●45 最終話 ラスト・オーダー
3年間トーキョーの事務所に勤務し、様々な経験を積んだ。その間もよしつねはお墓参りにトーキョーに来ていたこともあって、最低月一ペースでよしつねに会っていたし、一緒にステーキ屋でも飲んだし、うなぎ屋でも結局飲んだ。
よしつねは酔うといつも同じ話をするけれど、思い出を共有できていることが楽しいと思えるので苦ではない。それに来世に行ったらそんな話もできないだろうからね、付き合ってあげる。
まいちがトーキョーに遊びに来てくれたこともあった。昔みたいに二人で買い物したり、ごはんを食べたり、やっぱり楽しい。
夏は欠かさず地元で、まいち、さよ、ひなのと盆踊りにも参加した。みんな見た目も綺麗だし、話をするとしっかりしていて大人になったのだと感じるが、時折見せる笑顔は中学時代と変わらないようで嬉しい。反面、わたしはあまり大人になりきれていないなと不安に思うこともある。みんな、頑張ってるんだね。
母は一人で暮らしているが、なぎさが子どもを連れて家に遊びに来たり、看護師になったさよと一緒に出かけたり、まいちも加えたみんなでひなののレストランで食事したりしているらしい。
母からたびたび写真やメッセージが来て、楽しそうなのが伝わってくる。それは本当にありがたいことなのだが、母にもみんなにも申し訳ない気持ちがある。
それと、みんなで会うとわたしの思い出話をするようだが、わたしの法事か何かみたいで胸がざわめく。まだ死ぬつもりはないし、これからもっとたくさんの思い出を作ろうと思う。お盆とお正月には実家に帰って少なくとも一泊はするようにしていたけれど、そんなんじゃ足りないよね。
そして今回、母の定年が迫ることもあってわたしはトーキョーから実家に戻り、地元で事務所を開くことにした。これからはなるべく母の側にいたいし、まいちほどではないが地元愛みたいなものもある。
場所は御代史堂の2階、かつて盆踊りの練習をしたところ。なぎさは、よしつねを追い出したら良いと言っていたが、雑貨屋をはさむことで入りやすいのと、1階だと目立ちすぎるので、御代史堂はそのままで、2階のみを借りることとした。広さは十分だ。
まいちもなぎさもたくさん手伝ってくれた。今後二人とも、副業としてわたしの事務所でも働いてくれることになった。
もちろんよしつねも、準備期間中は雑用を引き受けてくれたり、ごはんを作ってくれたりで、忙しくしていた。一生分働いた、なんてことも言っていた。
あらかたの準備を終え、業務開始まで間もなくとなった日、駅前の居酒屋で久々にまいちとさし飲み。
初めて会った日のことを思い出す。もう14年。友達になってって声をかけてからずっと大切で大好きな友達。いろんなこと、辛いことも悲しいこともあったろうに、わたしと会うと最後は必ず変わらない笑顔を見せてくれる。
よしつねも次いで長い付き合いだけど、友達なのかって言われると違う気がするし、向こうも友達とは思っていないようなので、やっぱりまいちが一番の友達。
でも順番とか言い方なんてどうでもいい。二人とも大切で…。
まいちと祝杯をあげ、たらふくごはんを食べ、酔っ払ったまいちを彼女の夫に引き渡したあと、夜遅く、一人わたしは御代史堂へ向かった。
アーケード街を歩く。あのころと変わらない街、いや、統計では人口は少なくなっている。かつて前世でよしつねがやったような、無理な発展はこの街にはふさわしくないだろう。
しかし、今も、これからも、この街で暮らしていく人々はいるのだと確信している。わたしがそうだから。やがて、店の灯りがぼんやりと見えた。
中に入るとよしつねが座っていて、優しい笑顔で迎え入れてくれた。初めて会ったころとほとんど変わらない、いや、わたしが大人になったせいだろうか、だいぶ子どもっぽく思える笑顔。
「眠そうだね?待っててくれたの?」
「ん、ああ、寄るかと思ってな。楽しかったか?」
「うん、もうお腹いっぱい。よしつねも来たら良かったのに」
「デートの邪魔したらあかんやろ?」
「ふふ、ありがと。これからは毎日顔合わせるしね、嫌でも」
「嫌なんか?」
「そんな嫌じゃないよ。まだ、ね」
「そのうち嫌んなるんかなあ?」
「気を付けなよ」絶対に嫌になることはないと思っているが言わない。
「せやな」
「あとさ、迷ってるお客さんがいたら、ちゃんと案内してね?」
「看板とか用意したらええやん。それにわしから話しかけたら嫌がられるかもわからんし」
「嫌がらないよ。たぶん、大丈夫だよ」
「それは、りかおんだけや」
「確かに。変な物ばっか売ってるしぼーっとしてるし。最近特にそう」
「言うなあ。ぎょうさんやることあったしな。疲れてんねん。それに飛び込みでは来んやろ?スマホとかであれやろ?」
「だね、でもその辺は優秀な事務員がいるから安心してる」
店の中を見回す。初めてここへ来たときのことを思い出す。明る過ぎる照明に、数々の品物が照らされていたこと。勾玉を手に取ったこと。間接キスをしたこと。
照明は壊れて撤去されて、今は売り物かどうかわからないフロアスタンドとシャンデリアの光が優しく、ぼんやりと室内に満ちている。
「初めて来たときのこと覚えてる?ちょうど今くらいの時期だったね。もう13年」
「もちろんや。何年生きとる思てんねん」
「何年?」
「一億万年?」
「またそれ?」
「わしからしたら13年前なんて昨日のことのようなもんやからな」
「ふふっ、そうだね」
「ドクペ、飲むか?」と店に入って右奥のところ、ガラス張りの冷蔵庫の方へ向かうよしつね。
「もう子ども扱いしない!あのときの倍の年齢になったんだよ?わたし」
「すまんな。ほならいらんか?」
「ううん、いるけどさ。毒入り?」
「あんときも言うとったな」
「でもさ、今考えると不思議だと思うんだ。わたし、よしつねについて行ってさ、本当はすぐに帰りたかったのに。実はよしつねのこと知ってたんじゃないかって思うよ」
「ふっ、知らんふりしてたりな」
「あの頃からさ、ごはんいっぱい作ってもらったよね。いろいろあったけどさ、一番はチャーハンかな」
「ほな、お作りしましょか?」と、二つ持った缶のうちの一つを渡してくるので受け取る。
「ううん、ついさっきお腹いっぱいって言ったよね?忘れた?」
「あ、忘れてへんよ…」
「こうなってくると怪しいなあ。ほんと覚えてる?」
「ええから中、座り」
三和土で雑に靴を脱いで、居住スペースに上がる。右奥がキッチン、左がリビングで、すぐのところに長いソファ、その前にテーブル、その向こうに一人用のソファがある。
一人用によしつね、長い方にわたしが座る。ずっと同じL字の配置。向かいの棚の上、二つのぬいぐるみ、思い出と目が合う。
「乾杯、してもええか?」
「いいけどこれぇ?」とドクペを指差す。
「ええやろ?思い出のドクペや?」
「お酒ある?」
「りかおんも進んで飲むようになったんやな?」
「たまにだよ。その、特別なときとか?」
「せやな。今日は特別やもんな。所長」
「もう、恥ずかしいなあ。けどさ、よしつねと逢えたのが普通じゃないんだから、こういう時間はさ、もう全部特別なんだよ?」
「はあ…そっちこそ、そないなことよう言うなあ」
「へへーん、お返し」
「ほならな、ええのあるで。けど、さんざん飲んだんやろ?」と、ドクペをテーブルに置き、立ち上がってキッチンへ向かうよしつね。
「うん、さっきはさ、まいちがいっぱい飲んでたから」
「優しいな。飲み足りひんか?」
「いっっこも!」と背もたれに腕を広げて寄りかかる。
天井を見上げる。その向こうにわたしのこれからの仕事場があるのを思い起こす。嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこと、そのすべてを受け入れる覚悟は、もうとっくに、ある。
「お待たせ」よしつねが氷、グラス、水、ウイスキーなどを載せたトレイをテーブルに置く。
「あれぇ?おつまみは?」
「お腹いっぱいて」
「それは別」
「はいはい」と、再びキッチンへ向かうよしつね。
その間、わたしは二つのグラスに氷を入れて、お酒を用意して待つ。
じきによしつねがミックスナッツを入れた皿を持ってくる。
「これでええか?」
「うん、上出来」
二人ともグラスを手に取る。
「ほな、カンパ…って何これ?」
「ん?ドクペ割り」
「これ結構するやつねんて?」
「いいから。思い出のドクペでしょ?」
「ああ、せやな、ほな行くで、せーの」
「かんぱーい!!」/「カンパーイ!」
二つのグラスが心地の良い音を奏でる。いつも微笑んだり、にやついたりしているよしつねが、今日に限っては紛う方なき満面の笑み、わたしもそうなのだろう。二人でお酒を飲み始める。
「ふうーっ、美味しい」
「おう、いけるな」
「あのさ…ぅんっ、お祝いとか…んぐっ…ないの?」ミックスナッツを頬張りながら聞く。
「今飲んで食べてるやろ?」
「そういうんじゃなくてさ、えっとさ…」バッグを探り紐を見つけて引き寄せて、「これみたいな何かとかさ、あと形がなくても…」と、初めて会った日にもらった勾玉をテーブルの上に置く。
「まだ持ってたんか?」
「そりゃそうだよ、大切なお守りだから。バチ当たるかもだけど」
「もう夢も叶えて、すべてを手に入れてしまいそうな勢いのりかおんに、今更喜んでもらえるもんなんて何もあらへんやろ?」
「夢は途中、まだまだこれからだよ。それにさ、他にもあると思うよ」
「何?」
「うーん、出てこないけど」
「りかおんなら自分で手に入れられるやろ?」
「うふっ、どうかな」
お酒を飲み、笑い合いながら、いつもみたいに昔の話。何度だって蘇る、13年間の思い出たち。これ以上、欲しいものなんてもう…
「せや、思い出したわ。ふっふっふ」と立ち上がり、棚に向かうよしつね。
「何か嫌な笑い方」
「これや」とこちらに向き直り、ソファに座り、手に持った茶封筒を見せてくる。
「何それ?」
「最新の予言書や」
「え?まさか?」
「向こう30年の主要G1レースの勝馬の名前や。ちゃんと年月も書いてあるで」
「いらないよー自分で頑張るからさ。あ、競馬をじゃなくて、ね?」
「もしも、のときの保険や。な?」と、封筒をヒラヒラさせて差し出してくる。
「んもう」いやいやながら受け取り、テーブルに置く。左に勾玉、右に予言書が並ぶ。
「誰にも見せたらあかんで」
「うん…わかってるよ」つっけんどんに返す、けど少し嬉しい。二人だけの秘密の証。
「競馬の結果はわかるけど、これからのりかおんがどうなるかはわからんからな。心配が、いや楽しみやな、尽きひん」
「あ、あのさ…昔から変わらないよね?よしつねって」と自分が発する言葉から、だんだん酔いが回ってきているのがわかる。
「何せ一億万年生きてるからな。人格形成がされ切って、もう何の成長も見込めんわ」
「そういうところ…ちゃんとお酒…飲んでる?」
「そない飲んでへんよ。すぐ寝てまうから」
「そこ…嘘つくところ」ぼんやりしてきた。
「嘘つかへんからな」
「うん…でもさ、何回もループしてきてさ…途方もなく長い…よね」
「そりゃ、まあな、一億万年やな」
「またそれ…よしつねにとってはさ、その一億万年だかのうちのたった13年、わずかな時間だけどさ…わたしにとっては26年のうちの13年…半分だよ…ズル…いよね?」
「せやな。…でも人生で最高の13年だよ」
「人生って、現世の?」
「僕はずっと僕だからね。前世も含めてすべての、僕の人生で」
「ふふっ…それならおあいこ、だね。わたしも最高だった…よ、でもさ…来世に行ってさ…何回もループ…たら、…っと忘れちゃう…ね?」遠のく意識で問う。
「忘れない」という声を感じる。
「う…そ」身体が左、声の聞こえる方へゆっくりと倒れる。
「嘘はつかないって、決めたから」よしつねの視線と声。
「来世…も…また会い…来て…る?」もう目を開けていられなくなった。
「うん」
「でも、そのわたし…わたしじゃない‥よ…ほんっと…妬ける…」
「莉花は莉花だよ。ずっと、たった一人、僕が…」
右頬に、うっすらと、暖かく少しざらつき柔らかい、初めての感触。そこから伝わる声。もう、聞こえない。
「…やっぱさ…毒入れた?」
薄暗い部屋で横たわっている。身体の上、季節に不釣り合いなブランケットが掛けられている。
目を覚ますと足元の方、三和土の奥で何かを引き摺る音がする。
ぼんやりした視界、頭上のソファは座面が丸見え。起きようとするがこちらのソファが離してくれない。
どこか行くのだろうか?すがり付いたら戻ってくれるだろうか?たぶんそう。
だから、ほっといてあげるね。
初めて会った日はそっちがすがり付いてきたのに。あれからいろんなことがあったね。
そうだ。最高って言ってくれた。でもこれからもっと、良いことがあるかも知れないんだから、戻って来てもいいんだよ。
だんだん意識がはっきりしてきた。身体を起こしてみる。
目の前のテーブルの上、ウイスキーのボトル。手に取ってみるとまだ半分以上残っている。高いっていうならさ、全部飲んでから行けばいいのに。スマホも置きっ放しで。
ソファから立ち上がる。無理なく歩けそう。今ならまだ見えるかも。外へ向かう。三和土の真ん中に、わたしの靴が綺麗に揃えられている。わざわざこんなことしてさ。
靴を履いて鍵を開けて外へ。ちゃんと戸締りしたんだね。少しは成長したみたい。もういなくなっていると思ったのに、覚束ない足取りで歩いていくうしろ姿が見えるよ。
ずっと聞きたいことがあった。あなたは聞いたら教えてくれる。だから、聞けなかった。今が最後のチャンス。走ったら追いつくね。追いついて顔を見たら、聞きたいこと聞いて、言いたいこと言って、飛びついたり、蹴飛ばしたり、どうなっちゃうかわからない。だから走らないよ。
でもそんなにさ、ゆっくりしか歩けないんなら、静かに横になっていればいいのに。格好つけてるのかも知れないけれど、全然だよ。今までだって格好悪かったことの方が多いんだからね。でも、今はわたしも格好つけているからさ、おそろいだね。
その角を右に曲がったら、もう見えなくなっちゃうな。
わたしがずっとそばにいてさ、見守って、見送って。そんな未来、あなたの知らない未来もあるかもしれないんだよ?泣いてお別れするのは嫌ならさ、きっと笑顔で送ってあげるのに。今だって泣いてなんかいないんだから。そっちこそ泣いているんでしょう?
ほら、今見えたよ、曲がるときにほんの一瞬だけ、悲しそうな横顔が。もう姿は見えないけれど。
だから、あなたが次の、わたしじゃないわたしに会う人生ではね、もっといっぱい一緒にさ、お出かけしたり、ごはんを食べたり、喧嘩もしたり、でもすぐ仲直りしたり、あなたがわたしの手を握ったり、わたしがあなたに抱きついたりしてさ、そんなたくさんの思い出ができるように、祈って…ううん、予言してあげる。
あなたがそんな人生を送ってくれたら、嬉しい。嬉しいんだけどさ…
あ〜あ、チャーハン作ってもらえば良かったな。
ーー 完 ーー




