第11話 兄貴の休養
「ねえ、伊岐里彦。八つ岐があるんだったらさあ、頭は九つないとおかしくない?」
「はい、いいえ。兄貴、伊岐里彦は頭が悪いので難しいことは分かりません」
火草刈の屋敷に兄貴を連れて帰って、あるだけの食い物と酒を並べて差し出したんだけど、兄貴は食欲が無いって食べてくれない。
毒なんか入って無いですよって、適当につまんで食べて飲んで見せたんだけど駄目だった。
「このクサカリの太刀、八つ首の大蛇の身体から出て来たらしいんだけど、なんで八つ岐の大蛇って呼ぶんだろうね。変だよね」
「はい、いいえ。兄貴、伊岐里彦の思いつくことは多分、見当違いでしょうけど、足が九本あったんじゃないですかね」
火草刈の屋敷は里の小高い丘の上にあって、兄貴は火草刈の里の景色をボンヤリと眺めている。
ウチで用意できる食い物なんて、兄貴からしてみれば泥団子みたいなもんだろう。
何だったら食ってくれるかなあ。
「ははっ。蛇に足があるの? でも岐だもんね。頭が八つあるような蛇だから足があっても良いのかなあ。いやあ、それ、もう蛇じゃないよ」
兄貴の表情は少し明るくなって、膳の上の焼き魚を上品な箸捌きで、つつき始めてくれた。
良かった。
「伊岐里彦は、僕のこと、怖くないの?」
「はい、いいえ。ビビってますけど、怖くはないです」
兄貴の箸が止まってしまった。
「ビビるのと怖いのは違うの? 都では、皆、僕のことを怖がって会おうとしないんだ」
「はい、いいえ。兄貴とは貫目の違いを感じるだけです。怖がられてるのは兄貴じゃなくて鎧兜だと思います」
兄貴が箸を置いてしまった。
「嫌だなあ。伊岐里彦の首、獲りたくないなあ。獲らないと都に帰れないけど、帰っても、すぐに次の行く先を言われるに決まってる」
「はい、いいえ。兄貴が、その気になれば伊岐里彦の首ぐらい、いつでも獲れます。面倒なことを考えるのは明日にして、今は腹一杯、食って、飲んで、ゆっくりしてください」
兄貴がポロポロと涙を流した。
「伊岐里彦は優しいね」
「はい、いいえ。火草刈も伊岐里彦も畜生です。ずっと昔から親兄弟、親戚同士で殺し合いをしています」
兄貴が箸を放り投げて、焼き魚を手づかみで頭からバリバリと齧り始めた。
「伊岐里彦は僕が何を言っても、まずハイ、ハイって全肯定だね」
「はい、いいえ。兄貴のお言葉に逆らうなんて有り得ないことです。でも同意してるフリして言ってることは全否定の畜生です」
兄貴が空いてる方の手で焼き魚を掴んで俺に差し出した。
受け取って、手づかみで頭からバリバリと齧った。
脱ぐことの出来ない呪われた鎧兜を着た者同士。
明日は血みどろで殺し合うかもしれない兄弟。
腹いっぱい、食べて飲んだ。




