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●15 ウォーター・フロウ

 大通りを二人で駆ける。よしつねが走りづらそうにしているのがわかる。学校でも足の遅い方のわたしに速度を合わせているからだろう。


「気ぃ、はぁ…付け…んや」苦しそうな声。


「そっち?」


「何や、どないした?」


「ううん、何でも」と速度を落とす。


「はぁ…ふぅ…」と、回復しつつあるよしつね。


「せっかくよしつねが助けてくれた命だからね。早歩きで」


「せやな、ありがとうな」


「そっちこそ」




 やがて、アーケード街に入り、店までもうすぐ。


「もう見えたから、急がんでもええな」


「でもこの距離だとさ、もう店にいたら逃げられちゃうよ」


「せやけど、この辺りに泥棒とか悪いやつ、おらん…とええな」


「うん、そうだね」


 よしつねが先に店に入り、見回りながら中へ。次いでわたしが入る。バッグは…?入ってすぐ、椅子のフックに掛けられていた。


「どや?」一通りの確認が済んだらしいよしつねが声をかけてくる。


 中身を確認する。真っ先に勾玉を確認する。あった。普通そこは財布だろうと思いつつ。同時に、主観的にも客観的にも、勾玉の方が価値があるのだと気付いた。財布もポーチも全部あった。持っていたぬいぐるみはバッグにしまう。


「うん、あった」


「ほっとしたわ。すまんな」


「もうほんと、戸締り、した方がいいよ?」


「気ぃ付ける」


「よろしい。でも急いだからさ、汗でビチャビチャだよ。服重っ」


「わしはミツコ行くときから、もうひどいもんや」


「臭くない?わたし?」


「わしの方が…」


「そういう問題じゃないの。あのさ、ここシャワーとかあるの?」


「え、ああ、奥、住んどるからな」と店に入って右奥の方向を、右の親指で差すよしつね。壁際にあるガラス張りの冷蔵庫のさき、三和土を上がったところにスペースが見える。


「えっと…借りてもいい?」


「ええけど、着替え、ないやろ?」


「あ、そうだね。でもよしつねのTシャツとかハーフパンツとか?何かあるでしょ?せにはらだよ。用意しといてよ。あとドクペも」


「ああ、冷やしとるわ」


 靴を雑に脱いで上がる。右にキッチン、左にフローリングのリビング、境目辺りをまっすぐ進む。靴下まで湿っていて、床に跡がつくのがわかる。


「ごめん。床が」


「気にせんでええよ。奥の左のドアや」


 突き当たりに玄関、左にすりガラス調の樹脂のドア、入ると脱衣場兼洗面所、奥に同様のドアの向こう、浴室があった。


 着ていたTシャツに手を掛けてから、思い直して、ドアを開け、よしつねのいる三和土辺りに向かって


「あのさー、覗く?」


「へ?何を?」


「お風呂?」


「いいや」


「嘘」


「嘘はつかんて」


「信用させといて、いざというときに嘘つくとか?」


「いざって?」


「今だよ?絶対見ない?」


「絶対見いひん」


 中に戻ってドアを閉めて、またドアを開けて、よしつねを見る。三和土から上がって、リビングにいる。


「本当?」


「ほんま」


「近付いてるよね?」


「そりゃ、着替えたり、準備…あるからな」


「本当は見たいんでしょ?」


「見いひんて」


「見るかどうかじゃなくてさ、見たいかどうかを聞いてるの!」


「見とうない」


「えー!何で?子どもだから?」


「見る理由がないからや」


「ふ〜ん」


「ほな、見たい言うたらどうなん?」


「通報するよ」


「危ないとこやったな?」


「ふふっごめんね。意地悪して」


「ええから、はよ入り」


「うん」ドアを閉めて、ようやく準備を始める。脱いだ服は…空のカゴがあるからいったん掛けさせてもらう。




 ひとの家のシャワー、初めて。


 シャワーから湯を出そうとする。水が出るがなかなか暖かくならない。が、この暑さだから、水浴びでも問題ないだろう。


 いったん止めて、ラックを確認する。シャンプー、ボディーソープ、あとボディータオルが掛かっている。トリートメント、洗顔料は見当たらない。


「まいっか」


 再びシャワー、暖かくなってきたところで髪を洗う。知らないシャンプーの香り。何か落ち着かないけど、嫌いじゃない。少し指が引っかかるので優しく洗う。


 少しぬるま湯にして顔を洗う。さっぱりするけどもの足りない。なぎさがくれた洗顔シートを思い出す。


 ボディータオルを手に取る。こういうのは使っていいのか。あとで濡れていたら使ったことがわかるだろうが、おそらくよしつねは気にしない。それに、わたしが気にしていると思われるのも癪だから使う。


 ボディーソープをつけて泡立てる。体に触れる。ただのナイロンなのに何だかこそばゆい。ボディーソープを追加して、泡だらけにして一気に洗い切った。


 最後、身体中にシャワーを当てる。今日あったことが思い出される。どうしてここにいるんだろう。いろいろあったせいか、はしゃぎ過ぎたのを自分でも感じる。普段学校では騒いだりできないのに。どちらが本当のわたしなんだろう。どっちもだ。よしつねのいた前世のわたしもこうなのだろうか。「駅前の椰子が何であるか知ってる?教えてあげようか?」なんてことを得意げに話したりしたのだろうか。


 今日はいつもの休日より少し早く起きた。まいち…わたしのことをたまに姫って言うけど、彼女の方がかわいいし、ずっと大人。なぎさ…優しくて、気が利いて、たぶん不器用な人。よしつね…


 ふと、ドアの外に動いたものを感じる。シャワーを止める。嘘?鼓動が速い。


「よしつね?いるの?」恐る恐る声を出す。


「あ、着替え置いとく」


「見たー?」


「何を?」


「中ー」


「見てへんて」


「服はー?」


「服て?」


「そこのカゴ」


「あ、今見た」


「もう、何で見たの?」


「言うから」


「恥ずかしいよ」


「布やん」


「布だけど」


「…すまん」


「う、うん」


「ほな、戻るで」


「…ありがと」


 もう出るところだったが少し時間を置きたくて、最後にもう一回、体にまとわりついた恥ずかしさをシャワーで洗い流した。




 浴室から出る。脱いだ服はそのまま。洗面台の脇にフェイスタオル、バスタオル、ビニール袋がある。


 バスタオルを手に取る。帯が付いたままの新品。髪、身体を拭いてまとう。クリームの類は、見当たらない。ビニールの中、Tシャツ、ハーフパンツ、新品のスポーツインナー、ソックスが入っている。普段着る服より素敵かも。でもどうしてこんなものが?


 着心地、サイズは問題ない。着終わって、バスタオルをカゴに掛ける。着ていた服はビニールに入れて持って出る。帯の付いたフェイスタオルは申し訳ないので使わなかった。




 脱衣場から室内へ。正面にトイレであろうドア、その左に洗濯機が見える。右の店の方を見る。左にキッチン、右手がリビング、その奥で長いソファがこちらを向いている。リビングの方に向かって歩く。ソファの前にテーブル、その上にドクペとグラス、右奥に一人用のソファ、左手で頬杖をついて微笑みながらぐったりとしたよしつねが、すっぽりとはまっている。


「大丈夫?」声をかける。


「ああ、疲れたけどな」


「何してたの?」


「ちょっと外、走って」


「戸締り、した?」


「した」


「外ってどこへ?」


「なぎさんとこ」


「何しに?」


「それ」と手のひらを上に向け、わたしの方を示すよしつね。


「わたし?あー服」


「取り行って」


「わざわざ?」


「せや。着替え、ないかって聞いたら用意するって」


「何か話した?」


「気に入るかわからんけどって」


「そういうんじゃなくてさ、さっきの」


「ああ、謝った」


「誰が?」


「誰がって、わしやろ?」


「う、うん、それだけ?」


「具合、いけるか?って聞かれて、いけるって」


「でも今つらそうだよ」


「ああ、ほしたらバチーンて」と言って左頬を見せるよしつね。赤くて、少し腫れているのが見える。


「ちょっと待ってて」と脱衣場へ戻りフェイスタオルを手に取り、キッチンにある家庭用の冷凍庫を開けて見つけた保冷剤を包み、よしつねに手渡した。


「あ、ありがとう」左手で保冷剤を頬に当てるよしつね。


「結局殴られたね」


「せやな、パーやけどな」と右手を広げて振って見せてくる。


「前世でも叩かれたりしたの?」


「たまにな。けど今日のビンタは初や。そもそも今日は会わんかったし」


「優しいって言ってたけどさ…あの人、やっぱりおかしいの?」


「なぎさ?」


「うん、だってさ、さっきわたしのところにメッセージ来たんだよ、言い過ぎたって。だからさ、今度はなぎささんが謝ったのかと思ったらさ、そんなことするなんて、おかしいんじゃないの?ほんっっと!ムカつく!あのおばさん、っゆうかバ…」


「あーそんな言うたらあかん。顔合わせたら怒りが甦ったんやろ。それにりかおんのこと気に入ってるっちゅうことや。見逃したってな?」


「でもさー」


「…大事な人だから」


「…そっか、そうだね…恩人だもんね、うん。なぎささんのこと、好き?」


「うん、家族みたいな」


「いとこはさ、4親等だから結婚できるんだよ?もう遅いのかも知れないけど」


「…そういうんじゃないよ」


「恋人になりたいとか思ったことないの?」


「…ないよ」


「前世でも?」


「うん」


「ほんと?」


「本当」


「…ごめんなさい」


「い、いや…あーその服、いけるか?」


「うん、全然問題ないけど、…これなぎささんが?」


「せやな、プレゼントって。サイズはぴったりなはずやって。何でやろ?」


「やっぱムカつくぅー!脱ぐ!燃やす!」


「そんなしたら、次は殺されてまうわ」


「ふふっ、そうだね。わたしが証人として出廷することになるね」


「被害者としては極刑を望むわ」


 グゥー!と音がする。わたし?だ。19時は過ぎただろう。


「聞こえた?」


「何が?」


「ううん、何でも」


「そういえば腹減ったな?」


「うん、ってやっぱ聞いてるんだ、おなかの音」


「それは聞いた」


「もう恥ずかしいな。嘘つかないにしてもさ、もっとうまくはぐらかしてよ、意地悪」


「さっきのおかえしや」



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