●44 オン・ザ・ウェイ
5日にわたる試験が終わる。ものすごい勘違いをしていなければおそらく大丈夫。翌日には寮を出なければいけないので、準備をしに部屋へ戻る。置きっ放しにしてきたスマートフォンを確認するとメッセージ。なぎさからだ。
『試験、お疲れ様。よう頑張ったな、ゆっくり休み』
『気にしたらあかんから言わんかったけんど
あいついなくなりよってな』
『どうでもええかもやけど一応な』
もう大丈夫だと思っていたのに。お礼も言っていないし、喜んでもらってもいない。それに他にも聞きたいこと、言いたいことがあるのに。どうして?
落ち着いて、よしつねからのメッセージを確認。来ていない。
電話をしてみる。コール音が瞬時に止まり、声がする。
「あーりかおん?どないした?」聞こえるのはよしつねの声。
「どないじゃないよ?なぎささんから、いなくなったって。どこにいるの?」
「どこ言うたってな…木ぃばっかでようわからんわ。あー何か門あるな、んとー立ち入り禁止書いたるけど。うわーめっちゃ警備員が見とるわ…こわっ!切るで?」
「それって?…」
部屋を飛び出し、建物の外へ、寮の敷地を通り門へ。
門の外、黒のジャケット、白のシャツ、黒のパンツで左手に大きめのレジ袋、右手にスマートフォンを持った不審な成人男性がキョロキョロしている。近寄る。こちらに気付いた。
「おう。りかおん。おめでとう。良かったな」
「もう…何やってんの?怪しすぎるよ。それに試験が終わっただけだから。発表はまだだよ」
「顔見たらわかるわ。嬉しそうやし」
これは今の状況に対してであって、試験の出来とは関係ないのだが。
「その…まあ、そうだね。っていうかさ、だから何やってんのって?」
「応援の帰りや。ほいでな、打ち上げしよ思て。これ」と手に持った袋を見せる。
「ここ、入れないよ。見たでしょ?ほら、関係者以外立ち入り禁止。うろうろしてたら捕まるよ?わたし、通報するし」
「わし、関係者やろ?」
「ううん。全然違う。それに家族でも、その…ないし」
「ほしたら帰るわ」
「え?どこに?」
「駅前、泊まってん」
「なら…もう、わたしが行くよ」
「ほか。助かるわ。行こか?」
「うん、行こ…あっ!鍵、閉めてない」
「ちゃんと戸締り、せんとあかんで。試験終わって浮き足立っとんか。落ち着かな。ほな、タクシー呼んどくわ」
「ちょっと待ってて。なぎささんにも連絡しときなよ。それと、あとでぶっとばす」
タクシーでよしつねの泊まる部屋へ。途中で氷やら食べ物やらお酒やらを買い足した。一緒に行ったスーパーでの買い物を思い出す。
部屋は二人用のツインルーム。他に空いていなかったらしいが、追加料金を払ってわたしも入れたのでちょうど良かった。窓際のテーブルにグラスやらおつまみやらを用意する。ドクペは売っていなかったし、今日はお酒の気分。わたしはレモンサワー、よしつねはハイボールから。向かい合って座る。
「りかおん、おめでとう。ようやったな。ほんま嬉しいわ」
「あ…ありがと」
「ほな、せーの」
「かんぱーい」/「カンパーイ!!」
おいしい。味がどうとかではなく、気分が良くて。控えめに言って、最高。よしつねも一気に飲んで二杯目。
「はー!美味しい。ひと仕事終えたって感じ」
「ようやくやな。ほんま頑張ったんやな?」
「うん。おかげさまでね」
「わしにできることなんて、ないんやなかったっけ?」
「もう、意地悪。それはさ、よしつねの負担になると思ってさ。けど応援してくれたのは嬉しいんだよ」
「自分のことのようにとか言うけどな、わしは自分のことはもうええからな。それよかずっと嬉しいわ、ほんま」
「でもさ、前の試験とかはさ、そんなに喜んでくれなかったよね?」
「…せやな」
「うん。ずっとそう」
「その、何か恥ずかしいちゅうのと、あんまり喜んだら、前世でどうだったとかりかおんが気にしてまうかな思てな」
言われたらそうかもしれない。でも、もう気にしないって決めたから。
「ふーん、気を使ってくれたのかな?でもさ、喜んで欲しかったよ」
「ごめんな。けど、他に喜んでくれる人がおったからええやろ?」
「そうだけど、何でかなって気にしちゃったよ、少し」
「すまんて。今日はその分お祝いや。けど、蓋を開けてみたら大した理由やなかったなんてことはようあるで。まあ、まだ目標の途中やし、さきを見据えんとあかんからな。今日かてまだ通過点やろ?山は越えたけど」
「そうだね。なって終わりじゃないからね」
でも、その目指すべき終わりが来たら、それは喜ぶべきことなのだろうか?そのときまで、よしつねはいるのだろうか?
「貴族の楽しみは続くっちゅうわけや」
「その貴族様がわたしの応援に夢中なのはわかったけどさ、ちゃんとなぎささんに連絡したの?」
「おう、送っといたわ。ほしたら、ごっつキレ散らかした返信が来たで。読むのも憚られるくらいの、りかおん並みに辛辣なんがな」
「わたしがいつ辛辣な?…なんてね。でもまあ、それは仕方ないでしょ。言ってから来れば良かったのに」
「別にわしのことなんか気にせんかなって」
「そんなことないでしょ?娘さんだって懐いてるし」
「あー、親が悪いなあれは。わしを犬か何か思とる」
「親ってさ、その…もしかしてよしつね?」
「は?何でわしが?」
「実は…隠し子、みたいな?」
「ちゃ、ちゃうわ!わし、なぎさとそんな、せえ…ちゃうて!」
目に見えて困惑している。久々に見る、よしつねの慌てる姿。
「そうだよね、嘘つかないし」
「あーびっくりしたわほんま」
「でもいつからこっちに?昨日今日ならなぎささんも連絡してこないでしょ?」
「そりゃりかおんの試験の初日に合わせて来とるからな」
「へ?何で?」
「研修所?の付近に行ってな。お祈りしてたっちゅうかな。心配で。見当たらんかったけど」
「そりゃずっと構内にいるからね。っていうか完全にストーカーだね」
「せやな。10年越しにりかおんの言う通りになったな」
そうだ、最初に会ったとき、わたしのことを知っていて、ストーカーかと思ったこともあった。そこからの、くだらない思い出話を、お酒を飲みながらだらだらと語り合った。本当に、どうでもいいこと、でも本当に、一番楽しいことを。
何回も人生を繰り返してるなんて言ってたけどさ、本当は嘘なんだよね?
長い人生経験があるって言うのにさ、役に立ったことなんてたぶんないよ?
一つの嘘から、整合性をとるために次から次に嘘ついて、後戻りできなくなっただけでしょ?
急に倒れるとか、死にそうになって消えるとか、そのまま死ぬとか、そういうのもただの設定でさ、忘れちゃったんだよね?
だからさ、ちゃんと白状したら全部許してあげる。
ここまで来られたから?違う。一緒にいて楽しかったから、それ自体がとても、わたしにとって価値がある、大切な思い出だから。それに…
「そう言えばさ、初日の問題がさ、T市の雑貨屋のYさんが人形を取られて殺されたって問題でさ、よしつねのこと思い出しちゃってさ、ちょっとパニックになってね。そのときに、わたしを呼ぶ声が聞こえた気がしたの。それで我に返って持ち直したんだけどさ。もしかしてよしつね、声出した?」
「お祈りついでに声漏れたんかな?って、そんなとこまで聞こえる声出したら、わし警備員にしばかれるやろ?」
「ふふっ、そうだね。気のせいだね。昔さ、初めての盆踊りのときにね、雨降って蒸し暑くて倒れそうになってね、そのときも呼ばれた気がしたんだけどたぶん気のせいだったんだよね」
「ピンチなったら見えない誰かが助けてくれるんかもな。心強いやないか、もう怖いものなしやろ。ってか、わしYさんやあらへんしな」
「よしつねのY?」
「りかおんしか呼ばへんし。だいたい苗字のMやろ。百歩譲ってKかワンチャンTやろ?」
「実際はそうかもしれないけどさ、思い出したってだけだからイニシャルは関係ないんだよ」
「想像力豊かなんも考えもんやな。せやけどようやくりかおんと酒飲めたな。10年前は想像…まあ、いつかはって思っとったけどな」
そう言いながらもう何杯も飲んでいるよしつね。
「そうだね。向こうでも飲まなかったし。わたしそこまで好きじゃないし、酔っちゃうからね。今日だけ。それとさ、今度トーキョー来たときステーキ屋さん行って飲もうよ。それまでさ、死んだらだめだからね?」
「はっ…別に死なんて。殺されもしてへんし。…んあ、りかおんに気色悪いから消滅しろ言われたら…何遍でもそうするけどな」
だいぶ酔っているよしつね。目が虚ろ、もう寝そう。
「もう消えろなんて言わないよ。でも気持ち悪いって言えばそうだよね、特に今回のやつとか」
「…慣れてくれたんやな?…えかったわ」
「そうだね。わたしもその…大人になったからね」
「わしからしたらね…ずっと…」
「もう、そういうのは相対的な尺度で決まらないんでしょ?もうお酒も飲めるし、あと1か月もしないうちに社会人だよ」
「でもね…莉花は莉花だから…」




