●11 ライク
柔らかな照明の古着屋で、なぎさと向かい合って座っている。
時刻は15時過ぎ、よしつねの暗い過去、まだ聞いていないけどそんな口ぶり、それをなぎさが話してくれる。
「あいつ、5歳かそこらでオトンを亡くしてな、ずっとオカンと暮らしとったみたいなんやけんど、うちのオトンの妹な、でそのオカンもあいつが15歳のときに死んでもうてな。
一人になってもうたんで、親戚を頼ろうとしてな、いろいろ回ったけんどだめやったんやろな。うちんとこにも来てな。ほれでもそない交流もあれへんし、他に行くとこあるやろ思てな、ガキ二人おるしオトンも断ってもうたん。
うち、それ見よってな、ものごっつ雨の日やったしな、何か知らんけんど気になってな、帰りよるあいつのことつけてん。ほんまは帰るとこなんてあらへんかったんやけどな。
ほしたら、あいつ、あっこの川のちっさい橋あるやん、その上で川見てうっすら笑いよんねん。ほんで次の瞬間、バシャーンって、あいつ川に飛び込んどるやんか。気ぃ付いたらうち、川に飛び込んであいつのこと助けてたわ。
んでな、うちからオトンに何とかしてやって頼んで、けんど、うちんとこも狭いからな、今のあいつの店、オトンの知り合いが昔店やりよってんけんど、もうつこてへんから、そこ貸してもうてな、それからずーっとあっこで暮らしとるわ。あいつが金出す言うて、今はうちの名義になっとるけんど」
わたしの父も2年前に亡くなった。今は母がいるから大丈夫。でも母がいなくなったらどうなるのだろう?想像できない。
続けるなぎさ。
「でもな、そのわり悲壮感がないっちゅうか、うちも心配でしょっちゅうあいつんとこ入り浸ったりしとったけんど、いつも元気そうにしとんよ。心配ささんように思とんのかな。それが逆に心配になんねん。
あとな、うちが勝手に思てるだけかもわからんけんど、何かふら〜っといなくなってまいそうな気ぃすんねん。昨日みたいに急に倒れたりしたんも前にもあったし。何日か連絡取れなくなったりな。その割、何事もなかったみたいに戻って来よったり」
なぎさは椅子から立ち上がり、両腕を上に、体を伸ばして天井を見ながら、
「けんど、まあいけるやろ?おんしんこと気にいっちょるみたいやし」
「そうでしょうか?」
「恩人なんやろ?」こちらを向き直る。
「それ言ったら、なぎささんが恩人ですよ?」
「ほなけん、うちもあいつが来てから楽しかったな」
ほのかに笑みを浮かべてどこか遠くを見つめるような目をするなぎさ。なぎさの方も何かよしつねに恩義でも感じているのだろうか。それとも…
「いい人ですね」
「あいつ?」
「い、いえ」となぎさの方向を手のひらで示す。
「うち?」
「はい」
「そらせやろ?徘徊少女を助けてんから」手を腰に当てて威張っている。
「でも、感じ悪いし、ニヤニヤ見てくるし、拉致されるかと思ったし」
「誤解は解けたやろ?」
「はい、今は…」
「ありがとうな。にしても、あいつ人をカス呼ばわりしよって」
「あの、好きなんですか?」
「何を?」
「あの…人?」
「うちが?」
「はい」
「う〜ん、別にな〜…いや〜でもな〜。よし、嘘つかないで全部話せっちゅうことやからな…話すわ」
「あ、あの…」/「好きや」
制止できずに、聞いてしまった。
「嘘つかないっていうのはあの人がっていう話で」
「ん?」
「ですから、あの人が嘘つかないってわたしと約束しただけで、それであの人自身のことは隠さずに話して欲しいっていうだけで」
「で?」
「だからー、なぎささんのことは別に話さなくてもいいっていうか」
「ほいで?」
「なぎささんは、今の質問、無理に答える必要がなかった、ということです」
「はー、へ?騙しよった?」
「早とちりです。それに、あの人に言われたからって従わなくてもいいんじゃないですか?カス呼ばわりされてるし」
「せ…やな」何だか、しおらしくなっているなぎさ。
「…あの、大丈夫ですか?」
「あ、あん…でも、もう言うてもうたしな、かまへん、好きや」
「…そうですか…はあ、あの…じゃあ、その…結婚とか?したいですか?」
「いや、それは無理や、そういうんちゃうわ!」
「は、はあ」
「うち、婿もうとるし、今もオトンと仕事しちょるし」
「あ…は…そうなんですね」確かに、距離感がおかしいことを除けば、ビジュ、行動力、気配りなど申し分ない。
「けんど、そもそもいとこ同士は結婚できないんやろ?」
「…」
「どした?」
「…あ!…え?」
「いとこ、結婚、無理、やろ?」
「あ、いえ…できますよ。いとこでも」
「ほんまに?」
「ほん…まに」
「あー苗字違うからいけるんか?」
「い、いえ…苗字は関係ない、です」
「そうなんか?騙されたんか?いや、誰から聞いたんやろか?うーん」
どこかに、いとこ同士を結婚させまいと暗躍している組織でもあるのか。そういえば、まいちは無事に買い物が済んだだろうか。
「よう知っとるな?そんなこと。勉強したんか?」
「あ、いえ、たまたまです」
「けんどな、あいつと結婚なんて考えられへんわな。そういうんちゃうんちゃう?好きやのうて、憐れみっちゅうか、同情っちゅうか、捨て猫看てるみたいちゅうか。あいつのこと下に見てるんかもな。そういえばうち、猫好きやし猫の話わかんねん」
「何かを好きになるのに理由なんていらないんだよ!」
「どした?」
「…って友達が言ってました」
「うん」
「だから、何を好きになってもいいし、好きな気持ちを否定しなくていいと思います。既婚者のなぎささんに言うことではないかもしれないですけど」
「…そうやね」と、なぎさは少しかがんでわたしの頬に優しく手をあてて微笑む。
「けんど、そうも言うてられんねんて、大人になってまうとな。おんしはまだな、子どもでいなあかんで」
「あの、ありがとうございます。今日は、楽しかった…っていうんじゃないですけど、話せて良かったです」どう伝えたら良いかわからず、立ち上がって発せられた言葉。
「楽しかった、やろ?それでええやろ?」
「…はい」
直後、振動が伝わる。なぎさのスマートフォンからだ。
「お、何や、あいつか、えーと
『病院から戻りました。気にしなくて大丈夫です。
もしりかおんに絡んでいるなら、即時解放してください。
かわいそうです。』
やって。何やこの言い草!やっぱうち、あいつ嫌いや!」
無造作にスマートフォンをポケットに突っ込むと、
「ほな、いこか?」と手を差し出してくるなぎさ。
「はい」今度は迷わずまっすぐに手を握った。




