●12 オンリー・ユー
古着屋を出て、御代史堂に向かう。今日4度目。なぎさの手を握ったまま歩く。
間もなく御代史堂が見える。灯りが煌々としている。一目でわかる。光の中によしつねだけが一人、立っているのが見える。
あと10メートルというところで、小声で「ごめんな、離すで」となぎさが手を離すや否や駆け出し、拳を振り上げ、よしつねに殴りかかった。よしつねはその場を動かない。
なぎさの拳がよしつねの顔面に当たるすんでのところで止まった。
「また、倒れられたらかなわんからな」とわたしのところへ引き返してきて、うって変わってゆっくりと優しくわたしの手を取り、再びよしつねの方へ歩き出す。
「こんな子を放ったらかして、おどれ何ぶっ倒れてんねん!」なぎさの怒号。
「すみません」と頭を下げるよしつね。
「いえ、わたしが勝手に来ただけですから」とわたし。
「けんど、来るかもわからんて思てたやろ?」となぎさ。
「はい」とよしつね。
「女の子泣かすような真似すんなやボケが!」またもなぎさの怒号。泣いたのはよしつねのせいではないのだが、今のわたしにこれ以上口を挟む度胸はない。
「はい、すみません」頭を下げるよしつね。
「うちにやない、この子に詫びんかい!」なぎさは止まらない。
「はい」わたしの方に向き直って「申し訳ありません」と再び頭を下げるよしつね。
「もう、やめてください」としか言えず、うつむくわたし。
「スマホ出せや」とよしつねに向かってなぎさ、わたしにも「ええかスマホ?」
「はい」と肩にかけていたスマートフォンを手に取る。よしつねも手に持っている。
「うちに使いっ走りみたいな真似させんなや。連絡先交換しい。直でやり!」
無言で頷くよしつね。
「おんしもええか?」
「はい、あの…なぎささんのもお願いします」と伝えると、なぎさは少し驚いた様子で
「え?…ええで」と、わたしは二人と連絡先を交換した。
「ほなな、うち店あるから」と立ち去って行くなぎさ、今日は閉めたんじゃなかったのだろうか。
「ごめんなさい」とよしつね。さすがに覇気がない。
「ううん、悪くない、よしつねは。わたしが勝手に来ただけ」
「えっと…入ろか?時間ええかな?」
「うん」
持っていたスマートフォンのカメラで、去って行くなぎさのうしろ姿を捉える。シャッターは押さなかった。
二人で店の中に移動する。
店に入ると、入り口付近、営業に差し支えそうな位置に以前はなかった椅子がある。背もたれのうしろにフックのついた、キャスター付きで座り心地のよさそうな椅子。用意していたのだろう。
「そこ座り。何か飲むか?」
「ありがと。さっきドクペいただいたから、大丈夫」とトートバッグをフックにかけて座る。
「そっか、用意してくれたんか?なぎさ」と前と同じ椅子に座るよしつね。
「うん、すごく気が利くっていうか、言い方が正しいかわからないけど、いい人」「せやな…」
「でさ、話、いろいろ聞いちゃった…」
「ほか。んならここ来た時のも?」
「うん、川に飛び込んだって」
「ああ、せやからなぎさには頭あがらへん、あんときもめっちゃ怒られた」
「だろうね。さっきもすごかったしね」
「それもな、こっちはわざとやってるからな、余計罪悪感があんねん」
「そっか、人生を何回もやってるから」
「最初はほんまに死のうと思て飛び込んだんやけど、なぎさが助けてくれて、ここにいさせてもろて、それまでのどの人生よりも普通っちゅうか、楽しいっちゅうかな。ほいで次からは毎回わざとや」
「なぎささんを騙してるみたいに思ってる?」
「実際そうやし」
「でも、なぎささんも楽しかったって言ってたよ。伝聞になるから本当に楽しかったかはそっちの判断だけどね。あと…」やっぱり言わないでおく。
「何?」
「うん…その、素敵な人、ちょっと距離感おかしいけど」
「せやな」
「でも、今日のは仕方ないよ」そう、よしつねは悪くない、と思う。
「そうでもないんや」
「どうして?わたしが勝手に来ただけなのに?」
「何回も人生繰り返しとる言うたやろ?けどわからんことがあってな。意識が途絶えることがあんなん」
「なぎささんが前にも倒れたって言ってた。病気とか?」
「そうかと思て、病院行ったりしたんやけど、いっつも原因不明でな。今日も病院で検査したんやけど異常なしやて」
「それで急に倒れたら危ないよ?」
「そうやな。それで何遍も死んどるしな」
「死?え!?」さすがに死の扱いが軽すぎるとは思う。
「で、多分やねんけど、意識のうなるタイミングがな、ランダムやねん。
もしかしたら、自分の行動によるかもわからんけど、まったく同じ動きってできひんから、それが影響しとるんかもやけど、いずれにせよいつ意識がのうなるか自分では制御できひんねん」
「あと突然いなくなったりするって」
「それはな、急に死にそうな気がするっていうか、そう感じるときもあんねん。何か体の感覚がずれるっちゅうかな。現世ではこの通りまだ死んでへんねんけど、過去の経験からな、あ!やばいわ!って感じるときがあってな、そんときは人知れず山奥とか行ってな、こっそり眠るように死ぬんや」
「じゃあ、いきなり意識がなくなるのと、だんだん危ないって感じるパターンがあって、どっちもそのまま死ぬこともあるし、助かることもあるってこと?」
「そういうことやな。理解が早くて助かるわ」
「それで昨日は、いきなりだけど助かったパターンってことだね?」
「せや、で気ぃ付いたら病院や」
「やっぱり仕方ないよ」
「でも倒れる可能性があるならそれを勘定にいれとけって話やろ、リスク管理ってやつや。
それにな、昨日の夜まではな、全部まったくではないけど、だいたい同じ人生を前にやっとんねん。だから、今朝りかおんが来るやろて思っとったんや」
「そか。でもなぎささんはループのこと知らないんでしょ?」
「ループ?」
「あ、人生を繰り返すこと、今度からそれをループって言うから」
「お、おう」
「あと前の人生っていうのも、これからは前世で」
「ほな、前の前の前はぜんぜ…」
「キリないし、数えても仕方ないから、前は全部まとめて前世!で、今は現世、次は来世」
「わかった」
「でもあんなに責めなくてもいいのに。理不尽だよ?」
「大人になるとそういうこともあんねん。けど、倒れることがあるってのはそうやし。りかおんを不安にさせたんは事実やし」
「そうだけどさ」
「なぎさは優しいからな」
「そうだね」
「せやけど予定っていうか、ちょいちょいその…前世?と変わったな」
「そうなの?何が?」
「今朝わしがりかおんに会えんかった、かわりにりかおんがなぎさに会うた、わしとりかおんと連絡先を交換した、ループと前世の定義をされた、って辺りやな」
「結構変わってるね」
「せやな」
「困る?」
「別に困るとかはあれへんと思うで」
「前は連絡先知らなかったの?」
「知ってたこともあるけど、このタイミングやなかったな。知らんくても、わしがここいるとき、ふら〜とりかおんが来て話したり、って感じやったしな」
「今度から来るときは連絡しようか?」
「またぶっ倒れたり死んだりするかもしれんしな。無駄足避けたいならそうしたらええわ」
「縁起でもないこと言うね」
「けどどっちでもええわ。基本ここやし。おらんかったらなぎさんとこ行ったらええ」
「そうだね。暇そうだし」
「また来るか?」
「暇だったら買い物ついでとかで寄るかも」
「かまへん」
「ところでさ、そもそもどうして人生繰り返してるの?」
「わからん。望んでもおらんし」
「そうなんだ。つらい?」
「どやろな?そう思た時期もあったけどな。もう慣れたわ」
「何回くらい?人生」
「正確にはわからんけど、かれこれ100万回以上やな。猫もびっくりや」
「え、そんなに?大変なんだね」
「そんなん言うてくれんの、りかおんだけや」
「ん?わたし以外の誰かに話したことある?」
「ない」
「じゃあそうだよ。知る由もないよ」
「せやな」




