第9話 お坊ちゃまは一人で来た
夜中に跳ね起きた。
ヤバい。
ヤバい。
腹の底からゾクゾクする。
「火宅」が震えてる。
火の粉がちょっぴり舞って、すぐに消し炭みたいな匂いに変わった。
俺だけで許して欲しい。
どうしようもない火草刈と親戚一同だけど、速勝彦に罪はない。
そのうち速勝彦も、どこに出しても恥ずかしくないド畜生になるだろうとは思うけど、今は、まだ、ただの赤子だ。
震える膝をブン殴って立ち上がる。
俺が鬼畜外道の棟梁としてケジメをつけるから、速勝彦だけは見逃して欲しい。
下っ腹に、なけなしの気合を込めて屋敷を出た。
ヤバい気配は火草刈の縄張りの端の峠で止まってる。
何度も、俺だけ逃げようと思って立ち止まった。
峠に辿り着く頃には夜が明けてた。
峠のてっぺんの一本松の根本に一人の男が三角座りで休んでた。
足がガタガタ震えて歩けなくなって、這って進んだ。
一人なんだぜ。
軍勢じゃないくて一人。
大勢で来てるんなら、まだ良かった。
たった一人で、この威圧。
顔が見える距離まで近づいて、話しかけようとして、歯の根がガタガタ震えて声が出せない。
見られただけで死ぬと思った。
俯いて座ってた男が顔を上げて、こっちを見た。
死んだと思った。
「火宅」が踏ん張った。
死ななかった。
縁故者なのか?
ヤバさの源を感じた。
男が腰に佩いている太刀。
見ただけで死にかねない神器。
「……君は火草刈の族長かい?」
かろうじて頷くことが出来た。
「……不思議な縁だね。僕が預かってる太刀もクサカリっていうんだ」
男の太刀から感じる圧力の重さは変わらなかったが、恐ろしいものから、敬うべきものへと変質した。
これ以上、見たらヤバい。
顔を伏せたら、震えが止まって喋れるようになった。
「火草刈を束ねる伊岐里彦というケチな野郎です」
「……そう」
男は気だるそうに遠くを見てる感じだ。
「俺の首ひとつで許してもらえませんか?」
顔を伏せたまま、頼んでみたんだが、何も返事がない。
最初は大きく要求して、少しづつ譲って、女子どもだけでもって落としどころに持っていくつもりだったんだが、マズったか?
恐る恐る、顔を上げてみると、男は穏やかな雰囲気で微笑んでた。
「……一緒だね」
何と一緒なんだ?
これまで、お坊ちゃまがシメてきた破落戸どもも同じ掛け合いをして、族滅したってことか?
「父は君の首を獲って来いって言ってた。父は僕も死んだら良いと思ってる」
やっぱり、首から上だけ里帰りだったか。
そんで、天津神の跡目争いも続行中ってことか?
「僕と君は四従曽姪孫とかいうのよりも、まだ遠い縁戚らしいけど、兄弟みたいに感じるよ」
俺は残った力を振り絞って頼んだ。
「兄貴って呼んでいいっすか?」




