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神殺しは葬列を往く  作者: 夜更
第一部
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神への罰

 身体へ冷たい風が叩きつけられた。


「っ……!」


 ラズは地面へ投げ出され、硬い岩盤の上を何度も転がった。痛む身体を起こし、顔を上げる。


 そこは高い山の頂だった。雲よりも高い、地上で最も神域に近い場所。星核の真上にあるとされ、かつて人間たちが神を仰いだ聖地。

 だが、今そこに聖地の静けさはなかった。崩壊した神殿が光の残骸となり、空から降り注いでいる。白い破片は地面に突き刺さり、山肌を砕き、土煙を上げた。


 シオンは既に立ち上がっていた。少し離れた場所では、デウスが翼を広げている。

 そして、その背後の空には、巨大な赤黒い亀裂が走っていた。


「……空が、壊れてる……」


 ラズの声が震える。


 シオンが一歩踏み出した。ただそれだけで、山肌へ長い亀裂が走った。


「シオン!」


 デウスが大剣を再構築する。


「これ以上は、星そのものへ影響が及ぶ!」


 シオンは一切答えない。


 拳と剣が衝突する。轟音と共に、山頂の半分が吹き飛んだ。岩盤が巨大な塊となって崩れ、遥か下の谷へ落下していく。衝撃は周囲の山々へ伝わり、遠く離れた峰の一部まで崩れ始めた。

 シオンの拳が今壊しているのは、もうデウスだけではない。山。大地。空間。星脈。この星そのもの。それらすべてを巻き込みながら、神へと迫っている。

 ラズは、それをはっきりと理解した。


「お願い、止まって!」


 叫びながら立ち上がる。神力の膜では、もうシオンに触れることすらできない。——なら、心へ。

 ラズは両手をシオンへ向けた。以前、アルミナで入ったシオンの精神世界。もう一度、あそこへ入れれば、中から話ができるかもしれない。


「お願い……!」


 神力が、淡く身体を包む。意識をシオンへ伸ばす。——しかし、その瞬間。


『邪魔をするな、娘』


 耳元ではない。頭の中へ、直接ケイオスの声が響く。


『今は、いいところだ』


「——っ!」


 見えない何かに、正面から殴りつけられたような衝撃。ラズの身体が大きく吹き飛んだ。瓦礫へ背中から叩きつけられる。


「かはっ……!」


 呼吸が止まる。それでも、ラズは起き上がる。

 シオンの精神世界すら、もう以前とは違う。ケイオスが中まで侵食している。なら、残っている手段は己の声だけだ。


「シオン!」


 喉が裂けそうなほど叫ぶ。しかし、シオンは返事どころか視線すらこちらに向けない。


 拳がデウスの肩を砕く。今度は戻らない。腹を貫く。再生が遅い。翼を引き千切る。傷口へ白い光が集まりきらない。


 星核が、傷つき始めている。デウス自身も、それを理解した。星は、自らの傷を修復しようと神力を消費している。そのため、デウスへ供給される力が減っている。

 空に浮かぶ白い帯が、大きく明滅した。遥か遠くで地鳴りが響き、海が鳴る。雲が渦を巻く。


「止めるのだ!」


 デウスの声には、もう隠しようのない焦りがあった。


「これ以上は星が耐えられない!」


 シオンは答えない。

 デウスの身体の奥。白い光が集中する一点。——神核。そこからさらに、星核へ続く光。それしか見ていなかった。


 シオンの拳は止まらない。デウスの胸を抉る。白い神力が噴き出す。

 シオンの身体は、最早限界を超えていた。筋肉は裂け、骨は砕け、内臓は押し潰されている。再生したそばから肉体は破壊され、裂けた皮膚からの出血は止まらない。それなのに、赤黒い力が血を押し退けるように噴き出し、身体を無理やり動かしている。


「ぐ、あ……ッ!」


 血を吐く。膝が折れかける。シオンは拳を地面へ突き立てて身体を支え、そのまま顔を上げた。

 拳が突き立てられた場所を起点とし、大地には巨大な亀裂が走り、その裂け目から赤黒い何かが漏れ出している。


「まだ……まだだ……!」


 デウスはまだ生きている。なら、自分もまだ倒れるわけにはいかない。


「シオン!」


 ラズが叫ぶ。赤い瞳はデウスだけを見ている。


「そのまま力を出し続けたら、シオンが死んじゃう!」


 その言葉に、シオンこ肩が僅かに動いた。自分の声が聞こえている。ラズはそう思った。

 だが、振り返りもせずに返ってきたのは、手負いの獣のような鋭い怒声だった。


「そのために使っている!」


 シオンの怒声が山々へ響いた。

 ラズの呼吸が止まる。


 分かっていた。

 デウスを殺す。そして、自分も死ぬ。何も変わっていない。

 自分の中で禁忌としていた人の肉を喰った。両目の色さえ失った。身体も、心も、さらにケイオスへ近づいた。だからこそ、シオンは以前よりも尚、自分を生かしておく気がなくなっている。


「違う!」


 ラズは泣きそうな声で叫んだ。


「そんな終わらせ方、わたしは認めない! 人を食べたからって、それでシオンまで終わらせていい理由にはならない!」


 シオンは答えない。

 しかし、デウスの再生がさらに遅くなった。肩を砕く。戻らない。腹を穿つ。白い光が集まるまで時間がかかる。翼を引き裂く。再生しかけた部分を、赤黒い力が侵していく。


 ——今なら、殺せる。


 シオンにも、それが分かった。

 あと少し、拳へ力を込めれば神核へ届く。今すぐ終わらせられる。そのはずなのに、拳が次に振るわれる直前、シオンの中へ別の感情が浮かんだ。


 このまま、死なせるのか。

 人の痛みを何も分からないまま。必要だったと、代償だったと、もう一度でも同じことをすると、そう言った神を。ただ、殺すだけで終わらせるのか。

 違う。それでは足りない。自分たちが味わったものを、こいつは何一つ知らないまま死ぬ。それが赦せない。父を、母を、リゼを、村を、自分を、そしてラズまで道具にしたこの神への罰は、ただ死ぬだけでは軽すぎる。


 シオンの拳から、ほんの僅かに力が抜けた。


「……まだ」


 低く、掠れた声が落ちた。デウスが顔を上げる。

 ラズの背筋に、ぞっと冷たいものが走った。


「まだ、死なせない」

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