●17 破綻
テスト、前日の心配は杞憂だった。今回のテストは学力を測るためのもの、一夜漬けが通用しない分、普段から勉強していたことが役に立った。
ただ、まいちは違った。前日に、ちょっとだけとわたしが紹介したアニメを見たところ、引き込まれてしまい結局7話まで見てしまったという。テストは散々だったらしい。
帰り道。
「留年したらりかおんのせいだかんねー」まいちの恨み節。
「今回のテストは留年とか関係ないやつだし、自分の責任」
「このショックを引きずって、とかの可能性もあるしー」
「そうだね、なら、もうまいちと遊ばないよ」それで困るのは100%わたしなのだけれど、まいちになら言える冗談。
「わかった。なら映画も一人で行って」と早足に去って行くまいち。
<待って、嘘、冗談だってば、ごめんねって、昨日はあんなに仲良くしてくれたのに、どうして>
声が出ない、動けない、目眩、追いかけて肩に触れて、伝えたいのに。
まいちが見えない。もう何も見えない。
息が苦しい。明日から学校でどうしたらいいの?それだけじゃない。これから、ずっと一人?
「おい、どないした!?」
身体を支えられる。抱きしめてくれる。誰かわたしを助けてくれるの?
「しっかり、大丈夫や」声が聞こえる。
「…だ…れ?」声が出る。
視界がはっきりしてくる。
「うちや」
「なぎさ…さん…」
「とりあえず、運ぶな」
抱え上げられた。お姫様抱っこ。姫って言ってくれてたのにな。
なぎさに運ばれ、車の助手席に座る。落ち着きを取り戻せたよう。
「すまんな、うしろにあいつがおってな」
「え、あ…はい」
後部座席を見ると顔に包帯を巻いた人間、見えるのは髪、口元、目元付近、察するによしつね、がぐったりしている。
「いけるか?」
「う…たぶん」
「無理せんで。車出してええか。ゆっくり行くで」
「はい…」
「家でええか?」
「はい…でもどうして?」
「あー、このアホがな、昨日おんしを送って戻ったあとな、盛大にぶっ倒れよったん。今朝んなって痛い死ぬとかぬかしよるからな、そのまま死んどけ思たけんど、それも寝覚め悪いしな。で、しゃあなしに病院連れたったんや。ほいで帰りにおんしを見つけたってわけや。こいつも役に立つことあるんやな」
半分くらい理解できなかったが、なぎさとよしつねがいてくれる安心感は認識できた。
なぎさの車に乗って、母のいない家に着く。今日ばかりは仕事に行っててもらって良かった。こんな姿見せられない。
車を降り、なぎさに支えられて玄関へ。よしつねがとぼとぼと付いて来ている。
「あの…ありがとう…ございます」と、何とか礼だけは伝える。
「今はゆっくり、自分のこと、な」
「はい」
「うち、帰らなあかんけんど、どないする?」
「どない…?」
「あーこのアホ、置いてくか?」とよしつねの方を顎で示す。
「あの…大丈夫なんですか?」
「打撲やて、腫れやら口んなかデロデロんなってんやらで2、3日しゃべれへんみたいやけど、うっさいからちょうどええわな、スマホあるからいけるやろ?その他は問題なしや」
「…はい」
「ほな、何かあったらこんなんじゃ済まさんからな、安心しいや」
帰ろうとするなぎさに駆け寄って、抱きついた。涙が溢れ出る。
「わたし…友達に…遊びたく…ないって…冗談で…、言った…ら、いけなか…たのに」
涙で滲んだわたしの言葉。なぎさは少し屈んで、抱きしめてくれた。昨日は受け入れ難かったなぎさのぬくもりだけが、今のわたしを支えてくれているように思える。
「不器用なうちより、あのアホの方が少しは役にたつやろ?」
わたしが離すまでずっと抱きしめてくれたなぎさ。
「ア…ウ…」
そばでよしつねが声を発しているが何を言っているかわからない。
「ほな、警察呼ばれる前に、な?」
今日はうちのリビングによしつねがいる。
ここで母とまいち以外の人をみるのは初めて。まいち…。
案内してわたしがトイレに行っている間に、一人用のソファに座っているよしつね。狭い方が落ち着くのだろうか。その手前、わたしが長いソファの右端に座る。右斜め前によしつねがいる。
「大丈夫?」
うなずくよしつね。
「ごめん」
首を横に振るよしつね。
「前世はこんなことあった?」
首を振る。
「そっか、昨日よしつねが倒れなくて、ランチのあとわたしが店に行ったから、まいちと散歩してないんだ」
首を斜めにして疑問を表現するよしつね。
「えっとね、昨日よしつねがいないから、まいちと散歩して、そこでアニメのおすすめして、それをまいちが見ちゃって、勉強できなくて、それでテストができなくて、留年するって言って、それをわたしが冗談で、からかって、それで」
両手のひらを下向きに、腕を上下してなだめてくるよしつね。
「うん、ごめん…だから、わたしのせいなんだ」
激しく首を振る。
「わたし、まいちがいなかったら、友達いなくなっちゃう」
首を振りながら、自身を指差している。
「よしつね、友達?」
首を振る。
「じゃあ、な、何?」
スマートフォンを操作し始める。
わたしに通知が来る。よしつねからだ。
『僕が知っている前世のこと知りたい?ズル?』
「わからないけど、それでまいちと仲直りできるなら…何だって…」
そして、ものすごい勢いで操作するよしつね。
『前世で僕が知っている莉花は、ずっと井内さんと友達で、それは大人になっても変わらない』
『僕はだいたい早く死ぬから、そのあとはわからない』
「っもう…」
『莉花は、僕と会って影響されているから、ちょっとだけど違う人生を送っている』
『僕が毎回同じようにしようと思っても、まったく同じにはできないから』
『でもどの人生でも、莉花と井内さんは互いを大切に思っている』
『その気持ちが、そんな些細なことで壊れると思う?』
「思わない、まいちのこと大切なんだ、ずっと」
『なら、それを伝えるだけで十分だけど』
「うん」
『同じ内容のことを話しても、ちょっとした言い回しや声の強弱が違ったりすることは避けられない。けれど、それが影響してしまうこともある。冗談のつもりで言った言葉が思いもしない伝わり方をしたりね』
『だから影響されない言葉を選んだり、心に合った言い方をしたりして、君の心を、頭で考えて、言葉にして、忠実に伝えるんだ』
「そうだね、わたしの冗談のつもりがまいちを傷付けた…」
『君にならできる。何せ一億万年生きてきた僕が思うんだから』
「ふふっ、何それ?…そんな数ないよ」
『それに井内さんに言われたんだ、莉花を傷付けたら許さないって』
「え?…そんなことを?」
どんな状況なのだろうか?未来に関わることなのか、聞けない。
『これいじょう…ダメージをうけたら…しんでしまう』
ひとしきり操作し続けて、ぐったりしているよしつね。
「えっと、それは冗談だよね?うん。まいちのところに…行くよ、準備するから休んでいて」
よしつねの返事はなかった。




