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●2 妄想

 放課後、寄り道をしたばっかりに、道に倒れていた変な男の人を蹴っ飛ばしてしまい、水をあげたらお礼をしたいって。仕方なく男のあとをついて少し歩くと、


「もうそこやから」


 まもなくして通りの左に男の店らしきものが目に入る。この辺りを歩いたことはあるが初めて認識する店だ。


 木製のドアは開いていて、灯りは点いているが、他に店員の姿はない。


 中に入ると、家具、石、杖、仮面、置物、人形、写真、ブランケットがあるかと思えば、読めない文字が記されたカップ麺やらレトルト食品など、雑多な品々が無造作に並べられ、不釣り合いに明る過ぎる照明に照らされている。


「これ、おじさんの店ですか?何屋さん?」


「雑貨屋さん、やな。何屋さんにカテゴライズできひん物やゴミを売ってるのが雑貨屋さんや」


「そんなことないと思うけど」


「お礼に何でも好きなもの持ってってええから。ざーっと見てみい」


 パッと見、欲しそうなものはなさそうだが。


「大丈夫ですか?高そうなものとかありますけど」


「かまへん。けど決まったら何か言う前に声かけや。何選んだか当てちゃる」


 あらためて、もらうという観点で店内を見渡してみる。高いものにしようかな?でもどれも値段は書いていない。高そうなものはどれかな?重い物は嫌だな、持って帰るの疲れるし。変な物持って帰って、おかしくなったと思われたくないし。


 見回していると、ふと目を惹くものがあった。即決だ。


「えっと、決まりました」


「ほな、せーので行くで、せーの」


「これで」/「勾玉や」


 金春色と乳白色のマーブル模様で、長辺が4センチくらいの大きさの勾玉を指差すのと同時に、男もそれを指差しながら言った。


「さすがやな。これはビザンに伝わるとかどうとか言われてるとかいないとかの勾玉や。持ってき」


 言われるままに手に取ってみる。穴に通された紐を左手の指にまとわせて、勾玉を目の高さに持ってくる。無駄に明るい照明に照らされて、緑と白のコントラストが映える。綺麗。高いのだろうか。値札はどこにもない。


「ここの物って値段が書いてませんけど、どうやって売ってるんですか?」


「いくらって聞かれたら都度教えちゃる。それで買う言うたら売ったるんやけどな、あんま売れへんなあ」


「そんなんで経営、成り立ってるんですか?」


「この店で言うたら赤字垂れ流しや。光熱費にも足りひん」


「大丈夫ですか?」


「すぐそれ言うな?」


「でもさっきだって行き倒れてたし」


「あれは食うに困って行き倒れたわけやないで」


「でも水欲しがってましたよね?」


「持ち合わせがなかっただけや。水なら蛇口からいくらでも出るし。水道水でもいけるくちやし。あ、ドクぺ飲むか?」


「え、はい、あるならいただきます」


「待っとき」


と男は手を洗ってから、店の奥にあるガラス張りの冷蔵庫から缶を持ってきて渡してくれた。とても冷たい。


「ありがとうございます」


 缶の周りを確認する。缶の底、賞味期限は来年1月。問題なさそう。


「どういたしまして。ってさっき、おじさん言うたな?」


「言いましたっけ?」


「絶対言うたわ、こう見えてまだギリ20代や、経験が顔ににじみ出てるだけや」


「でもわたしの倍以上ですから、わたしからしたらおじさんでもいいですよね?」


「そんな相対的尺度で決まるんか?ほなら2歳の子からしたら小学生は後期高齢者か?」


「す、すみません」


「まあええわ、ほいで何の話やったっけ?」


 小声で「ふふ、おじさん…」


 缶に問題はなさそうなので、プシュッと開けてドリンクを飲む。よく冷えていて抜群に美味しい。生き返る。


「せや、経営が苦しいとかって話やな。食うに困るやつがこんな格好しとるか?」


と両腕を広げてみせる男の胸や膝は土埃で汚れてはいるけれど、さっき寝そべっていたときのものだろうから、それを差し引きすると、小綺麗な格好ではある。


「そう、ですかね」


「それと嬢ちゃんやから言うが、この店は趣味でガラクタ集めてるだけや。他に儲けるすべはあんねん。あ、違法なことはしてへんで」


「ならいいですけど。それでこの勾玉はいくらで売るつもりだったんですか?」


 指に紐が巻きついた勾玉を掲げる。


「それはあげるつもりやったから、売りもんやあらへん」


「え?売り物じゃないのにもらっちゃっていいんですか?高い、ですよね?」


「いろいろ探し回って手に入れたんやけど、今回はそうでもないか…いや、まあ言うたらプライスレスやな」


「でも絶対高いですよね?そんな物困りますって」


「さっきまで行き倒れた破産待ったなし貧乏経営者みたいに思っとったくせに、忙しいな」


「そこまで言ってないですよ。でも誰かにあげる予定なんですよね?」


「せやから、嬢ちゃんにあげよう思てたって言うとるやろ?」


「へ?わたしに?」


 顔を指差して首を傾けて見せたところ、男は


「せや、自分や」


「え、いやいやいや!、ちょっと意味がわからないです」


「好きやろ?そういう勾玉」


「好き、ですけど、え何で?」


「イルエトワール!の沼島イザナがしとるもんな、そんな勾玉」


 そうだ。『イルエトワール!』というのは、島を擬人化したキャラクターが唄を歌いながら領土を獲り合うスマートフォンのゲームで、『沼島イザナ』は登場キャラクターの一人。今日は沼島イザナのアクリルスタンドをいち早く手に入れようとし、成し遂げた末、こんなことになっている。


「…見ました?」


「何を?」


「カバンの中」


「見てへんよ」


「じゃあ何で知ってるんですか?そんなドマイナーゲームのキャラを!グッズだって全然出ないし、今日やっとアクスタ買えたんですよ!1個しか入荷してないやつ!」


「前に聞いたんや。あと自分の好きなもんをそない言うたらあかん」


「聞いたって?言ってませんよ!?どういうことですか!?説明してくださいよ。叫びましょうか?」


「わかったから、ちょっと落ち着こうや、な?」


 男は少し離れたところにあるヴィンテージ風の椅子に近寄り、雑に座ってこちらを向いた。


「じゃあ、説明してください、早く」


「せやからな、わしは人生を何遍もやっとんねん。ほいで前の人生で嬢ちゃんに会うてんねん」


 今日初めてあったと思った男が、わたしのことを知っていると言う。しかも前の人生で?それってパラレルワールド?タイムリープ?いやいやいや、それはない。とんでもない人間に絡まれたものだ。


「そういうわけでな、りかおんが好きな飲みもんも、好きなキャラも、行き倒れた知らんやつを放っとけんのもな、知っとんねん。ほいでわざと行き倒れとってん」


 耳を疑う。


「え、ちょっと、わたし名前言ってませんよね?」


「りかおんやろ?それも前に聞いてん」


「な、な、何で知ってるんですか!?ストーカーですよね?それ。いよいよ本気で叫びますよ?」


「ちゃうねん、何もしてへんやん。前にいろいろ話してもろたことだけや。何遍も来てくれはったから」


「あ、そこから動かないでくださいね!」


 そう言いながら男に顔を向けたまま、ゆっくりと店の出口の方へ近付く。


「で?人生が何ですって?」


「何や哲学的な質問やな?」


「ふざけないでください!」


「すまんすまん。堪忍してな?」


 男は両手のひらを見せて少し前傾姿勢になる。


「動かない!」


 視線は男に固定したまま、持っていた飲みかけの缶をすばやく男の前の床に置き、店の出口の方へより後ずさった。まだ半分くらいは残っているだろう。


「それ、まだ残ってますから全部飲んでください!」


「飲まんのか?」


「何か入ってるかもしれないんで飲みません!」


「もう飲んでもうたやん」


「死なば諸共です」


「間接キッスなるで?」


「さっきの水でもう間接キスです。それにこっちがさきなら全然マシですから!」


「何も入れてへんで?プシュッてなったやろ?何か入れ…」


「いいから飲んでよ!!」


 男は缶を拾い上げるや否や、一気に飲み干して缶を逆さまにして見せた。


「ぅゲぇッ」と小さくゲップをする男。


「きったない…」と声が出る。


「しゃあないやろ」


 男は少し体を前に倒し缶を足元に置き、すぐに背中を背もたれに付ける。


「やっぱうまいな、でもお腹タプタプや」


 その間ずっと男から目線を離さなかった。ここを離れる機会はいくらでもあったのに。


「…説明しても、ええか?」


「どうぞ…」


「あんな、人間って生まれるやん?」


「はい?」


「そいで死ぬやん?」


「はあ?」


「普通はそいで人生としては終いやん?そのあと天国か地獄に行くとか、幽霊んなるとか、消えてなくなるとか、そうゆうのはわからんけど。とにかく人生は一回きりって前提で世の中回っとるやん?


 せやけどわしの場合はな、死ぬやん、意識のうなるやん、そのあと目覚めんねん。ちょうど朝起きたときみたいな感じや。


 んで気ぃ付いたらとうに死んだオカンがおってな、意識が生まれたときに戻ってんねん。つまり同じ人間を時間を戻ってやり直してんねん」


「人生2周目みたいな?本当にタイムリープ?」


「せや、もう2周目どころやなくて何回も繰り返しとる。んで、前の人生でも嬢ちゃんに会うたからな、いろいろ知ってんねん」


 悪い人ではないのだろう。何かが原因でおかしくなってしまっただけなのだ。冷静に対応すれば大丈夫なはずだ。


「でも、今のところの情報だと、ストーカーと変わりませんよ?」


「そこが難しいところや、できれば今日信じてもらいたいんやけどな」


「そしたら、わたしの生い立ちとか、わかりますか?」


「ここで逢ってからの付き合いやからな。詳しくは知らんけど、トーキョー生まれで中学からお母さんとこっち来てんやろ?今はお城の向こうっ側に住んどる」


「まあ合ってますけど。っていうか本当にストーカー…」


「ちゃうて」


「え、じゃあ、ストーカーでもわからないこと…このあとわたしがどうなるとか、そういうのわかるんですか?」


「無事に家に帰る」


「それはありがたいですけど。もっと、すごい!ってなるようなものはないんですか?犯人しか知り得ない事実、秘密の暴露みたいな?」


「わし、悪いことしたんか?」


「まだ審理中です。わたしの未来とかは?」


「無事、中学を卒業する」


「そりゃあだいたいしますよ。わたし、勉強できる方だし。そういうんじゃなくてもっと特別なこととか?」


「一応わかるけど、それは言われへん」


「何でですか?それじゃあ信用できませんよ」


「それ言うたところで信用せえへんやろ?例えばな、嬢ちゃんがスーパーアイドルになるとして、それをわしが今言うたとするやろ?でも現時点で確認する術がないやろ?」


「信用してないですよ。だから言ったっていいじゃないですか?」


 もちろん、信じていないからこそ興味本位で聞いている。


「いやな、わしが言うたことによって、嬢ちゃんの意識に影響が出てもうて、ほんまは頑張ってスーパーアイドルになれたのに、はぁ〜わたしスーパーアイドルになれるんやぁ〜て頑張らんくなってもうて、アイドルになれんくなるかもわからんし。そしたら悲しいやんか」


 詐欺師のような口ぶりだ。


「それらしいこと言いますけど、その理屈だと、今のでわたしのスーパーアイドルの芽をつぶしてませんか?」


「しもたな。賢こやな」


「でしたら、わたしが将来の夢とか目指しているものとか?聞いたことあります?」


 これは、今わたしが心の中で思っていること、まだ誰にも言っていない。


「それはな…言いたない」


 言いたくない、ってことは知っているということか。この男、前の人生で、わたしのそれを知っていたということか。気付いたらまともに話を聞いてしまっている。いけない。全部この男の妄想だ。


「何も言えないじゃないですか!?」


「言ったら嬢ちゃんに何か影響あるかもわからん」


「それくらいで何が変わるっていうんですか!?」


「人の心は繊細なんや。特に嬢ちゃんみたく優しい…」


「もういいです!わかりました…


 んじゃ帰ります。ごちそうさまでした」


「信じてくれたんやな」


「え?今の文脈で信じる要素あります?言ってることもよくわかりませんし」


「わかりましたて言うたやろ?」


「わかりましたっていうのは話を切り上げたくて言っただけです!」


「そういうの本人に言うたらあかんて。まあしゃあない、観念したわ、気ぃ付けて帰り。ありがとうな」


「では、失礼します」と立ち去ろうとすると、


「んあー、これ持ってき、人に見せたらあかんで」と二つ折りの紙を差し出された。こんな紙切れ受け取ったところで害はないだろう。捨ててしまえばよい。さっと受け取り、店を出た。


 アーケード街を戻り、急いで駅の方へ向かう。道中、紙を開く。どうせ連絡先か何かだろう。誰が連絡などしてやるものか。


グレートヴァイタル

トキセ

モンブランドラヤキ

チマミレ

コンニチワンダ

ガレットサン

アラビアンキ

レイニータイム

リンクテキスト

ムーンワイズ

ドクターチューブ


 何?これ?



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