●43 オンリー・ワン
夏休みが終わり新学期。また学校と家の往復が始まる。けれどわたしの目標は明確になった。だから、今までは、ただしていた勉強が、目標に向かってする努力になった。学んだ内容そのものが実際に役に立つかはわからないけど、この経験はいつかきっと、と思える。
もちろん、他にもいろいろなことがあった。
まずは、まいちに駅の近くのつけ麺屋で奢った。特筆すべきことではないけれど、わたしにとっては重要。してもらってばかりでは申し訳ないし、まいちとはずっと友達でいたいから。こうやって食べるとかスープ割りがどうとか、いろいろ教えたら喜んでくれたが、わたしも初めての店だとは言えなかった。
それと、もともとまいちの友達で、12月の修学旅行で同じ部屋になった、さよ、ひなの。この二人と友達になった。とても楽しい子たち。二人とも盆踊りでわたしとまいちのことを見ていて、かわいいって思ってくれたよう。もちろん、よしつねのようにひねくれた意味ではなくて、純粋に、だと思う。以前は友達は自分で作るみたいに思っていたが、それにこだわることはなくなった。よしつねだけでも十分、友達ではないと思うが。
さよはひょうきんで少しおっちょこちょいな子。わたしとまいちがカップルだと本気で思っていて茶化してくるが、基本的に対処はまいちに任せる。毒をもって毒を制す感じ。将来は看護師が目標。もともと興味はあったのと、中学1年生のときに怪我をして、母の勤める病院に入院した際、看護師たちにとても手厚くされたのが決め手だったそうだ。科が違うので母ではないようだが、それでも母は素晴らしい仕事をしているのだと改めて感じた。さよにも立派な看護師になって欲しいが、その前にもう少し落ち着きのある人間になってもらいたい。それが改善される前提で、もしわたしが入院することになったらさよに担当してもらいたいと思うが、縁起でもないので言ってはいない。
ひなのはすごく真面目で、わりと背が高くて、わたしほどではないけど大人しい子。授業中によく寝ているわたしを見て、思うところがあったらしい。ごめんなさい。最終的にはわたしの軍門に降り、勉強の方法やわからないところを質問するようになり、わたしも理解が深まるのでちゃんと教えてあげた。料理を作る仕事を目指していて、すごく丁寧に分量を測って料理をするから時間がかかるらしい。誰かみたいに分量は適当でも何とかなるって教えようかと思ったが、もちろん責任は取れないのでやめた。いつか食べに行って、シェフを呼んでくださいって言うのをやってみたい。
休日には、まいちを含めた4人で遊ぶことが多くなった。わたしは少し緊張するけど、まいちはわたしと二人のときと一緒でみんなに楽しく、優しい。でも抱きついてくるのはわたしにだけ。少し優越感はあるけど、相変わらず面倒臭い。
なぎさは、何と赤ちゃんができたとのこと。母の勤める病院に通院。母は担当ではないけれど、時間が合えば一緒にごはんを食べたりもしたそうだ。おそらく話題はわたしとよしつねのことだろう。子どものことについてよく勉強しており、良いお母さんになりそうだと母は言う。母を見倣うなら間違いない。わたしにしてくれたみたいに優しくしてあげて、くれぐれも殴ったり蹴ったりしないで欲しい。もっとも、なぎさの調子が良くないときはよしつねが病院に付き添ったりしていて、よしつねによれば、そのときのなぎさは嘘みたいに穏やかだそうだ。もしかして、よしつねの…いや、ないない。
3年生になって、いよいよ受験を意識するようになる。といっても生活が大きく変わるわけではない。
夏には盆踊りにも参加した。まいちはもちろん、さよ、ひなのも一緒に。4人で御代史堂で練習したこともあった。ひなのが昼食に桜えびのパスタを作ってくれて、とても美味しかった。店で出て来てもおかしくないくらいで、見た目も綺麗。友達が大人っぽいことをしていると、なぜかこちらまで大人になった気がする。まいちが子どもみたいなことをしててもそういうことはないのに。このときばかりは、よしつねは皿洗いに。でも、よしつねの料理はわたしだけのものという意識が少しあるので、安心した面もある。よしつねには言ってあげないけれど。
盆踊り本番、母とよしつねはまた見に来てくれた。なぎさは参加できなかったけれど、その期間中に無事女の子を出産した。2週間くらいして会わせてもらったが、なぎさとは違っておっとりした感じ、いつか一緒に踊ろうねって声をかけた。
盆踊り後から受験モード。さよ、ひなのとは別の高校になりそう。もっともわたしが受験に失敗しなければの話だが。
問題はまいち、わたしと同じ高校を目指しているが、学力が少し…だいぶ足りない。それをよしつねにぽろっと言ってしまったら、何と前世のわたしがその高校を受験して合格した際の試験問題を覚えているとのこと。こんなこともあろうかと記憶していたらしい。ただ、それをまいちに伝えるのは明らかにおかしいので、わたしが勉強を教える過程で、その問題を解けるように誘導することを考えたのだが、そうするとわたしもその問題を知ることになるので、明らかにわたし自身が忌むべきズルをすることになる。よしつねは、前世で受かっているのだから問題ないなどと誘惑をしてきた。友情とは、まいちを合格させることなのか、まいちを正しくあらしめることなのか、悩んだ結果、よしつねを頼らずに二人で勉強することにした。よく考えたら、無理に入ってもあとでついていけなくなるのが目に見えているので、至極妥当な選択をしたと思う。よしつねは以前、無理に街を発展させたら歪みがどうとか言っていたのに、その教訓をまるで生かしていない。
結果、わたしとまいちは揃って合格。喜びを分かち合うことができた。ただ、最初にまいちから合格したと聞いたときに信じられなくて、わたしの表情が、おそらく嘲笑や冷笑といった類のものだった気がして、それをまいちに気付かれていないことを切に祈った。一方で、よしつねに対しては、わたしの人生で二番目にひどい罵声を浴びせかけた気がするが、これはそのまま受け取ってもらって構わない。そのせいではないだろうが、よしつねはあまり喜んでいないようだった。
高校に入ってからも、まいちとはよく一緒にいた。放課後にお互いの家に行くことも。いつもいちごミルクを用意してくれる。飲みながらでもちゃんと話をきいてくれるようになったと言われたが、それはさすがに飽きたから。もちろん言わない。
高校でも友達ができた。またも、まいち経由だけど。本当に友達を作る天才。いっぱい作ってもいいけど、わたしのことを一番の、いや順番なんてどうでもいいけど、ずっと友達でいて欲しいと思う。
高校2年生になってからは塾に通うようになった。また受験かという気持ちと、将来の目標に向かって進んでいる実感。塾帰りにはよしつねのところに寄ってごはんをいただくことが多い。疲れているのでとても助かるけれど、感謝の言葉はいつも淡白。大学に合格したらちゃんと伝えたい。でも大学に行くとなると、ごはんどころか会う機会もずっと少なくなってしまうっていう邪念?っていうのかわからないけど、そんなことを考えてしまう。
そして、3年生に。勉強中心の生活。これからしばらくはそうなのだろう。それでも盆踊りだけは毎年参加する。もう、よしつねのところで練習はしないけれど。
大学受験はトーキョーへ。よしつねがホテルを取ってくれた。今度は隣同士の二部屋。ごはんのこととか受験票がどうとか、いろいろ気を回してくれたのは嬉しいけど、少し面倒くさいし、少し寂しい。すべての試験を終えてから、少しだけ一緒に観光。ようやく肩の荷が降りて、4年半前のことを思い出す。パンダを見たこと、お墓参りしたこと、いろんなごはんを食べたこと、よしつねを殺しかけたこと。そういえば、あれから急に倒れたということは聞いていないので、もう大丈夫なのだろう。これからは、もうあまり会えないけれど、またいつでも会いに来て、応援してくれてもいい。大学に合格したけれど、やはり恥ずかしくて、ちゃんとしたお礼は伝えられなかったし、よしつねもそんなに喜んでいなかった。
大学はトーキョーへ。初めての一人暮らし、小学生のころに住んでいた辺りで。引っ越しのときは母も来てくれて、昔よく行った蕎麦屋で一緒に食事もできた。天ぷら蕎麦を食べながら、子どもの頃を思い出したのと、これからは母と離れて暮らすのが悲しいのとで、号泣してしまったので、変な人と思われたかもしれない。
トーキョーでは、大学以外で知り合いがいない生活が続くと思っていたが、なぎさの妹が近くに住んでいるということで紹介してもらった。なぎさとは違った顔立ちだけどかわいらしい人。性格はよしつねに近くて、適当で皮肉屋、わたしには優しいけど。姉をゴリラ扱いしているのもそう。彼女もよしつねも、なぎさからどんなことをされてきたのかが気になる。在宅でITエンジニアの仕事をしていて、いつでも来て良いと言われたので、たまに遊びに行って一緒にゲームをしたり、ごはんに行ったりして仲良くさせてもらったが、ラーメン率が高く、そこは姉に似ている。父と姉とは疎遠になっていたようだが、わたしをきっかけに会いに行ったようで、恩返しになっていたら嬉しい。
あと、よしつねが毎月お墓参りに行くついでに会いに来る。言っていないけど毎月の繰り返し設定でスケジュールに予約してあるし、言っていないけどすごく嬉しい。学校と試験対策の勉強で毎日大変なので、月一のご褒美として、よしつねにご馳走してもらっている。
それ以外の多くの時間を勉強に費やし、大学3年生のときに司法試験の受験資格を得るための予備試験に、翌年には司法試験に合格することができた。言葉にするとそれだけだが、とても大変でつらかった。落ち込んだときは、よしつねからもらった勾玉を手に今までの前世のわたしに向けて頑張ることを誓う、というよくわからない儀式を行ったりもした。母もまいちもとても喜んでくれたが、よしつねはそんなでもなかった。
司法試験合格後、約一年の司法修習で実務家になるための知見を得てから、仕事に就くことができる。司法修習先は希望の都道府県を複数記載して申請するのだが、トーキョーなどの人気が高いところは、必ずしも希望が通るとは限らない。わたしはトーキョーではなく地元を希望し、無事、おそらく余裕で通った。嬉しいやら悲しいやら。
久々の実家暮らし。まいちはオーサカの大学を卒業してから地元に戻って観光関係の仕事に就いた。さよは看護学校を卒業し、わたしの母と同じ病院に勤務し始めており、ひなのは近くのイタリアンレストランで修行中。久々に4人で食事をする機会が多くなった。時間的に余裕もできたし、修習先も歩いていける近所、まるで中学時代に戻ったような生活。けれど、いよいよ実際に仕事を始める日が近付いていることを感じ、気が引き締まる思いも。
修習は期間を区切って、裁判所、検察庁、弁護士事務所で行われ、様々な人と接する。教官、裁判官、書記官、弁護士、事務員、検察官、事務官、警察官、被疑者、被告人、被害者、原告、被告、依頼者、相談者…。違う立場、違う境遇だけど、みんな人間。ずっと参考書やレポート用紙に向かってきたわたしにとっては刺激が強いけれど、わたしの目指すのは人と対する仕事だから、想像力を巡らせて、頭を使って、言葉を紡ぐ。それに、よしつねに比べたら、みんな普通。あんなに楽しくて、泣かされて、ムカついて、頭のおかしい人、そうはいない。
そのよしつねは相変わらず、まあ本人の意志なのだが、御代史堂で暇を持て余している。変わったことといえば、7歳になったなぎさの娘がよく御代史堂で遊ぶようになったこと。よしつねのことを気に入ったらしく、よしつねの方もとてもかわいがっているらしい。わたしの知らない間にそんなことになっていたなんて、何かムカつく。もしかして、よしつねの…いや、ない…と思う。
この期間、ブランクを取り戻すように、まあそれでも月に一回は会っていたのだが、わたしはよしつねのところへ再びよく顔を出すようになった。ごはんを作ってもらったり、一緒に作ったり、外へ食べに行ったり、買い物に行ったり、散歩に行ったり。
あと、山登りにも、今度はロープウェイで。山頂から見た夜景はあのときより寂しくて、優しかった。それは徒歩で行かなかったせいか、わたしが少し大人になったせいかはわからないけれど。
この頃になると、わたしは中学生のころからいくらか身長も伸びて大人っぽく、友達からはそうは思われていないようだが、それなりに大人になり、一方でよしつねはあまり見た目の変化がないので、まわりからはカップルだと勘違いされたかもしれない。別に人からどう思われても構わないのだけれど。よしつねが怪しい人扱いされる可能性は減ったのは良かったと思うし、少し嬉しくもある。
充実した日常、一年弱の地元での修習のあと、サイタマにある司法研修所の寮に入っての修習。そのさきにはまた試験が待っている。司法修習生考試、通称二回試験。5日、各7時間半に及ぶ長丁場。裁判官、検察官、弁護士、それぞれの立場で、何十から百ページ超という資料を読み、何十ページにもわたって文章を書く。これに合格しないと実務に就くことはできない。合格率99%、受かって当たり前ともいわれる、合格者ではなく不合格者が発表される、そんな試験。落ち着いてやれば大丈夫、それができなければ失敗する。この精神的負荷は今までの比ではなかった。
試験初日、寮の部屋から会場である研修所の講堂へ。
科目は刑事裁判。資料を読み、事件を想像する。被告人は自称アルバイトの男性、容疑は強盗殺人。公訴事実は、被告人はT市内雑貨店において、店員が不在であることに気付き、布製の人形1体他10点(市場価格15万円相当)を窃取し、出入口を出たところで店主Yから声をかけられ、窃取した物の取還を防ぐため、同人の顔面を両手の手拳で数回殴打し、店内に置かれた商品である木刀を持って同人の頭部に叩きつけるなどの暴行を加え、同人を頭蓋骨骨折、脳挫傷により死亡させて殺害したものである…
想像力が牙を剝く。どうしたってよしつねの顔が浮かぶ。戸締りちゃんとしろって言ったのに。わたしがあげたぬいぐるみ、確かに今では人気が出てプレミアが付いているらしいけど、そんなのまたどっかで買えばいいでしょ?お金ならあるんだから。わたしとの思い出だって、またいっぱい作ればいいし、思い出せるでしょ?死んじゃったら来世に行くだけなのかもしれないけど、こっちは悲しいんだよ。一億万年生きててそんなこともわからないの?
「莉花!」
いつかと同じ、よしつねの声?なんだ生きてるんだね。いや違う。周りの反応はない。これは聞こえるはずのない声、わたしの幻聴。そうだ、今は試験の最中。起こったのは試験問題の中の世界の出来事。その世界の裁判官になったわたしが職責を果たす。ただそれだけのこと。その過程を言葉にして、白い紙に綴ればいい。




