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えきちゅう。  作者: 田中志摩貴
17/22

その17



 体調を崩したのだろう。サツキは学校をさぼる人間じゃない。それとも昨日のおかしな空気のせいで顔を合わせづらいのか。らしからぬ懊悩に苦しんでいると、頭に例の音楽が流れてびくりと背筋が収縮した。途端に緊張が走り、顔が強張る。到着したメトロに乗ると、乗客が少なすぎて焦った。ぎょろぎょろと眼球を動して車内を把握する。人数、残席数、移動しそうな人の気配――。

 乗換駅で人数が増え、大型ターミナル駅で減った。そこで光る座席を発見できた。曜日や時間によってはイージーモードになるのだろう。点在する光の座席をよくよく分析すると、光の強弱や大きさや透明度が異なり、中にはうっすら模様付きの光もあった。

 どれが何かなんてわからない。

 どれが不運で罪悪で病気なのか、どれが幸運で才能で英気なのかわからない。見た目で選ぶことは不可能だし、選んでいては時間が足りなくなる。午前中に二度の椅子取りゲームを済ませるものの、魄尺に変換させる方法がわからずに窮する他なかった。

 食事としての魄尺を入手しなければならないので焔と扇子で蜘蛛を集めた。サツキに会えずに苦悶する。探す方法も連絡をとる方法もない無力感に苛まれた。空井師匠やギンやユウにも遭遇できない。世界にたったひとり取り残された寂寥に襲われて狂いそうになった。そんな地獄のような日々が一週間以上も続いた。



 ある時、下車した赤坂見附駅で空井師匠が手をあげて俺を迎えた。まるで待ち構えていたかのようなタイミングだった。こちらの焦燥とは裏腹に、呑気で朗らかな笑顔を浮かべている。会えたら矢継早に責めてやろうと思っていたのに意気が萎えてしまった。

 師匠はえへんと咳払いして両腕を腰にあてた。

「待ってたよ、マルちゃん。そういや神谷町に起爆剤を持ってく日時を早めたでしょ。ダメだなあ。勝手に予定変更するから、こっちも慌てて修正しなきゃ、だったじゃない。間に合ったから問題ないけど、一歩間違うとすんごく面倒なことになったよ」

「起爆剤って魄尺のことですか?」

「そうそう」

「あの……椅子取りゲームをしてたんですけど……何も形にならないし、どうやって魄尺に精製するのか方法がわからなくて……どうすればいいんですかねこれ」

「業の数回くらいじゃ精製する量にならないんだって。だから言ったでしょ。ちまちま椅子取りゲームだけやってもらちが明かないって」

 私益のために罪を重ねるしかない。わかっているのにまだ覚悟ができていない、中途半端な自分に嫌気がする。

「……頑張ります。魄尺が溜まったら神谷町に運べばいいんですよね」

「あ、違う違う。神谷町はもういいの」

「もういい? どういう意味ですか?」

「そうだなあ、どこがいいかなあ。僕に預けてもいいし、あのマルちゃんが基地にしてる駅に溜めとくのもアリかな」

 以前はきっちり指定をされたのに、今になって適当になる指示に違和感を覚える。

 一駅にどれくらい溜められるのか、自分の担当ノルマがどのくらいの量なのか――俺は何も知らない。知らないから師匠に従うしかない。早く魄尺を溜めて日常を取り戻す。俺にはそれしか目的がないし、それを遂げるためには非情に徹することも必要なのだ。

 丸ノ内線のホーム際で話していると、向かい合う銀座線に電車が到着し、大量の人間が流れ込んできた。急ぎ足の利用客と肩が接触して舌打ちされる。邪魔になるからと後方に下がった時、障害物にぶつかった。それが巨体であることに気付いたのは半瞬後だった。

「ギン……!」

「貴様如きに呼び捨てにされる謂れはない。その口を閉じろ」

 ギンは厚手の外套の中で腕を組んだまま俺を威嚇するように睨めつけた。空井師匠が鋭敏に踵を返し、連結する永田町駅ホーム側の通路に駆け出した。

「んあ、やっばい。またね、マルちゃん! っと」

「はい伏せ!」

 師匠の退路をユウが塞いだ。突然起きた血族の集結に戸惑いを隠せない。俺はただならぬ空気を察して狼狽するしかなかった。

「なんで伏せしないかな。躾がなってないぞ! はい待てっ」

「うっ」

 ユウが掌をかざすと、空井師匠の身体が見えない糸で縛られたように硬直した。ギンが空井師匠に詰め寄り、冷徹なまでの無表情のままその頬に拳を叩きこんだ。空井師匠の顎が真横に吹き飛んだ。

「大江戸線、三田線、日比谷線の追突事故、それに増上寺の爆破は貴様の仕業だな?」

 師匠の口元から血が垂れる。打撃によって口内を負傷したようだが、自由を奪われているせいで拭うこともできないらしかった。ギンが剣呑に眉を寄せながら、右手で師匠の頬を掴む。握りしめて骨を砕きそうなほど力が入っていた。

「貴様は盗んだ魄尺を起爆剤に使った。増上寺と東京タワーを取り巻く、大門駅、御成門駅、赤羽橋駅、神谷町駅に魄尺を撒き、中心点で起動させた。どこで何を起爆とした?」

「それ全部僕がやったとでもいうの?」

「調査に数日を要した。あとは貴様に白状させて詳細をまとめる。吐け」

「甘いなあ。甘いよギン。きちんと調べた? 僕が全部やったわけじゃない」

「だからこそ問い質している。これは任意じゃない。強制だ。すべて話せ」

「隠すことじゃないから別にいいけど? とりあえず離してくんない? そして暴力もなしね」

 拘束を解かれた師匠は肩をくるくる回したあと、親指の腹でくいと口をなぞった。大量の血が指にまとわりついている。師匠がそれを軽く払うと、血が一本のラインとなって見えざる境界線を作り、空気圧が壁のように立ち上がる。ユウの顔が歪み、反対に師匠の顔面には余裕がにじんだ。

「説明するってば。ただ自衛のために保護壁を作っただけ」

「それで」

 ギンが口唇を引き結び、目を細めた。

「神谷町駅以外は僕が起爆剤をしかけた。ちなみに神谷町駅の用意はマルちゃんに託したんだ。起動タイミングは図書館に本を返した時、だよ」

「……本?」

「みなと図書館にね、本を返しにいってもらったんだ」

「ソライならば都営線の移動は可能。神谷町にこの愚鈍な受験生を関わらせたわけか。それで、その本は誰が返しに行った? マルは外に出られない」

「マルちゃんのパートナーに行ってもらった」

 ふたりの視線がこちらに集まり、俺は挙動不審になった。自分が関わっていることがわかるのに、ふたりの会話が理解できない。追突事故があった。知らなかったが大江戸線や三田線でも複数の追突事故が起きたという。犯人は空井師匠らしい。みなと図書館――本、本を返しにいったのはサツキのはずだ。

 ギンがふむと頷く。

「大方は理解した」

「報復だよ。仕掛けてきたのはアオイ――あっちが先じゃない。ギンとマルちゃんには身に覚えがあるでしょ」

「だから増上寺か」

「徳川霊廟の公開日を狙ったのに、起爆剤が足りなかったからか、そこまで威力及ばずで、牽制程度の爆破にしかならなかった。あいつら割と強い結界張ってるね。爆撃の跳ね返りで地下鉄がやられたから、今度はきっちりと……今度は……今度こそは……」

 空井師匠が口元に指を添えてぶつぶつと呟く。

 ギンが不快そうに眉を歪めたあと、俺を射抜くように睨みつけてくる。

「おい貴様。この責任をどうとるつもりだ?」

「せ、責任……?」

「増上寺はともかく、失った魄尺とメトロの損害は貴様が償え」

「そんなこと言われても俺には何がなんだか」

「実行したのはソライでも、貴様とそのパートナーが加担した事実から鑑みるに、ソライの行動を容認したとしか思えない。責任は貴様にある」

「そんな」

 頭が混乱して情報をまとめられない。縋るように空井師匠に目を向けると、軽くウインクで返された。わけがわからない。

「僕ね、あの子、君の彼女と学校で会ってるんだ。学校で接触して本を貸した」

「え……おかしな授業をする人気のある教師で……? なんか光と影の二人組で……? じゃあメールの……喋らない女教師って……まさか……」

「うん。僕の奥さん」

 空井師匠が悪びれもせずに頷く。学校で、俺の目が届かない場所で、勝手にサツキを巻き込んで利用したというのか。

「僕らは教師じゃない。生徒たちにそう思わせただけで……まあ幻術さ。彼女には僕ら血族のことをわかりやすく説明したけど、どうも詳細が伝わらないようだから、本は『平将門』を選んだ。代替としては割と近い感じかなって。マルちゃんはあの本、読んだ?」

「読んで……ない」

「じゃあ土蜘蛛の話も聞いてないのかあ」

「それは少し聞いた。けどそれとサツキに何の関係があるんだ」

「僕ら血族はね、土蜘蛛なんだよ」

 空井師匠が誇らしげに胸を張った。何を言い出したか言語が頭に入ってこず、助けを求めるようにギンとユウを交互に見た。ふたりともまっすぐで真剣な目をしていた。

「過去――千年以上も前だし、最初の祖先がいつ基盤を作ったかはわからない。けれど千年よりもっと前だ。僕たちの祖先は朝廷とぶつかり、そして敗れ、朝敵の汚名を着せられて、鬼と蔑まれて東に追いやられた。我ら血族は鬼や土蜘蛛と呼ばれた。千年よりもっと前から都を遠く離れ、このむんざしで暮らしてきた」

「むんざし……?」

「今は関東というし、昔は江戸とも武蔵とも呼ばれた土地だよ」

「東京」

「そう。厳密には東京の区画だけがむんざしじゃないけど、今はそれでいいや。僕ら血族がこの地で生活を築き、平和に暮らしてきたのに、将門がきたり徳川がきたり、あげくは朝廷までが移動してきた。僕らは不当に土地を奪われ、権利を盗まれた。だから取り戻す。居場所を取り戻す」

「東京を取り戻す……?」

「奴らは言う。仕方なく盗んだ。他に方法がないから移動してきた。盗んだとはいえ、数百年は自分たちが支配してきたし、発展させたのは自分たちなのだから、所有権は自分たちにあると主張する。本当に――盗人猛々しいとはこのことだ」

「な、ちょっと待っ」

「取り戻すためには手段を選ばない。ここにいる僕らは、血族の代表として――土蜘蛛として――むんざしの脈を走る地下鉄を支配し、魄尺を集めて、奪還の準備をしている。君は【マル】。むんざしの弧を司る要、丸ノ内線の守護と支配を担当している。【ギン】は銀座線、【ユウ】は有楽町線、他の路線にも血族が配置されている。担当する血族は基本的に九人。他に都営線の四人もいる」

「え、え、ちょっと何が何だか」

 補足を求めるよう目を向けるが、ギンは凛然と黙ったままこちらを正視している。

「僕は起爆剤――魄尺を盗んだ。そう。本来の集積地は港区じゃない」

「どこなんですか」

「新宿区、都庁の下だよ。最初は営団だけが僕らのラインだったけど、血族が都知事に就任してからは都営線も合流した。十二号線――大江戸線の計画をスタートさせたのも血族だし、あれ以来の都の施政者はずっと変わっていない。マルちゃんだって、都知事の名前くらい知っているでしょ?」

「クボ都知事ですよね」

「土蜘蛛は都知久母とも書く。久母都知事は魄尺の管理人も担っているんだ」

「都知事が土蜘蛛って……本当に……本気で……本気で東京を……?」

 そこで俺ははっと閃いた。

「じゃあアオイってもしかして」

「葵の御紋。そう、あいつらは徳川の子孫さ。徳川だったり松平だったり、他にも名前が派生してるからまとめてアオイって呼んでるわけ」

「……徳川幕府の?」

 想像もしていなかった大規模な展開が現実味を消してゆく。

「あいつらは僕らを鬼と蔑むくせに、鬼の真似をして――鬼ごっこをして僕らを狙う。むかつくよね。増上寺を跡形もなくぶっ壊してやる予定だったのになあ。ちぇっ」

「徳川……」

「徳川だけじゃない。むんざしを食い潰して荒んだ土地にしている輩は他にもいる。敵はアオイだけじゃない。むしろアオイと敵対する勢力もたくさんある。あいつらみんな別口なんだから勝手に潰しあえばいいのに」

 空井師匠は苦虫を噛み潰したように歯をぎりぎり鳴らした。




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