夕暮れの凶報
それからは、狂ったように毎日ブラックヴェッセルとの練習に励んでいた。
フレデリック殿下との事件との後の出来事をなるべく思い出さないように、とにかく練習に集中する。
しかし、集中しようと思っても、どうしても雑念が浮かんでくる。
「ごめん、やっぱりキミと一緒になるのは無理だ。キミを妻として見ることはできない。」
婚約破棄した男が言い放った言葉が呪いのように重くのしかかる。
私は殿下とは結ばれない。
結ばれたとしても、私は妻としての責務を果たせない。
ましては相手は王子なのだ。
妻に求めるのは世継ぎ。普通の男ともわけがちがう。
ユニコーンに乗れるのは純潔の乙女だけ。
王子と結ばれるということは、すなわちブラックヴェッセルの騎手を辞めるということだ。
しかし、忘れようと思ってもあの洞窟で感じた殿下の腕の中の温もりを思い出してしまう。これ以上側にいることを望めば、自分の気持ちが抑えられなくなる。
恋愛を捨てて騎手として生きていくと誓った決意が揺らいでしまう。
「リア騎手、練習に精が出るのはなによりですが、あまりご無理をなされないようにしてくださいね。」
セドリックが古い本を片手に私の調教の様子を見に来た。
彼は、ストイックに練習する私の姿を見かねてか、腰に下げていた水を差しだしてくれる。
「いえ、私は殿下のために―、いや、殿下とブラックヴェッセルと共に目標を達成しなければならないですから。」
私は差し出された水を受け取り、勢いよく飲み始めた。
砂と乾きで砂漠のようになってしまった私の喉が潤っていく。
「最近の殿下も、会う度にリア騎手、リア騎手―ですからね。いえ、今はリアとお呼びでしたか。」
ブフォッ。
セドリックの言葉に思わず飲んでいた水を勢いよく吹き出してしまった。
「申し訳ありません!」
思いっきり彼の顔面にかけてしまった。
セドリックは眉ひとつ動かすことなく、持っていたハンカチでさっと顔を拭いた。
どちらかというと、顔にかかった水よりも、持っていた本が傷ついていないかどうか、入念にチェックしていた。
ユニコーンの調教に関する本なのだろうか、妙に古めかしく、銀で縁どられているのが目に付いた。
見慣れない本だ。
宮廷図書館にでも所蔵しているのだろうか。
彼は、私が本を目で追っているのを気づき、さっと小脇に隠した。
「本当に殿下と似ていますね、貴方は。好きなものに対してとにかく真っ直ぐな所とか、隠し事が隠し事になっていない所とか・・・。」
私の顔面が紅潮していくのが、自分でもわかる。
「そんな心づもりはありません!」
私は飲み終わった杯をセドリックへ突き返す。
彼はため息交じりで杯の縁を布巾で拭った。
「ユニコーンには純潔の乙女しか乗ることができませんからね。しかし、なぜそう言われているのか、貴方はご存じですか?」
考えたこともなかった。
なぜ、ユニコーンが純潔の乙女にしか乗ることができないのか―。
生まれたときから、ユニコーンと共に育った私としては、そんなことは至極当然の常識のようなものだったため、疑問に思う余地がなかったのだ。
「なぜですか?実際、純潔ではない人や、男性が乗った時は振り落とされます。それは事実なはずですよね。」
「貴方は、殿下と距離を取ろうとしておいででしょう?それは、ユニコーンの性質ゆえ、思い悩んでいると推測します。ですが、何もかも決めつけたり、常識に囚われていたら自ずと自ら将来の道を狭めることになるでしょう。」
セドリックの目が私の全てを見透かすように見えた。
「この世の発明や発見と呼ばれるものは、その常識を疑うところから大抵は始まっているのですよ。リア騎手。」
そう言い残すと、彼は、練習はほどほどに。といいながらくるりと背を向け去って行った。
「常識を疑え・・・か。」
ぽつんと取り残されたブラックヴェッセルと私は思わず顔を見合わせた。
王族厩舎からの帰り道、私はずっとセドリックが言い残したことが頭から離れず、ずっとボーッとしていた。
そこへ、道の向こうからドタドタと、ギャレットが息を切らせながら走ってくる。
大柄なおかげで、遠くからでも彼のシルエットが夕日でくっきりと見えていた。
「リアさん!リアさん!」
どうやら、ただ事ではない。ということがその様子からうかがえた。
「シルヴァーレイスが・・・!」
「シルヴァーレイスがどうした!?」
私はギャレットが息を整えるのを待つのも焦れったく思う気持ちを抑えつつ、彼の次の言葉を待つ。
「容態が思わしくないのだ。厩舎に来た方が早いが、今から寄れるかね?」
私はもちろん。というと、ギャレットと共にシルヴァーレイスのいる厩舎へと急いだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
「純潔の乙女」しか乗れないユニコーン。殿下への恋心を自覚したからこそ、リアは騎手としての夢との間で板挟みになってしまいます。
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次回、月曜日更新予定です。




