華やかな町の陰
シオンは、一日をかけて町の中で情報を集めた。
もっとも、情報収集と言っても、誰かへ直接尋ねることはほとんどない。
神殿の秘密を探っているなどと知られれば、警戒される。デウスを殺すために手掛かりを求めていると知れれば、反逆者として追われることになるだろう。シオンの容姿と悪名が広まれば、人々はさらに彼を避ける。そうなれば、必要な情報を得ることも難しくなる。
二人は市場を通り、酒場へ入り、工房や研究棟が集まる区画を歩いた。神殿兵たちが休息を取る路地や、研究員らしい者が集まる食堂の近くで、周囲の会話へ耳を澄ませて断片的な噂を拾い集めていく。
「南区の研究棟、また搬入口が封鎖されたらしい」
「昨日の夜も、地下から妙な声がしたって話だ」
「魔核を加工しているだけじゃないのか?」
「それなら、どうして夜になるたび神殿兵が増えるんだ」
「人間を使っているって噂もあるぞ」
「馬鹿を言うな。デウス様のご加護を受けた施設だぞ」
「だが、あそこへ運ばれた連中が戻ってこないという話もある」
「病人か、罪人だろう」
「それなら、なぜ顔を隠して運ぶ?」
ラズは、遠くから聞こえてくる会話に顔を曇らせた。
「人間を使ってるって……」
「言葉通りだろうな」
シオンが答える。
「そんなこと、本当に——」
「奴らならやる」
声に迷いはなかった。
ラズは、それ以上何も言えなくなる。シオン自身が、その可能性を証明する存在だったからだ。
胸へ埋め込まれた赤黒い石。人間のものとは思えない力。眠ることも、人間の食事を取ることもできない身体。生きるために魔物の肉を喰らう姿を、ラズはすでにその目で見ている。
人々は、デウスを人間の守護者だと信じている。だが、その神は人間であるシオンを実験台にした。
ならば、この町の地下で同じことが繰り返されていないと、誰が断言できるだろう。
◇
日が沈むまで、二人は研究棟の周辺を調べた。
疑惑の施設があると噂されているのは、アルミナの南区画だった。表向きには、神殿の管理下で魔導具の研究と開発を行う施設とされている。
敷地は高い白壁で囲まれていた。通りから見えるのは、壁の向こうへ伸びる研究棟の上部と、魔導灯に照らされた白亜の神殿だけだ。
夜になると正面の門は固く閉ざされ、その前には複数の聖騎士が配置された。白を基調とした鎧。神殿の紋章が刻まれた盾。腰へ下げた剣。神官と神殿を守り、神の意志に従って戦う者たちだ。
ラズとシオンは、通りから離れた建物の陰に身を潜めていた。
シオンは正面の門を見る。
神殿の紋章が刻まれた、分厚い金属製の門。その前に立つ聖騎士。周囲を巡回する神殿兵。
シオンの右手が、ゆっくりと握られた。
ラズは、その動きを見逃さなかった。
「正面から壊すのは駄目」
シオンが、不機嫌そうにラズを見る。
「なぜだ」
「騒ぎになるから」
「騒がせればいい」
「町中の兵士が集まってくるよ」
「全員殺せば済む」
あまりにも平然とした答えに、ラズは眉を寄せる。
「中に、何も知らない人がいるかもしれない」
「この施設に関わっていながら、無関係だと言えるのか」
「地下のことを知らずに、普通の魔導具を研究してる人もいるかもしれない」
シオンは、小さく鼻を鳴らした。
「知らなければ無罪か」
ラズは答えに詰まった。
シオンの言葉は冷たい。だが、完全に間違っているとも言えない。
この町の繁栄は、研究棟の地下で起きているかもしれないことを、誰かが見ないふりをすることで成り立っているのかもしれない。
何も知らないという言葉が、どこまで許されるのか。知ろうとしなかった者に、責任はないのか。ラズには判断できなかった。
それでも、知らない者まで殺して良いとは思えない。
「それでも、できるだけ関係のない人は巻き込みたくない」
「お前が決めることではない」
「でも、正面から入るより、地下のことを調べてからの方がいいでしょう?」
シオンは黙った。
「本当に実験をしてるのかも、まだ分からない」
「ここについて、数々の噂があった。それがすべて嘘だと思っているのか」
「違う。でも、何をしているのか確認しないと」
正面の門を壊せば、施設内の者たちへ侵入が知られる。証拠を隠されるかもしれない。地下に人が囚われているなら、別の場所へ移される可能性もある。
「中の人を全員敵に回すより、見つからないように入った方が、地下まで辿り着きやすいと思う」
シオンの眉間に皺が寄る。
正面からすべてを破壊する。彼にとっては、それが最も簡単な方法だった。
だが、目的は施設を壊すことではない。デウスへ繋がる情報を得ることだ。地下で何が行われているのかを確認しなければならない。
シオンはしばらく門を睨んでいた。
やがて、短く舌打ちする。
「……裏へ回るぞ」
ラズの表情が僅かに明るくなる。
「うん」
「勘違いするな」
シオンは低い声で続ける。
「お前の言うことを聞いたわけではない。正面から入れば、必要なものまで壊す可能性があるだけだ」
「分かった」
「笑うな」
「笑ってないよ」
「笑っているだろう」
シオンは建物の陰から離れ、研究棟の外壁に沿って歩き始めた。
ラズも、髪に留まった青い星が光に反射しないよう髪へ手を添え、その後を追う。
正門を壊さないという選択が、ラズへの譲歩だったのか、単に目的を果たすために効率の良い手段を選んだだけなのか、シオン自身にも区別はついていなかった。
夜のアルミナには、まだ無数の魔導灯が輝いている。神より授けられた叡智として、人々の暮らしを照らす光。
その下を進みながら、二人は、華やかな都市の地下へ隠された暗部へ足を踏み入れようとしていた。




