第13話 九本尻尾
「アニキー、アニキーッ!」
届かないのは分かってたが、叫んだ。
目の前の山の天辺あたりで近づく「一三」と「殯宮」の気配。
「アニキーッ、八岐大蛇が出ましたっ! 尻尾が九本だったんですよぉーっ。岐は八つですぅー!」
見ないで。
頼むから引き返して。
「俺じゃ無理なんで、兄貴がやっつけて下さいよぉー」
口から出まかせを垂れ流しながら走る。
間に合わない。
重なる気配。
それでも走る。
山道を駆け上がる。
「クサカリ、クサカリを持って来ましたよぉー」
虚しく木霊する俺の叫び。
立ってる白い人影。
蹲ってる兄貴の姿。
誰も悪くない。
ただ会っただけ。
見ただけ。
「殯宮の媛とお見受けする。俺は火草刈の伊岐里彦。無礼の段、許してくれとは言わん。そう遠くないうちに俺は首を撥ねられる。首から下は媛に献上する。どうか、それで鎮まって欲しい」
自分で両肩を抱いて震えている兄貴の腕の隙間にクサカリを差し込み、広げた絹布を殯宮の媛の頭から被せて覆い隠す。
白いのは歯。
全身を覆うように隙間なく生えた歯の鎧兜、「殯宮」
名乗りを変えるを良しとしなかった火草刈の本家筋。
幾盛の媛。
天津神の軍勢に十重二十重に取り囲まれた籠城戦。
飢えて、渇いて、力尽きた一族。
愛する一族の亡骸が腐って溶けていくのが耐えられなくて。
飢えて、渇いて、亡骸を腹に納めた一族の媛。
その身は殯宮となって。
死ななくなった。
死ねなくなった。
一族の亡骸を安置する殯宮の媛。
首を撥ねられるたびに飢えた身体に歯が生えて。
八つ裂きにされるたびに渇いた身体は歯に覆われて。
天津神の軍勢は退く。
見てはいけない殯宮。
「要らない。火草刈を誇り高き我が一族とは認めない」
立ち去る幾盛の媛。
どんなに飢えて渇いても、喰ってはもらえぬ火草刈。
残された兄貴と俺。
「僕は、もう駄目だよ」
伊岐里彦が馬になります。
ウチのボロ屋敷で休んでください。
「この土地は魔境だったんだ。何でも受け入れて取り込んでしまう」
そうですね。
碌なもんじゃないですね。
「僕達は神に祭り上げられてしまったから許されない」
ちょっと疲れてるだけですよ。
クサカリを持った兄貴に勝てるヤツなんて居ません。
「呪いは続く。僕は東の最涯ての地を探し続けないといけない」
伊岐里彦がお供いたします。
どこまでも行きましょう。
「ごめんね。伊岐里彦を独りにしてゴメンね」
兄貴は白い鳥になって羽ばたいた。
東に向かって飛んでいく。
追いかけて、追いかけて。
追いつけなくて、見えなくなって。
それでも追いかけて。
兄貴からの頼まれごとを思い出して。
言いつけを守ってから、生きていたら、追いかけることにした。
第一章 完




