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婚約破棄された崖っぷち女騎手、第三王子に拾われ不吉な『黒いユニコーン』と伝説の専属騎手になる  作者: 目白シキ


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金でも権力でも、僕のすべてを使ってでも

「シルヴァーレイス!」


厩舎に入るなり、私が名前を呼んでも彼女の返事は聞こえなかった。

柵から顔を出すことはできなくても、少なくとも今朝は返事をするくらいの元気があることは確認していたのに。


小走りで柵の前に行くと、彼女は藁の上で寝そべっており、こちらに顔を向けることすら難しい、というような体調のようだった。


「今日、お前さんが帰ったあとに、彼女の様子を見に来たんだが、急にこんな感じで元気がなくてな。好物の虹色チューリップにも全く口をつけられず、柔らかいものも受け付けてもらえなくてずっとこんな感じだ。」


きちんと休養すれば容体が良くなる。

という話を聞いていたものの、あれから毎日様子を見に来ても一向に良くなる気配がなく、心配していたが、ついにその心配が現実になりつつあった。


「シルヴァーレイス・・・どうしてだ。」


私は彼女の身体をよく観察した。

長いこと休んで外傷はなく、傷は完全に癒えているように見える。

今朝見た時と異なる部分はないか?見落としている異常はないか?


彼女の身体を手のひらで撫でながら、丹念に確認する。

すると、角に見覚えのない線が走っているのが視界に入った。


「まさか、これはヒビ・・・!?」


そんな、とギャレットも柵の中に飛び込んで、角を見る。

私が指した線を見ると、彼の顔から血の気が引いていくのがわかる。


ユニコーンの角は、身体中の魔力の源になっている。

つまり、生命線だ。

角が折れるということは、死を意味する。


今はまだヒビなので体調が悪い程度で済んでいるが、このまま放っておくと命に係わる。


「間違いない。これはヒビだな。」


ギャレットが確定させる。

嘘であってくれと思った。

目の前の現実に言葉を失う。


「まさか、シルヴァーレイスの状態がここまで悪いとは。ギャレットさん、どうしよう。」


ギャレットは調教のプロではあるものの、医師や魔導師ではない。

更に角の傷を癒やすとなると、かなりの実力の魔導師の力が必要だ。


「言い辛いのだが、そもそもここまで休みが続いている時点で、馬主さんにとっちゃ大赤字だ。そして今日、彼女の役目はここまでか。という話をちょうどしていたところだ。彼女の傷を癒やすほどの魔導師は、金もコネもなければ手配できないのが現実なのだ。」


やはりそうか。

怪我などで競馬に出られなくなったユニコーンは、余生を調教牧場とは別の牧場で過ごさせるか、あるいは殺処分して薬の材料として高く売り、少しでも投資額を回収する。という二つの道がある。


どれだけ優しいと言われる馬主でも、金もコネも持ち合わせていなければ、角に傷ができるほどの怪我を負ってしまったら後者を選ぶのは必然だ。


シルヴァーレイスの馬主とて例外ではない。

助けたいという強い思いがあったとしても、それに見合うだけの対価がなければ治療という道も、牧場での余生も選択肢としてそもそも提示されないのだ。


ギャレットは、私を思って言葉を濁してくれているが、馬主がその話を私の居ないところで進めようとするところから、そういうことなのだろう。


今までは、どのレースに出るか、どんな作戦でいくか、どんな細かいことでも馬主と相談して決めていた。

だが、今回は私の意思は尊重しない。いや、できないのだろう。

私も金を工面できない以上、馬主のそのスタンスは責められない。


その日は、生きた心地がしなかった。

どうすることもできず、私は宿舎で寝て、起きて、朝食を食べる。


「あら、おばさん。今日はハンナ先輩がいないから、一人でご飯かしら?友達もいないなんて、惨めね。」


今日ばかりはヴィクトリアの戯れ言にも感情が動かされず、耳の穴を抜けていった。

彼女も事情を察したのか、流石にそれ以上は特に絡んでくることはなかった。


シルヴァーレイス。こんなところでお別れなのか?

あんなやられ方をして・・・。


「リア!リーア!」


私は、ボーッとブラックヴェッセルの厩舎に向かっていたところ、フレデリック殿下に肩を掴まれてようやく我に返ったのだった。


「リア、どうしたんだ。最近はブラックヴェッセルに狂ったように乗っていたかと思うと、今度はボーッとして。何かあったなら、相談に乗るよ。だから、一人で抱え込まないでくれ。」


私はうつむいた。

殿下に関係ないユニコーンの話で彼にたかるわけにはいかない。


「リア!聞いているのか。僕に何でも言ってくれ。今までだってリアは僕を助けてくれただろう。今度は僕に助けさせてくれ。」


泣くな。殿下の前で。ずるい女にはなりたくない。

でも、そう思えば思うほど次から次へと涙が溢れてくる。


殿下は、何も言わずに私を抱きしめて誰にも見られない場所へ連れて行ってくれた。


私が落ち着くまで、フレデリック殿下は黙って背中をさすりながら待っていてくれる。

しばらく泣き腫らした後、改めて殿下に泣き顔を見せてしまったことが恥ずかしかったが、見守る彼の優しい表情を見たら、彼が側にいてくれる安心感のほうが上回った。


「すみません、殿下。突然涙が止まらなくなってしまい・・・情けない姿をお見せしてしまいました。」


彼は微笑むと、ゆっくりと首を左右に振った。


「情けないなんて、これっぽっちも思わなかったよ。どんなに素晴らしい僕の専属騎手であるリアだって、ひとりの人間だ。泣きたいときもあるだろう。」


彼の言葉にまた涙が出そうになったが、今回はぐっとこらえた。

シルヴァーレイスがつらい思いをしているときに、私が泣いてばかりではいけない。


「よければ、わけを話してくれないか?キミの涙の理由と、ここ最近なにがキミを追い込んでいたのかについて。」


ここまで殿下を付き合わせてしまったのだ。

ここに来て「なんでもありません」で通すわけにもいかないだろう。


「・・・シルヴァーレイスが危ないんです。『若葉杯』で転んだ後、暫く休養すれば治るという話だったのですが、今日になって角にヒビが入っていることがわかったんです。」


私は深いため息をつく。


「このままでは、シルヴァーレイスは競走馬として生きることはおろか、普通に生きることさえ難しくなってきました。」


「そんなことになっていたのか。すまない。僕もキミに言われる前に気づくべきだった。」


殿下は、膝に置いていた手のひらを握りこみ、震わせていた。


「そんな、殿下はあくまでブラックヴェッセルの馬主です。シルヴァーレイスの関係者ではありません。知らなくても無理のないことですし、殿下になんとかしてもらうのはお門違いではありませんか。」


「何を言うんだ、リア」


いつもよりずっと低く、冷たい声に、私は思わず肩をビクンと震わせた。


「僕が関係者ではない?…冗談じゃない。僕はブラックヴェッセルの馬主であると同時に、専属騎手であるキミのパートナーだ。キミの悩みも、キミの大事なものも、すべて僕が背負う義務がある。」


殿下の瞳が、逃げ場をなくすように私を射抜く。


「だから、僕がキミに関係ないなんて…二度と言わないでくれ」


私はそんな殿下の様子にびっくりしてしまった。

そこまで、私のことを気にかけていたとは…。


「シルヴァーレイスのことは、僕に任せてくれ。金でも権力でも、僕のすべてを使ってでも、キミの悲しみを消してみせる。」


今の殿下には、何を言っても止められなさそうだ。


「だから、今日はもう帰って休んでいてくれ。最近キミも根を詰めすぎだ。身体も休息を必要としている。三日以内にはシルヴァーレイスの厩舎に、必ず彼女を治せる凄腕の魔導師を呼んでくる。キミは僕を信じて待っていてくれ。」


殿下が私の手を握る。

その手は今までのどんな時よりも、力強く、そして頼もしかった。


「わかりました。殿下。貴方が私を信じてくれたように、私も貴方を信じてみたいと思います。」


私が素直に従ったことをいいことに、殿下は宿舎まで送って行くだの、高級なアロマを持って行けだの、色々世話を焼きたがったが、また宿舎で変な噂がたって言い訳する労力を割くのは今の私にはできそうもない。と丁重に断った。


夜、宿舎のベッドで横になると、久しぶりに胸が安らかであり、自然とまぶたが落ちてくる感覚がわかる。


マットレスの柔らかさに身を任せ、沈み込むと疲れがマットレスに抜けていくようだった。思えば、殿下の言うとおり、最近は根を詰めすぎていたのかもしれない。

久しぶりにこんなにすっきりした気分で眠れる。


私は意識を手放し、深い眠りについた。


それから2日後、殿下が厩舎へやってきた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

そんな彼女を抱きしめ、「金でも権力でも、すべてを使う」と言い切ってくれるフレデリック殿下のスパダリっぷり、いかがだったでしょうか?

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次回の更新は木曜日の予定です。次回もお楽しみに!

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