●9 決意
まいちの設定した散歩コースはアーケード街へと続く。午前中に通った道を逆に進むことになる。
「あそこに古着屋さんあるんだよー」と右手に見えた店に駆け出したとたん、「あいつと行ったんだった」と、まいちがすぐに引き返して来た。
店を見ると、午前中に御代史堂の前で会ったタンクトップ女がニヤニヤしながらずっとこちらを見ている。古着屋の店員だったのか。この辺りに詳しいのだろうか。いや、かかわるのはよそう。
「行こう」と声をかけて、まいちの肩に手を当てて歩き出す。声をかけてくるなよとドキドキしながら。
少し歩く。やり過ごせたようだ。御代史堂があったであろう辺りに差し掛かる。横目で確かめるが、開いていない。ようやく鼓動が落ち着いてくる。
「この辺さー、昔は繁盛してたらしいよー。
おっきいスーパーとかー、デパートとかー、ハンバーガーとかドーナツとかー映画館とか、ねー」リカバーできたようだ。が、急に何の話だろう?
「映画館ならあるよ」
「りかおんの好きそうなマンガばっかりでしょー?」
「アニメね」
「ごめんよー。でもいっぱい店があって、人もいっぱいだったんだって。
それがさー、駅前にミツコのビルができたり、ジャスティのショッピングモールとかできて、それにあいつみたいに就職とか言ってさー、余所に行っちゃうやつが増えたりショーシカとかでさー、だんだん廃れちゃったんだよー」
「うん」
「でさー、何が言いたいかっていうと、あたしはさー、このアーケードがどうとかじゃなくてさ、学校とかお城とか駅とかも全部ひっくるめて、この辺りが好きなんだよー。ずっと住んでいたい。
だから、将来はさ、盆踊りのときだけじゃなくてさ、街に人の笑顔がいっぱいとか、観光に来て楽しいって思ってくれる人が増えるとか、そういうのに役立つ仕事をしたいって思うんだよ。っていう決意表明」
「うん…すごいね。応援する」
あんなに全力で遊覧船に手を振ったりしていたのは、人を笑顔にしたいという彼女の本質の表れだろうか。全然子どもじゃない。
「だから、りかおんもここから出て行っても、たまには遊びに来てね」
「え?別に出て行く予定ないよ?」
「例えばの話ー」
「でもまいち、都会のお店の情報とか見て、すぐ行きたいとか言うよね?」
「それはさ、あれよ、敵を知り…とかってやつ?」
「はいはい」
「そいえばさー、金曜は何か用事あったの?急いで帰ってったけど、何?」
「別に…何でもないよ」
「そっかー、りかおんも隅に置けないなー」
「ち、違うって!」
「じゃあ、何かあった?」
「ないよ、なんで?」
「だって、いつもはさ、あたしがじゃれても、かわしたり肩つかんでクルッてするのにさー、今日は優しかったからさー、人に優しくされると自分も優しくなる的な?」
「え、いつもは優しくない?」
「うん」
「いや、だって、ここんとこ暑いし。くっつかれても、その…困る」
「今日も暑いよ、言ったらここ最近で一番の暑さだよー。何がそうさせるのー?」
「本当、何もないよ」
「じゃあさ、金曜日はどうしてたの?」
「えっと、あそこで、買い物」おととい行った量販店のちょうど近くまで来ていたので、立ち止まってそれを指差す。その2階に件のアニメばかりを上映している映画館がある。
「マンガのやつ?」
「ゲーム」
「なら別に言ったっていいのにー」
「だって、まいち、そういうの興味ないし、嫌いかなって思って」
「ごめんよー、そんなにこじらせるまで気付けなくてー」
「こじらせてないよ」
「じゃあさ、今度一緒に映画行こうよー、シコクのカタナだっけ?すごい流行ってるやつ。そこでやるんでしょ?」
「いいけど、事前にアニメ見ないと内容わからないよ」
「見るよー、りかおんを助けるために」
「別に困ってないけど、付き合ってくれるなら行こう」
一人で行こうと思っていたから、一緒に行けるなら本当はすごく嬉しい。
「テスト終わったら見るー、キネマックスとかのサブスクにある?」
「あると思うよ。けど全部で63話」
「うわそんなにかー。歌飛ばしてもいい?」
「一回聞いたら次からはいいけど、Cパートが…」
「何それ?NPO?」
「んと、終わりの歌のあとにまだ話がちょっとだけ続く場合があるんだよ」
「へえ、騙し?」
「サプライズ、みたいな。あと予告も見て欲しいな」
「そうするとー、全部で24時間くらいかな?ジャクバウだね?」
「そうだね。まだ間に合うよ」
「倍速で見てもいいー?」
「殺す」
「そしたら心中だね」
「わたしは映画見るまで死なないから」
「ならちゃんと見るよ、りかおんを犯罪者にするわけにはいかないからねー」
「楽しみにしとく」
「今日はどうする?そこで買い物する?りかおんの好きなもの知りたいし」
「でも、この前行ったから、それより本屋に行きたいと…」
特に買う予定もないが、母に本屋に行くと言った手前、どうしても寄る必要があった。
「あー忘れてたー!買い物頼まれてたんだった!」
「言ってたね。もう行く?」
「うーん…」
「わたしは大丈夫だよ。一人で本屋行くし」
「そっか、なら行かせてもらうよーごめん。一応テスト勉強もしなきゃだし。この埋め合わせは必ずするからー!」
走ってアーケード街を引き返すまいち。埋め合わせをしなきゃなのはこっちだ。
「じゃあ、気を付けてねー!!」と、走りながら振り向いた彼女が大声を出す。アーケード街に響き渡る。だけど気を付けるのはそっち。
「前向いて!」わたしの精一杯の大きな声。届いているだろうか。全力で駆けて行く彼女のうしろ姿、危なっかしくて見ていられない。




