第2話 伊岐里彦の生まれた世界
火草刈家は8代ばかり前の御先祖様が跡目争いに敗れて東国に落ち延びた、暴力沙汰が得意なだけの国津神の一族だ。
元は天津神の端くれだったらしいが、今となっちゃあ、天津神も国津神も境目なんて分かりゃあしねえ。
勝ったのか、負けたのか、ただそれだけだ。
大叔父によると火草刈は当て字で本当はイク・サカルらしい。
なんだかスケベな家名だよな。
もっと細けーこというと、最初の当て字は幾盛だったらしいんだが、負けて逃げる時に火矢を射かけられて辺り一面、火の海になって討手が追撃を諦めたんだそうだ。
そんで、ご先祖様達は必死こいて周りの草を刈って、逃げ道つくって生き延びたらしい。
以来、名を改めて火草刈っつって虚勢を張ってるらしい。
落ち延びた東国には四方八方に土蜘蛛だとか鬼だとか蛟だとか呼ばれる国津神の集団が居て、空威張りしねーとヤバかったんだそうだ。
しょーもない見栄だ。
尻尾巻いて逃げ落ちて来る一部始終、見られてたんだろうから取り繕っても手遅れだろうに。
転機が訪れたのは、伊岐里彦の曽祖父の代だった。
曽祖父は子沢山で、隣近所の国津神から嫁を貰ったり嫁に出したり、縁組作戦でパワーバランスを書き換えようとした。
嫁に出した娘が産んだ子が嫁ぎ先の跡目を継げば外戚として、その国津神の仕置きに口出ししたし、息子の嫁の実家が跡目争いを始めれば、内輪もめで疲れ切った頃合いに内孫を跡目候補として送り込んでアガリをかすめ取った。
段々とデカい顔をするようになった火草刈家だったが、所詮はどいつもこいつも、ノリと勢いだけで生きている暴力集団。
嫁いでいった娘は火草刈の財産を勝手に持って帰るし、養子に出された孫は実家を継ぐ権利もあると騒ぎ出す。
東西南北、どっちを向いても親、子、孫、兄弟姉妹、甥や姪、従兄弟が居るんだが、親族そろって殴り合い、奪い合いをしている土地に伊岐里彦は産まれた。
伊岐里彦の目に映るのは血族、姻族、見境なく、暇さえあれば殺し合う世界だった。
伊岐里彦の母は西の国津神の生まれで南の国津神の養女になってから嫁いできた人だったが、死人が出るぐらい内輪揉めをした時に、伊岐里彦を置いて実家へ逃げ戻っていた。
父は北の国津神から後妻を迎え、速勝彦が産まれた。
火草刈の跡目は速勝彦に。
父と北の国津神が交わした約定だった。
母が逃げ帰ってから伊岐里彦は東の国津神に養子って名目で人質に出された。
東の国津神の屋敷の倉に閉じ込められて、数日を倉の中で過ごしたら、火草刈の郎党が忍び込んで来て倉に火を付けた。
人質を焼き殺されたって因縁つけて、東の国津神の縄張りを火草刈と北の国津神で山分けにする筋書きだった。
手枷、足枷を嵌められて思うように身動きのとれねえ俺だったが、少しでも火から逃れようと芋虫のように倉の奥へ進んだ。
煙に喉を焼かれ、燃えて崩れ落ちて来るガラクタに身を焼き焦がされながら、床に噛り付いて這い進んだ。
そして出会った。
神威十領が一つ、「火宅」と。




