●10 ショーダウン
アーケード街を出て駅方向へ、大通りを進む。大きな交差点の真上を歩道橋が覆い、四隅をNの字で結んでいる。Nの右下にあたる場所にある階段を登り、そのまま斜向かいへ進むと、Nの左上にある目的のデパートビルの2階へと繋がっている。ビルの5階にある本屋に向かう。
途中、4階のアミューズメント施設の誘惑され、クレーンゲームを横目で見つつ、将来のことを考えているまいちのことを思い出し耐えていると、
「え、待って」
ふとクレーンゲームの景品が目に入る。『イルエトワール!ぬいぐるみ 全10種』とある。
知らないんですけど?公式ですか?ラインナップは?折り重なるぬいぐるみの山を凝視する。
「いた…」沼島イザナのぬいぐるみが目に入る。欲しい。お迎えしたい。
スマートフォンで情報を確認する。短文投稿サービス・ピーチクに、公式アカウントから2週間くらい前に投稿がされていた。テスト中。迂闊。痛恨。
しかし、クレーンゲームは得意ではないし、いくらかお金を使わないと獲れないようにできているという話も聞いたことがある。まいちがおごってくれたからお金に余裕はあるけれど、これを使ってしまったら彼女に顔向けできない。殺される。
「さよなら…」と小さく声に出し、エスカレーターで上の階に向かう。
たまたま興味がありそうな本を見つけたので購入し、階下へ降りる。お釣りがあるので1プレイくらいならとも思ったが、いったんさよならをしたのに、またさよならするのは余計につらくなるだけと思い、そのまま3階へと降りた。時刻はもうすぐ14時30分ころ。帰ろうかな。いや、もう一度だけ確認しようと、御代史堂へ向かう。
歩道橋を渡り、アーケード街に戻り、御代史堂の辺りに着く。やはり開いていない。二度あることは三度あるという。気が滅入る。暑い。疲れた。倒れそう。もう帰ろう。
と、そのとき、うしろから体を掴まれた。力強く芯のある腕。
「ひぃッ!」と声が漏れた。よしつねのことを信用したのがいけなかったのだろうか。このままどこか連れていかれるのだろうか。母に申し訳ない。そんな気持ちが瞬時に巡る。じきに体を掴んでいた腕が離れる。
「あ、ごめんごめん」と、例のタンクトップ女がわたしの前に回り込んで差し伸べた手、わたしはそれをすばやく払いのける。
声を出せない。顔じゅうを覆う感覚。汗、涙、おそらく両方。それと安堵感、焦燥感、敗北感、嫌悪感、何か。
女はわたしの前で悲しそうな顔で立っている。わたしを待っているのだろうか。沈黙が全身にまとわりつく。
「な、ん、なんですか?」と消え入りそうな声で抵抗する。
「あ、あんな…落ち着いて、な?」
「…」何かあったというのだろうか?
「あの、あいつがな…」
「…は…う」
「連絡あってな」
「…う…ん…」
「女の子がうろうろしてたら頼むて」
「…え?」
「せやから、女の子がおったら助けてやってて言われよって、そいで来とんねん」堰を切ったようにしゃべり出す女。
「…生きてる…ですか?」
「何で片言やねん。って死んでへんてさっきも言うたやん」
「はあ…」
「けど、心配してくれよったんやな?あいつも喜ぶで」
「…」しばらく沈黙が続く。落ち着いてくる。
「いけそか?」
「…はい。すみません」
「いや、こっちこそすまんな」
「いえ…」
「こんなとこでなんやし、店いこか?」
「客引きですか?」
「ちゃうし、さっき見よったやろ?古着屋。って何でそんな言葉知っとんねん」
「…テレビとか?」
「ええから、店で休憩しよな?ドクペ?買ってあるし。歩ける?」
「…うん」
手を差し出してくる女。バツが悪いので今度は恐る恐る手を伸ばし、ゆっくりと握ると、柔らかく握り返された。
「あの、店大丈夫なんですか?」
「何で?」
「店番とか?」
「あー心配あらへん、滅多に人来んし。ネットの時代やで」
「はあ」
「あいつも生きてるし、心配あらへん」
「はい」
手を繋いだまま歩き出す。女の手が優しく、力強く、わたしを支えてくれているのがわかった。
古着屋が見える。開けっ放しだ。
「今日は終いや、さ、入り」
「お邪魔します」店の中に入り、示された一人用のソファに座る。
「はい、これ」店の奥から持ってきたドクペの缶とおしぼりを渡される。
「ありがとうございます」
「準備するから飲んで待っとってな」
疲れていたのでさっそくいただく。美味しい。生き返る。
女はテキパキと、外に出ているハンガーラックをしまったり、看板の電気を消したり、ドアを閉めたり、店じまいをしている。その間にわたしがおしぼりで顔を拭いていると、
「あーそんなんで拭いたらあかん、待って」と洗顔シートを渡される。こんなのは使ったことない。印象とは違って気が利くのだろうか。
「ふんッ」と顎で、使えというような仕草をしてくる。袋から取り出し広げ、顔を拭う。涙のあとは消えただろうか?さっぱりする。
店じまいが済んだのか、女がレジの横を通り、奥から丸椅子を持ってきてわたしの正面に座る。
「いけるか?」
「はい、ありがとうございます」
「ほならえかったわ、どうしよか思たわ」
「すみません」
「悪いのはうちや。気にしいな」
「あ、はい」
「で、あいつの話やけどな、午前中におんしに会うたあと、あいつに連絡してん。何やったっけ?あ、スマホ」と女はポケットからスマートフォンを取り出して、見る。
「えーっとな、
『いんでもうたか?
お前の店の前に挙動不振な女の子がおったけど何かしたんか?いわすで!』
って、これはうちが送ったやつなな。ほしたら、えー
『僕は大丈夫です。彼女は、りかおんといって僕の恩人で、ドクペが好きな優しい子です。
僕に会いに来たのだと思います。
厄介ごとに巻き込まれないように助けてあげてください。
嘘はつかないと約束したので、僕のことを聞かれたらすべて正直に話してください。
あと、なぎさのようなガサツなカス人間は嫌われると思うので気を付けてください』
ってゆう話や、って誰がカスや」
棒読みが過ぎる。それと、やはり挙動不審に見えたわたし。
「はい?」
「何や?あ、なぎさ、っていうのがうちや。タンクトップおばあちゃうで?」
「え、そんなこと言ってないですよ」
似たようなことを思っては、いた。
「せやな、まだギリアラサーや」
「はあ」
「で見守ってたっちゅうわけや」
「でも厄介ごとってなぎささん?がそんな感じなんですけど」
「すまんて」
「でも、すごい言われよう、ですね」
「あ、いつもあんな感じやからな。けんど、あいつの言う通りや。けたくそわるいわ。うちのこと嫌いやろ?」
「は…い、いえ」
「ちょと!正直過ぎひん?」
「すっ、すみません。あの、最初はいやだな、って思ったんですけど、今はもう大丈夫っていうか。でも掴まれてびっくりしたし、さっき通ったときも、すごい見られてて怖かった、っていうか…」
「そうなん?スキンシップってやつやろ?何かふらついとったし。まあ時代か。さっきは、かわいらしなー思て見てただけや、デート中やし話しかけんかったけんど」
「で、デートって、女の子同士ですよ?」
「女の子とデートしよったらあかんのか?」
「いけなくないですけど、あんまり言いませんよ、そういうふうに」
「ええやろ?楽しそやったで?」
「い?見てたんですか?」
「そらそうやろ?頼まれたし」
「プライバシーですよ」
「こんな大通りでプライバシーもへったくれもないやろ?」
「全然人いないし、閑散としてますよ」
「ひどいこと言うなあ」
「あ、すみません」
言い過ぎた、まいちにも申し訳ない。
「まええわ。で、何かあいつに用あったん?」
「あ、いえ、ちょっとついでに寄っただけっていうか」
「デート前やもんな?」
「だか…んもう、わかりました」
「せやろ?。まあ、あいつもじき戻ってくるやろ」
「あの…なぎささんはあの人とどういう関係…なんですか?」
「どういうて、おとことお…」
「もういいです!」
「あーすまん。いとこや、いとこ。うちのおとんの妹があいつの母親で」
今日はいとこの日か何かだろうか?
「仲、良さそうですよね?」
「どこがや?」
「そのメッセージ、冗談を言えるような間柄っていうか…」
「まあそうかもな。けどな、あいつ、どっか消えそうっちゅうか、危なっかしいねん。自分を大事にせんっちゅうか。せやから、いとこのよしみでな、仲良う…ってわけでもないな。まあ世話したっとんねん」
「何か…あったんですか?」
「言うてええんかな、何やったっけ?」と再びスマートフォンを取り出して、「えー、『嘘はつかないと約束したので、僕のことを聞かれたらすべて正直に話してください』ってことやから、ええよな?むしろすすんで話せっちゅうことやな」
聞いてみたい、けど、怖い。
「…お任せします」
「ほなな、話したるわ」と椅子から立ち上がり、レジ横の照明スイッチを操作する。部屋が少し暗くなる。
「ちょ、何するんですか?」
「この方が、ふいんき出る思て」
「雰囲気です。って怖い話なんですか?」
怖いと思ったけど、その怖いとは違う。
「笑ってする話やないな。あいつの頼みやから話してもええけんど、うちも別にせんでもええし。やめるか?」
よしつねが、『話してください』と言ってるということは、彼の前の人生ってやつの中でもわたしはそのことを聞いているのだろう。だから大丈夫。そこにも嘘はないのだと信じたい。
「いえ、聞きます。お願いします」
「わかった。その前に喉乾いたわ、飲みもんとってくる」と、奥から辛口ジンジャーの瓶を持って、飲みながら歩いてくる。
「違うんですね?」
「あー、これか?うちドクペはよう飲まん。あいつの趣味や」
やっぱり仲が良いのだろうな。




