
頭では第一王子派閥の汚い陰謀だと理解している。
だというのに、ヴィクトリアが殿下の隣でほほえむ姿を想像しただけで、胸の奥が焼け焦げるように痛んだ。
魔方陣が収まった頃、シビュラがこれで良いでしょう、とシルヴァーレイスの角に特殊な包帯を巻いた。
「シルヴァーレイスの角はこれで暫く安静にしていれば大丈夫でしょう。もし何かあったらわたくしに直接言いに来てくださいまし。」
と、魔法道具を片付け始めると、
「フレデリック殿下、彼女との見合いの日取りは追って、連絡させていただきますからね。ごきげんよう。」
と、言い残し、颯爽と去って行った。
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過酷な現実を前に、リアはどう動くのか……。
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