●21 イマジネーション
なぎさと別れて家路。
駅方向へ歩く、あの日と同じ暑い日。なぎさがくれた日傘がありがたい。が、「いつでも会えるわな」という言葉が胸に残る。本当にそうだろうか。
なぎさも以前言っていたように、よしつねはいなくなることがある。よしつねによれば、そのまま死ぬこともあるらしい。当然、現世では死んでいないので、なぎさはそのことを知る由もないのだが、先日突然倒れたこともあって、楽観視はできない自分がいる。
それもあって、早く会って伝えたい、聞きたいことがある。でもそれはわたしのエゴ。
それに、母に会いに行って、思い出や悲しみを抱えているであろうよしつねに言うべきではない、少し考えを整理してから伝えたいとも思う。
大通り、椰子の木が連なる。思い出す、夕焼け、ぬいぐるみを獲ったこと、忘れ物をしたこと、走ったこと、車の風圧、急ブレーキの音、眼前の車、全身を伝う衝撃、痛み、これは知らないはず、記憶?、痛い?、叫び声、誰の?、わたしの?、違う、うるさい、見たくない、聞きたく「莉花!!」
遠くに椰子の木。目の前に一瞬見えて消えた、誰…
「大丈夫?」と暗闇に聞こえる声。
「…わからない」
「支えてるから、ゆっくり、座るよ」
「うん…」
体が沈み、地面に座る。硬…くない。何かの上。
「水、飲める?」
「うん」
「少しずつ、ね」
唇に感触、静かな流れが断続的に喉を伝い、次第に全身に行き渡る。
聞こえる雑音、陽の熱をまとう身体を風が撫でる。
背中には微かに震える生命の感触。
「よしつね」と発せられた自分の声に驚き、目を開ける。
「もう大丈夫だよ」の声の主は、微笑んで目を潤ませている。
「…泣いてるの?」
他者を認知する余裕ができた。もう大丈夫だと思う。
「泣いているよ」
「…本当にさ、嘘つかないんだね」
アーケード街を歩く。今度倒れたのはわたし、フリじゃなくて本当に。
よしつねは左手で土埃まみれのバッグを抱えて、右手でわたしの背中を支えている。
店のシャッターが降りているので、右脇の玄関ドアから入る。促されて、長いソファに横たわり、礼を伝える。
「あのさ…ありがとう」
「ほんまびっくりしたで」と、すぐ左のソファに座るよしつね。
「うん。どれくらい座ってた?」
「数十秒ってとこやな。ゆっくりしたらええ」
「あそこ歩いてたらね…この前ぬいぐるみ獲ったこととか思い出してね…そのあとに、車にひかれた…みたいのを感じて、何か想像しちゃってさ、それでふらっとしたんだ」
話すだけで痛みを感じる。いつかの前世のわたしがどこを怪我したのかも知らないし、本当は痛くないはずなのに。
「わしが余計なこと言ったせいやな。すまん」
「それは、わたしがいろいろ聞いたせいだから、気にしないで欲しい…それにね、わたし、助けたいっていうか、協力したいって思うんだ」
「わしか?…別に困ってへんで」
「嘘、ううん…気付いてないんだよ…すごくつらいことに。だってさ…何回もお母さんが…んと、亡くなるのを経験してるんだよ。それにお墓参りにだって行って。忘れたら楽なのに、忘れたくないよね。でもつらいんだよ」
言葉がつまる、が伝えないといけない、伝えたい気持ちが、辛うじて上回った。
「そう…かもな」
「わたしね…その、夢っていうか、将来っていうか、あのね…人を助けたい、役に立ちたい…そう思ってるんだ。
だからね、今はよしつねを助けたい、それができなくても少しでもつらさが和らぐようにしたい…って。そのために知りたいんだ…誰にも言わないからさ。よしつねが今までどうしてきたか、それを知って、できることをわたしに考えさせて欲しいんだ。
…本当はね、今日、お母さんのところから帰って来るって聞いてたから…いろいろ考えて…会わない方がいいと思ったんだけどね、でも会っちゃったらさ…我慢できなくて…本当にごめんなさい」
体の震えが止まらない、よしつねを傷付けてしまうかもしれない、でも…
「うん、い…ええで」
「…ありがとう、本当に、ごめんね、わたしのわがままに…」
「いや、そこまで気ぃ使うてもろて、嬉しいわ…けどな、りかおんにあんまり深刻に考えて欲しないねん。さっき具合悪なったばかりやし。それにわしも帰ってきたばかりやし。ちょっと休も?な?」
「うん、わたしも変なこと言っちゃうし、落ち着くね」と言って、身体を起こし、ソファに座る。
どれくらい経っただろうか。気分が落ち着いてきた。よしつねが戻って来た、いなくなってはいないことを認識する。
「ドクペ、やなくてポカ、飲むか?」と、立ち上がるよしつね。
「あ、ううん、さっきの水でいいよ」
「あー」と玄関の方へ向かい、戻って「これか?」と水をテーブルの上、わたしの前へ。
「うん。でもまた間接キスだね?」今度はわたしがあとだけど。
「あーそれ、わし飲んでへんで?」
「え、そうなの?」
「ホテルにあった水、せっかくやから持ってきてん。薬飲むときくらいしか水、味のないやつ飲まんし、基本外でもドクペやし」と言ってペットボトルのドクペを見せてくるよしつね。
「なんだそっか、気にして損した…」
「ぶっ倒れてまでそないなこと考えとんか?」
「違うよ…あとから。でも、何であそこにいたの?」
「帰り道やん」
「でも夕方までに帰るって、なぎささんが」
「あー、いつ帰るっていうとな、遅れたらめっちゃ怒られんねん。店の前で待ってるときもあるしな、怖いねん。だから遅めにぼやかして言うたんや」
「すごく怖がってるね」
「ミイラにされかかっとるしな」
「でも、お土産にお菓子くれるって、楽しそうに話してたよ」と話しながら、嫌な予感がする。
「せや、買うてきたわ、今日は奮発していつもの倍や、ろっくんもっくん」
的中。
「あのさー、今日なぎささんのところに行ったんだけどさ、この前のお礼にってママがお菓子持たせてくれたんだけどね、それがさ…」
「ろっくんもっくん?」
「うん、ろっくんもっくん」
「48本?」
「48本」
しばし沈黙。
「…りかおん、ろっくんもっくん好き?」
「まあ、好きだけど。ってかみんな好きだよね?」
「いる?」
「くれるなら…って、いや、それ持って帰ったらさ、わたし、なぎささんのところ行かないで家で寝てたみたいになるよ、嫌、いらない」
「まあ、しゃあないな。けど、りかおんにも買うて来たで。トーキョーキャラメルリ」
「えーわたしにまで?ありがと」
「プラス、ろっくんもっくんも持って帰ったらええやん?そしたら出かけてないことにならんし」
「もらい過ぎでおかしいよ。それになぎささんにお土産なしってそっちの方が危険だよ?」
「ふっ、元気になったみたいやな」
「うん、そうだね、ありがとう」




