殿下、どこですか…?
道中、見張りの衛兵や、町民たちが黒いユニコーンに乗って駆ける私を見て、悲鳴を上げる者や、驚きの声を上げている者がいたが、そんなものはものともしないと言わんばかりの脚力で走り抜けていく。
制止の声を振り切り、街の門を突破し、妖精の森へと駆けだす。
その森は街から少し走った山脈の麓に広がっており、目に見えるほどの魔力の霧が立ち込めており、異様な空気を醸し出していた。
普通の馬であったなら、丸1日かかると言われていた道程を、ブラックヴェッセルと私は数時間で駆け抜けてきた。
いつの間にか視界は紫色の魔力が立ち込めており、数歩先は見えないほどの濃い霧に包まれていた。
この森は迷いの森だ。
この深い霧によって、視界不良で方角が分かりづらい上に、魔物は旅人をあらゆる手段で誘惑したり、興味をそそったりして森の奥へ奥へと引きずり込む。
私も例外ではなかった。
美しい透き通った声の歌が遠くから聞こえ、引きずられそうになる。
しかし、その度にブラックヴェッセルにしっかりしろ、と地団駄を踏まれる。
彼は森に入っても物怖じせず、ひたすら主の居場所を探っている様子で、一生懸命鼻をヒクヒクさせている。
「ブラックヴェッセル、フレデリック殿下の居場所が分かるか?この霧では、私の目はまるで役に立たない…。セドリック調教師が言うように、私が入る場所ではないな。」
私が話しかけると、彼はフレデリック殿下の僅かな魔力の残滓を探すように角を地面に充てたり、足跡を辿るように地面を注視したりと五感を使って探しているようだった。
「弱音を吐いている場合ではないな。すまない。私もしっかり探すよ。」
私も共に辺りを見渡しながら、暫く注意深く探す。
―森に入って、4,5時間くらい経過しただろうか。
魔力の霧に充てられて、頭がボーっとしてきた頃だった。
妖精の森にも夜の闇が迫ってきており、私を焦らせる。
「これ以上、時間をかけられない!早く見つけないと…。」
ふと、視界の隅に何かが入る。
「ブラックヴェッセル、あれは…!」
木に引っかかった見覚えのあるジャケットだった。
それは、いつもフレデリック殿下が身に着けていた白い絹のジャケットに間違いなかった。
「もしかして、この中に?」
その木々の間を掻き分けた先には、狭い洞窟の入り口が口を開けており、人一人が通るのがやっとの幅しか開いていなかった。
そして、その洞窟の暗闇の中を見ようと目を凝らして見てみると、入り口から急勾配になって下の方に繋がっているようで、一度入ったら登って出るのは難しそうだった。
「この穴、私一人だったら入れそうだな。」
ブラックヴェッセルは私の服の裾を咥えるが、どう見てもユニコーンが入れるような隙間ではなかった。
「大丈夫だ。 縄を作って下に下りて行けば、上がって来られると思う。私が上がってきたら、ブラックヴェッセルも縄を咥えて引っ張ってくれ。」
彼の頭を撫でる。
この暗闇の先に殿下がいる保障は無い、その上一人で飛び込まなければならないというプレッシャーを彼の頭を撫でることで自ら慰めた。
よし、と一息つくと、私はブラックヴェッセルの手綱と、フレデリック殿下のジャケット、そして近くにあった蔓とを組み合わせて縄を作り、自分と木を括りつけると、洞窟の中に踏み入れていく。
ブラックヴェッセルが珍しく、心配そうに細く鳴いた。
「大丈夫、ブラックヴェッセルは入口でしっかり待っていてくれ。上ってくるときはお前が頼りになるんだからな。」
私は、自分にも言い聞かせるような形で彼に言った。
縄に使った殿下のジャケットから、仄かに彼がいつも付けていたムスクの香水の匂いがし、その香りが洞窟へ入る私の背中を押した。
洞窟の中は湿っており、下の方に降りていこうとした瞬間、石にこびり付いた湿った苔に足を滑らせてそのまま落下してしまう。
ドサッ。と鈍い音がして、私は底の方に尻もちをついてしまう。
幸い、地面は近かったようで、少し打っただけで済んだようだ。
腰についている縄をクイ、と引っ張ると幸いまだ縄は木に縛られたままのようだったが、戻るには苦労しそうだった。
自分の指先すら見えない真っ暗闇の中、ブラックヴェッセルもおらず、とにかく不安に襲われた。
完全なる闇の閉所空間で一人というのは想像以上に恐ろしかった。
湿った空気が重苦しく両肩にのしかかる。
一歩先に道があるのかも分からない。
この先に殿下がいるのかも分からない。
私の鼓動が早鐘の如く煩く耳に入る。
分からない、うるさい…引き返したい…。
そんな後ろ向きな思いで心が埋め尽くされそうになった時、後ろから声が聞こえた。
「グオオオオオオ!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
真っ暗な洞窟の底、頼れる相棒とも離れ離れになった状況で響き渡る獣の咆哮……。
フレデリック殿下は無事なのか!?次回、火曜日更新予定になります。
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