●7 ノー・リーズン
もうすぐ11時になる。予定がなくなったので少し時間が早いが待ち合わせ場所に向かう。
アーケード街を通り過ぎ、左手に見えてきた川に沿って歩く。川幅は2、30メートルというところか。幅10メートルほどの歩行者用の橋が見えて来て、それを渡る。途中、右手下流方向から7、8人が乗った遊覧船が向かって来て、手を振っている。周りに他の人はいないので、わたしに向けてだろう。少し恥ずかしいけれど立ち止まって手を振ってみる。声は出さない。楽しい。橋の下をくぐり抜けていく船を見送ってから歩き始める。橋を渡りきったところの河川敷は公園になっている。暑いけど、こういうところを散歩するのも気持ちが良い。
公園を過ぎるともうすぐ、今日の目的地、まいちのおすすめお好み焼き屋さん。まだ待ち合わせ時間の15分くらい前。なのに、水色のTシャツに紺のワイドパンツ、キャスケットを被ったまいちが並んで待っているのが見えた。普段のセミロングヘアーをうしろで巻いてお団子のアレンジ。いつもボブのわたしと違っておしゃれなまいち。あんなに小さくてかわいい女の子に一人で並ばせるなんて、相手は碌なやつではない。
急ぎ駆け寄って声をかける。
「はぁ…ごめん!待たせちゃって」
「暑いのに走らなくていいのにー。姫を待たせるわけにはいかないからねえ」姫に返り咲いたらしい。
「そっちこそ、暑いのにありがと」
「けど、何であっちから来た?」
「え、あー散歩。川で船見てた」
「へぇー、あのりかおんが、この暑さで?一人で?」
「あのって、どのよ?」
「そこの、かわいい、りかおんだよー」
「お次の2名様どうぞー」と店員さんから呼ばれる。
「ほら。行くよ」と、まいちの肩に手を当てて時計回りにくるっと振り向かせて、背中を押して入り口へ促す。
「積極的ー」と茶化すまいち。
「いいから」
「こちらのお席へどうぞ」と店員さんに案内される。店に入って右側の奥、大きな鉄板が中央に据え付けられたテーブルを囲む2対2の4人席。まいちが窓際奥に座ろうとする。わたしが対角に座ろうとすると、まいちが左手で真横の席の背もたれをポンポンと叩く。
「こっちだよー」
「えー」戸惑うわたしの手をつかんで、
「遠慮しない」引っ張るまいち。
「どっちが積極的なんだか」
仕方なく、座ろうとしていた席に荷物を置いて、まいちと隣り合って座る。広くはないので互いのTシャツの右の袖が擦れ合う。こそばゆいけど嫌いじゃない。
「メニューはこちらでぇーっす」と、まいちが右手で壁のメニューを示す。
「誰?」
「どれ作りまひょ?」
「うーん、わたし作ったことないからなあ、どうしようかなあ」
「チャレンジしてみるのは大事よ?りかおんはやればできる子。尻込みしてたら勿体無いよー」
「困るよ、まいち作ってよ、ね?」
「仕方ないなー。ってここ、作ってくれるから食べるだけよ。見てみ?」
まいちの視線を追う。それぞれの席に鉄板が備えられてあるが、自分で焼いている客は一人もいない。そのさきで店員さんがお好み焼きを焼いている。
「もう!」彼女の左肩を叩く。
「かわいいやつー」
「うっさいな」
お好み焼きが順に運ばれてくる。わたしは肉と海老が入ったもの、まいちは練り物の天ぷらと豆が入ったものを注文していた。
二人で「いただきます」
半円形のお好み焼きが鉄板の上で湯気を発している。
「熱くないの?」
「はふはふしながら食べるのがいいんだよー」と自分のお好み焼きをへらで切って取り皿に載せるまいち。真似てみる。
ひとかけらを取り皿に載せたところで、まいちが缶の青のりを渡してくれる。
「ありがと」
受け取って、青のりをかける。かけ終わると、まいちが受け取ってくれる。
「召し上がれ」と言いながら、彼女は自分のお好み焼きに青のりをかけている。
「いただきます」と箸で口に運ぶ。
熱い、けれどもっちりとした食感、対照的にカリッとした豚肉、歯ごたえのあるキャベツ、ソースの酸味の向こうに和風出汁の風味、美味しい。
「あっ、ふ!」熱過ぎて口元から何かが垂れる。
「ほらほら、大丈夫?」とティッシュでわたしの口を拭って、水を差し出すまいち、いつもありがとう。
水を飲んで、口の中のざわめきを鎮める。
「熱いけど、美味しいね…熱いけど」
「相当熱いみたいだけど良かったよー。こっちも食べてみる?」
切り分けたものを取り皿に載せてくれる。
「豆ってどんなの?」と聞いてみる。
「何か甘いやつ」
「合うの?」
「いいから食べてみ?チャレンジ!」
「うん、いただきます」恐る恐る口に運ぶ、熱さには慣れたけど。
「どう?」
「うん、不思議な味、だけど、豆の甘さとソースの酸味がハーモニー?」
「いけそ?」
もう一口食べてみる。悪くない。
「おん、あ、わたしのも食べてよ」
結局、それぞれのお好み焼きを半分ずつシェアすることになった。
最後の一切れをほおばる。鉄板のおかげでずっとアツアツを食べられた。楽しい時間はあっという間に終わる。名残惜しいがまたいつか、また一緒に来られたらと思う。
「おいしいでしょー?豆?」
「うん、意外に」と答える。こんなに合うとは思わなかった。
「こっちではメジャーなのよ。チャレンジして良かった、ねー?」
「うん…」
中学入学に合わせてこちらに引っ越してきて1年と3か月が経つ。
入学式で、周りは地元の友人で固まっている中、一人でいたわたしにまいちは「はじめまして」と声をかけてくれた。彼女は他の子とも仲が良くて、わたしがいなくても困らないだろうに。しばらく話し、ほとんどまいちからの質問攻めだったと思うが、そのあと思い切って「友達になってくれますか?」と聞いてみたら、「友達になろうよ、でしょー?わたしも言おうと思ってたとこ」と言ってくれた。今のわたしの、唯一の友達。
「…まいちが友達になってくれて良かった」
「それはこっちの台詞だよー。あ、『まいち』のところは『りかおん』ね?」
「ったく、細かいよ。でも、何でわたしに声かけてくれたの?」
「ん?何の話?」
「今の文脈でわかるでしょ?ほら、入学式の日にさ」
「あー、あれねーって、わからんよ、想像力豊か過ぎ」
「わたし、一人だったから?」
「あのさあ、何かを好きになるのに理由なんていらないんだよー」
「ちょっと何言ってんの?」
「りかおんだってそうでしょ?あのマンガのやつとか」
「ゲームね」
「はい細かいー」
「もうっ!」
「何で急にそんな話するのさー?」
「まいちのおかげで楽しいから、かな?他に友達いないし」
「あたしの友達とも仲良くしたらいいんだよ。ひと昔前はさ、みんな友人の紹介で結婚したりしてたんだよ?」
「それはいいんだけどさ。でも今のわたしがまいちにそれをしてもらうと、何かズルっていうか、やっぱり自分で見つけなきゃって。それに、まいちに頼りっきりで迷惑かなって」
「あたしはどっちでもいいんだよ?りかおんのためなら迷惑なんてないし、りかおんを独占できるならそれもまたよしだし。大事なのはさ、りかおんのここが決めるってこと」と言って、開いた右手を、わたしの右胸に触れる直前で止める。
「何?これ?」とまいちの右手を差す。
「コンピラ?」
「コンプライアンス、略してコンプラのこと?」
「何それ?」きょとんとしているまいち。
「法令遵守、だけじゃなくて社会規範、倫理、マナーなどを守って行動すること、かな」
「日本語でしゃべってくれたらいいのに、たぶんそれのこと」
「え、日本語…」
「あたしは何も考えずにどんどん行くけどさ、りかおんは考えすぎちゃうから。でもさー、いつか友達になりたいって思う人が出てくるよ。あたしにしたみたいに、りかおんを惹きつける人が。って、あたしにかなう人なんていないかー」
「ふふっ、そうだね」
「もしそんな人がいたらさ、あたしが査定してあげるよー」
「難関だね」
「で、これからどうする?」と、まいちが顔を近付けてくる。
ふと、よしつねのことがよぎる。本当に生きているなら良いが。けれど気にしても仕方がない。
「あ、わたしは何もないよ。ママ夜勤だし。テスト勉強くらいかな」
「そっか、明日テストだったねー。んじゃーさー、ちょっとだけ、散歩しよー?」
楽しい時間、もう少し続きそうだ。




