●8 殺人予告
店を出る。頭上の太陽が眩しい。
「ごちそうさまでしたー」と二人で店の中に向かって挨拶、「またどうぞ」と声が聞こえ、戸を閉める。
「いいの?」まいちがおごってくれた。
「お会計別で、って面倒くさいっしょー。今日はあたしが誘ったんだから、お返しはいずれ、ねぇん?」
「う、うん、何か怖いけど」
「それに今日は買い物頼まれてるから、お金あるんだよー」
「それ使ったらお買い物できなくなっちゃうよ?」
「いけるって。多めに渡されたしー」
「ならいいけど」
「んじゃあ行こっか?」と、わたしが来た方向、川の方を指差すまいち。
「こっち?」
「こっち。あたしも船見たいしー」
「うん」
歩き出す二人。
「美味しかった。誘ってくれてありがと。あと、ごちそうさまでした」
「お粗末さまでしたー」
「それは違うって、作った人が言うんだよ」
「へえ、勉強になるなあ、さすが姫」
おごってもらったわたしとの関係性をナチュラルに戻してくる。
「気をつけなよ?」
「はーい」
「ところでさ、さっきのお店いつも家族で行くんでしょ?いいの?わたしとで」
「あー、家族っていうか、いとこがいてさー、昔近所に住んでて。その人に何回か連れて来てもらってさー。あたしも久々に行ったんだよ。懐かしかったなあ。小学生のときでさ、熱くてこぼしちゃったりして、ティッシュで拭いてくれたりしてさー、今日はいとこの真似しちゃったよー」
「え、わたし、小学生扱い?」
「りかおんは子どものままでいいんだよー。ずっとそばにいてよー」と泣き真似をしてすがりついてくる。
「よしよし」と帽子の上から頭を撫でてやる。
「いとこ、もういなくなっちゃったから…」
「え?し…えっ?」
「死んでないよー、就職するとかで引っ越しちゃって、そのあと結婚したとかって…」
「んと、好き、だったの?」
「うーん、結婚してって言ったら、ホーリツだかでいとこ同士は結婚できないって言われちゃってさー、生まれの不幸だよー」
「いや、いとこでも結婚できるけど…」
「えー?苗字一緒だよ?」
「うん、苗字は関係ない。兄弟とか叔父とかはだめだけど、いとこは大丈夫」
「じゃあ嘘なの?本当は結婚できたー?」
「まだ年齢が足りないね、18からだから」
「でも今30くらいだよー」
「まいちの年齢も」
「あと5年くらい待つよー」
「そうしたら向こう35とかだよ?」
「だめ?ホーリツ?」
「法律じゃない」
「コン、プラ?」
「でもない、気持ちの問題?」
「なら関係ないよー、うえーん」
「でも、まいちはもてそうだからさ、泣かないで」
「泣いてないよー嘘泣きだよー」
「知ってる」
「んーもー、騙しやがって、ムカつく、あいつぶっ殺す!」急に泣き真似をやめ、怖いことを言いながら歩き出すまいち。
川沿いに差し掛かる。丁度遊覧船が通り過ぎようとしている。今度は川べりまで走り寄り、大声で叫ぶまいち。
「おーい!!!」
大声に気付き手を振り返してくる遊覧船の人たちに対し、叫びながら大きく手を振り続けている。帽子が風に飛ばされ落ちたのにも気付かない。わたしはその帽子を拾い上げ、土埃を払う。全力で手を振る彼女のうしろ姿、いつまでも見ていられる。けど、どっちが子どもですか?
遊覧船が見えなくなり、疲れて息切れしているまいちのそばまで近付いた。
「ほら、落としたよ」帽子を差し出す。
「あーありがとー」まいちは帽子を受け取らずに、少し前傾になって微笑みながら見つめてくる。
「もう」両手で帽子を被せて整えてあげる。不意に抱きつかれた。
「じゃあさー、りかおんが結婚してくれる?」
「うーん、女同士はできないんだよ」帽子越しに撫でる。
「ホーリツ?」
「…うん」
全身でまいちの鼓動が感じられる。もしかしたらわたしの、かもしれない。彼女の気が済むまでこのままいよう。恥ずかしいけど、彼女のことを思う気持ちが圧倒的に勝つ。
「ムカつく」また怒っているまいち。
「…殺す?」恐る恐る聞いてみる。
「殺す。捕まる?」
「…うん、法律」
「そんくらい知ってるよー」急に手を離してくるりと反転して回ってみせ、「行くよー」と進み始める背中は、いつもの彼女のそれだった。




