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●1 ミッション・アフター・スクール

序

 もし人生をやりなおすことになったとしたら、

同じ道を歩むだろうか?

 もし人生をやりなおすことになったとしたら、

また自分でいたいと思えるだろうか?

 もし人生をやりなおすことになったとしたら、

あなたに逢うことはできるだろうか?

 もし人生をやりなおすことになったとしたら、

あなたはわたしに気付くだろうか?

 もし…


「もしもーし、起きてますかあ?」


 右隣の席からこちらに身を乗り出している友人、まいちの声で目を覚ましたようだ。


「テストも楽勝で余裕ってかー?眠り姫」


「ぅうん…寝てた…?ってか何の夢?」


「夢見てたの?うける。涙出てるしー」と、まいちはティッシュをくれる。


「っさいよ…ありがと」


 今週最後の授業を終わらせるチャイム、眠っていて聞いていないはずなのに、その余韻が微かに耳に残っている気がする。


 ティッシュで顔を拭うとほのかにラベンダーの香りがする。


 終業のホームルームの最中、見ていた夢に疑問を感じるそばから、夢の景色を忘れていく。もう思い出すことはないだろう。


 それどころではない。今日は失敗の許されないミッションが残っている。


 挨拶が終わってすぐ、机の横にかけたスクールバッグを雑に引っぱり上げ、肩に掛けつつ歩き出す。


「いっしょに帰ろうよー、りかおん」


「ごめんちょっと行くとこある」と、まいちの誘いを断り、今日は駅の向こうの量販店に向かわねばならない。寄り道禁止?覚悟はできてる。


「んじゃまた明後日ー」の声に背中で手を振りながら、教室から出て階段を駆け下りる。急げば15分くらいで着くだろう。


 校舎から飛び出したものの、さすがに走りはしない。一番乗りで校門を通過、右に曲がって幹線道路に出てそこを左へ進み、川にまたがる橋を渡って線路を越えて、駅前のデパートビルを脇を通る。


 まだ7月初旬だというのに気を失いそうな暑さだ。真夏日がしばらくは続くらしい。


 しかし、買い物ひとつするにもこんなにドキドキするものか、これだから地方は、いや、ニッチなものを求める方が悪いのだ、などと思っているうちに、もうひとつ川を渡り終わり、目的地はもうすぐ。道幅10メートル程度、200メートル以上続くアーケード街、入ってすぐのところにその店はあった。


 無事に目当ての品が手に入り、店の外に出る。このまま来た方向へ戻って帰るのが定石だが、誰に見られているというわけでもないのに、なぜだかこの買い物のためだけにここまで来たと思われたくなくて、そのままアーケード街を進むことにした。


 シャッターが閉まっているところだらけだし、中学生の興味をひくようなものもないとわかっていたのだけれど。




 ふと、自分が汗だくなことに気付いた。学校を出てから歩きっぱなしで、この暑さ。足を止めることなく手探りでバッグの中に入っているであろう保冷バッグに入った水のペットボトルを捜す。


 さきほど買った品物は傷付かないようにクリアファイルに挟んでいるので、その膨らみを指先で確認し悦に浸りつつ、ペットボトルを取り出しフタを開けて飲もうとしたそのとき、右足に衝撃を感じるとともに、


「ゔッッッ!」


と低い声が聞こえた。


 下を見ると黒くて長い布に巻かれたものが横たわっていた。人だ。蹴ってしまったようだ。


「えっと、大丈夫、ですか?」


 声をかけるとその人はこちらを向き、脇腹を押さえながら、もう一方の手でペットボトルの方を指差し、消え入りそうな声で「はッ、うッ…」と声を出している。


 髪は肩くらいまでの長さで不精ヒゲ、年齢は30代半ばくらいだろうか。


 モノトーンの上下で、黒いスニーカーを履いているが、どれも使い込んだものではなさそう。


「あの、ふつうの水ですけど飲みますか?」とペットボトルを差し出すと、男はすぐさま受け取り、座りながらがぶ飲みした。


「あ゛ー、生き返ったわ。あ、いや、ほんまに生き返ったのとは違うんやけど」


「それはわかってますけど、大丈夫ですか?」


「暑いのは当然わかってんねんけど、水持ってきてくれるから大丈夫やろ思て、ギリやったわ」


「へ?…それあげますから、もう行きますよ?」本当は保冷バッグは返してもらいたいが。尊い犠牲。


 すると男はスッとこちらを向いて、


「すまんすまん嬢ちゃん、ありがとうな。お礼もしたいし、わしの店このさきやから、もうちょい付きおうてくれや?な?」


「帰り道あっちなんで」


と引き返そうとしたが、


「はあ?あっちから来とったやろ?なんで急に引き返そうとすんねん」と足元にすがり付くような形で回り込まれ、行く手をふさがれた。


「でも、大丈夫なんですよね?」


「本人は大丈夫言うても、あとで容体が急変するパターンもあるやん。寝覚め悪いやろ?」


「じゃあ病院行きますか?」


「そこまでではないんや。それはわかってんねん」


「なら大丈夫ですって。もしかして誘拐とかそれ系ですか?叫びますよ?」


「たいして金ないやろ?それにこんな通りで誘拐とかせんて」


「失礼ですね。この辺そんなに人通りないですよ?シャッターだらけだし」


「それこそ失礼や。ええから行くで!わからんやっちゃな!何回目や!?」


「何回目って、今日初めて会いますよね?この辺あんまり来ないし」


 男は土下座しながら、


「ちょっとだけやから、な?頼むわ、この通り!お願いしますて。店、この通りやし」


「おもしろくないですよ、かかってないし」


と言いつつも、人通りがないわけではないし、結構な蹴りを入れてしまった気もするし、何だか居心地が悪いので、観念してしまった。


「すぐですよね?」


「おう!ほないこか!」


と言い、跳ね起きると、男は歩き始めた。


 座っているときはわからなかったが、立ち上がるとそこそこ上背がある。170センチ台後半だろうか。


「水、もろてええんか?まあ返されても困るわな、あんま残ってへんし」


 人質を連れたまま歩いて行くので、仕方なくついて行く。


「あ、カバーは返してください」


 すると男はペットボトルから保冷バッグを外して放ってきた。


「ほい!」


 人質は無事確保。


 受け取ってバッグに入れるときに再度クリアファイルを確認する。何だかバタバタしたけれど問題はなさそうだ。どうしてこちらに来てしまったんだろう。本当は早く帰って棚に飾るかしたいのだけれど。


「どないした?」


「いえ、なんでも」


 さっさと終わらせて帰るとしますか。



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