●3 幻聴
土曜日、朝ごはんを食べないのでいつまででも眠っていられる。その上、大抵はすっきり起きることができる。
しかし今日は違った。長いこと寝ていたと思うが、何だかもやもやする。
そうだ、昨日知らない人からもらったドクペを普通に飲んでしまったのだ。美味しかったは美味しかった。が、もし遅効性かつ致死性の毒でも入っていたら、今ごろ同市内で同時期に中学生とアラサー男が謎の死を遂げているのかもしれない。いや、向こうはもしかしたら解毒剤でも用意しているかもしれない。そうだったら殺人事件だ。目撃者はいるだろうか?監視カメラは?けれどわたしは死ぬ?考えたら恐ろしくなってきた。結果的に現在まで何も起こっていないから大丈夫とは思うが、気分はとても悪い。迂闊だった。
警察に届け出たら、何らかの対応をしてくれるだろうか。今のところ、特に被害は出ていないが、大人が子どもに不必要に声をかけたらもう不審者となる昨今である。しかし、そこまでのことはするまでもないと感じた。理由は思い当たらない。いや、警察に、他人にあの出来事を説明すること自体が緊張するし怖いのだ。だからもう過去のことにして忘れてしまおう。
でも昨日はいいこともあった。念願の沼島イザナのアクリルスタンドが手に入った。もう既に学習机の正面の棚中央付近に飾ってある。ベッドに横たわっていても机の方を見るとその姿を崇めることができる。少し下を向いた憂いのある表情が堪らない。
枕元のスマートフォンが何度か震えているのに気付く。手を伸ばす。指先にショルダーストラップの感触、それを手繰り寄せる。母からのメッセージだ。もうすぐ昼12時になる。
『もうすぐごはんができます』
『といってもごはんではないです』
『ライスではないですうどんです』
『ふしめんではないうどんです』
今日は母も休日、昼食を用意してくれている。母に昨日のことは話せないだろう。隠し事はしたくないのに。
自分の部屋から出て顔を洗う。顔色は悪くないがやはりもやもやする。
昼食のあとは部屋に戻り、座って机に向かう。月曜のテストに向けて勉強しなければならない。勉強は嫌いではない、かと言って、それ自体が楽しいわけではない。将来の夢、それに向けて今勉強することが必要なのだと、ぼんやり考えているだけなのだ。
無理やり勉強。苦手な数学の問題に挑む。わかれば気持ちが良い。わからなくても回答を見てしまえば楽になる。しかし、自分で解きたい。効率が悪いし、誰にも見られていないのだけれど、心の底からそう思う。
行き詰まる。思考が固まっている。リフレッシュが必要。そう自分に言い聞かせて、ふとスマートフォンを触る。
動画投稿アプリ・ニックナックを開くと次々に流れてくる動画の洪水、静止画がAIによって自由に動き出す動画を見て思い出した。以前まいちから、写真を動画にするアプリを教えてもらっていた。何という名前だったか?
「写真 動かす」でアプリを検索してみる。
『動画生成アプリ うご画像 ”あなたの写真をうご画像でうごかそう!”』
これか。インストールしてみる。ダウンロードが終わるのを待つ。
ほどなくしてホーム画面にタケノコのアイコンが現れた。起動してみる。
『うご画像へようこそ 月額会員になる / 無料(広告をみる)』
条件反射のごとく右側をタップする。
『あなたの資産、そのままでいいんですか?
次世代の仮想通貨シン・キロウで資産倍増!激動の時代を乗りきろう!』
怪しげな広告をやり過ごすと撮影画面になった。
「何を撮るかって?もちろん」
スマートフォンのレンズを机の棚に向ける。沼島イザナのアクリルスタンドが画面いっぱいになるように位置を調節し、画面下部に表示されているタケノコの形をした撮影ボタンをタップする。
画面に土から少し穂先を出して小刻みに動くタケノコのイラストが表示され、段々と土からタケノコが出てくる。30秒ほどして『コンプリート』と表示され、再び沼島イザナのアクリルスタンドが画面に現れ、画面中央には再生を示す角が右を向いた三角マークが表示されている。
「さて、どんなもんでしょうか?解釈違いは許さないよ」と少し緊張しながら再生する。
画面上の沼島イザナが視線をこちらに向ける。そして首から下げた勾玉をはずし、右手で紐を持って勾玉が顔の正面に重なるように掲げ、次に首を傾け顔を勾玉からずらして見せるようにしてから微笑んだ。
<これは嬢ちゃんにあげよう思てたんや>
そこで動画は終了した。
「え?…そんなしゃべり方します?解釈違いもいいとこなんですけど!?」
もう一度聞いてみようと動画を再生する。勾玉を掲げた沼島イザナが微笑むが、声は聞こえない。そもそも音声を生成するアプリではない。としたら先ほど、聞こえた、と思った声はいったい?
思い出した。机の横にかけてあるスクールバッグのポケットの中を手探り、紐ごと勾玉を取り出して机上に置く。つられてくしゃくしゃの紙切れが床に落ちたので拾い上げ、開いて、机に両手のひらで押し付けて伸ばす。左に勾玉、右に紙切れが並ぶ。いずれも、あんなしゃべり方をする男から渡されたものだ。
左手で勾玉の紐を持って掲げてみる、一方で右手で棚にある沼島イザナのアクリルスタンドを手に取り机の上に立たせ、両者を見比べてみる。
「これ、似てる…ってゆか、色も模様もほとんど同じじゃない?」
あの男が探し回ったと言っていたが、似ているものを探したということか?わたしのために?でもどうやって?触ってみても、アクリルやプラスティックのように人為的に作り出した物ではない、ひんやりとした自然の石の感触が伝わる。心地よい手触り。
「やっぱ、持ってきちゃったのは良くないよね?」と勾玉を置く。
次に紙切れを改めて確認する。『グレートヴァイタル』から始まる謎の11行の他には、裏も含めて記載はない。
「何かの名前かな?」
スマートフォンの対話型AIアプリ・LUPPYを起動して質問してみる。
「ラッピィさんラッピィさん、いらっしゃいますか?グレートヴァイタルって何ですか?」
『グレートヴァイタルはタカシロ厩舎に所属する日本の黒鹿毛の競走馬だピィ。父はアマゾンポーチ、母はヴァイタルホット、母の父はランニングチェリーだピィ』
よくわからないが、競馬の馬の名前ということだろう。
続いて、「ラッピィさんラッピィさん、トキセって何ですか?」
『トキセは、1.競走馬 日本の栗毛、2.人物 …』
これも馬の名前にある。他もそうだろう。
「ラッピィさんラッピィさん、グレートヴァイタル、トキセ、モンブランドラヤキ、チマミレ、コンニチワンダ、ガレットサン、アラビアンキ、レイニータイム、リンクテキスト、ムーンワイズ、ドクターチューブって何のことですか?」
『グレートヴァイタル、トキセ、モンブランドラヤキ、チマミレ、コンニチワンダ、ガレットサン、アラビアンキ、レイニータイム、リンクテキスト、ムーンワイズ、ドクターチューブは、競走馬の名前だピィ。100年7月5日のトサ競馬の第1レースから第11レースに出走予定だピィ。第1レースの発走時刻は15時30分だピィ。』
「はあ…今日の競馬の予想ってこと?中学生に何渡してんのよ!?」
そう言いつつも気にはなる。時刻は15時を過ぎたところ、もうすぐ始まるころだ。
「ラッピィさんラッピィさん、トサ競馬の結果が見たいのですが、どこで見られますか?」
『こちらのサイトを見てピィ →トサ競馬公式サイト
ライブ中継はこっちだピィ →ライブ中継サイト』
ライブ中継サイトのリンクをタップしてみる。馬がゆっくり歩いている映像が映し出される。
「いるかな?グレート…ヴァイタル、だっけ?」
『6番グレートヴァイタル、2番人気…』
黒っぽい馬が画面に映し出されている。太陽に照らされて、毛が揺らめいている。綺麗。
2番ということは人気があるのか。何頭で走るのだろう。
トサ競馬公式サイトのリンクを辿り、このレースは8頭で走ることがわかる。レースによってこの数は異なるようだ。
人気とはどういうことだろう。一般のスポーツでは、人気イコール実力というわけではないだろうが、競馬に関しては賭け金が多い馬が人気ということだろう。2番人気ということは2番目に強い、勝つ確率が高い、と思われているのか。
それにしても、競馬中継を見ている中学生がいるだろうか?スマートフォンのアクセス履歴やらを母にチェックされていないだろうかと少し不安になる。隠し事はしたくないのに。




