魔導具研究都市アルミナ
魔導具研究都市アルミナは、華やかで美しい町だった。
高い外壁の内側には、白い石造りの建物が整然と並んでいる。道の両脇には魔導灯が等間隔に設置され、夜明け前の町を淡い光で照らしていた。
青白い灯り。柔らかな黄色い灯り。硝子の中で輝く魔核が、白い建物の壁へ色とりどりの光を落としている。
空は、まだ完全には明るくなっていない。
それでも、通りには早朝から既に多くの人影があった。
商人たちは荷車を押して市場へ向かい、職人たちは工房の重い扉を開けている。白い法衣を纏った神官たちは、朝の祈りに備えるため、町の中央に建つ神殿へ足早に向かっていた。
人の波を避けながら進んでいたラズの髪へ、すれ違った男の荷物が触れかけた。
「あっ」
ラズは慌てて、髪に留めた青い星を手で押さえる。
桃色の髪の中に瞬く青い硝子が、魔導灯の光を受けて揺れた。
「落とすくらいなら、しまっておけ」
前を歩くシオンが言った。
「嫌」
ラズは髪飾りが外れていないことを確かめ、留め直す。
「せっかくシオンがくれたんだから、つけていたい」
「俺は知らない」
「そうだったね」
ラズは苦笑した。
「宿に、偶然置かれてたんだもんね」
「そうだ」
「お店の人が、鍵の掛かった部屋にこっそり置いていったのかもしれないんだよね」
「その話はもういい」
シオンは不機嫌そうに言い、歩調を僅かに速めた。
ラズは青い星へもう一度触れてから、その背中を追った。
◇
アルミナは、魔導具の研究と製造によって発展した都市だった。
街路を照らす魔導灯。地下から水を汲み上げる装置。火を使わずに湯を沸かす器具。簡単な傷の痛みを和らげる治療具。土を温め、寒い季節にも作物を育てやすくする農具。
町を見渡せば、至るところで魔導具が使われていた。
かつて魔物の体内から取り出した魔核は、使い道のない危険なものとして処分されていたという。
だが数十年前、一人の研究者が、討伐後の魔核にも力が残されていることを発見した。
特殊な術式を刻んだ器具へ魔核を取りつけ、僅かな魔力を流す。その力を術式によって変換すれば、魔法を習得していない者でも、定められた現象を起こすことができる。
それが、魔導具の始まりだった。
発明者は、何をきっかけにその仕組みを思いついたのかと問われた際、
——ある日、突然デウス様から啓示を授かった。
そう答えたと伝えられている。
それが本当に神の啓示だったのか。研究者が、自らの発見へ神の権威を加えるために語ったものなのか。今となっては確かめようがない。
だが、アルミナの人々は魔導具を、神から授けられた叡智として受け入れていた。
かつて魔物を恐れ、日が沈めば家の外へ出られなかった人々は、今では魔導灯に照らされた道を歩く。毎日、井戸まで水を汲みに行く必要がなくなった者もいる。小さな怪我であれば、治癒術を使える神官を探さずとも、魔導具で痛みを和らげることができる。
神殿の管理によって作られたそれらの道具は、確かに人々の暮らしを豊かにしていた。
町の中央には、周囲の建物よりも一際高い白い神殿が建っている。その前に広がる大きな広場には、純白の翼を広げたデウスの石像が立っていた。
やがて、朝の祈りを告げる鐘が鳴る。通りを歩いていた人々が、一斉に足を止めた。
商人も、職人も、荷物を抱えた子どもも。皆が神像へ顔を向け、静かに頭を垂れる。
「デウス様のご加護に感謝を」
「今日も、この星が守られますように」
「神の光が、我らを導きますように」
重なり合う祈りの声が、白い町の中へ広がっていった。
ラズは、その光景を眺める。
「みんな、本当にデウスを信じてるんだね」
シオンは答えなかった。俯き気味に歩き、人々の視線を避けている。
だが、どれほど目立たないように振る舞っても、その姿を隠しきることはできなかった。
長い銀白の髪。左右で色の異なる瞳。白い町並みとは対照的な、全身を覆う黒い衣服。そして、人間のものとは思えない異質な気配。
町の者たちはシオンとすれ違おうとするたび、無意識に進路をずらした。視線を向けた後、目が合う前に逸らす。これまで立ち寄った町でも、何度も見た反応だった。
ラズは、シオンの隣へ少し近づく。
「シオン、大丈夫?」
「何がだ」
「人が多い場所、苦手でしょう?」
「好きになる理由がない」
「うん。そうだと思った」
シオンが、僅かにラズを見る。
「思っていたなら聞くな」
ラズは困ったように笑った。その笑い方が、ふとリゼの面影と重なる。
シオンはすぐに目を逸らした。
胸の奥が、鈍く軋む。
町に満ちる光も。神を讃える声も。傍らで笑うラズの顔も。そのすべてが、シオンが閉じ込めていたものへ触れてくる。
人々はデウスを、この星を守る慈悲深い神だと信じている。だが、その神はシオンの身体を作り変えた。ケイオスを宿す石を胸へ埋め込み、人間の食事も眠りも受けつけない身体にした。
そして、その力を得たシオン自身の手で、両親とリゼは死んだ。
左胸の奥で、ケイオスが愉快そうに笑った。
『良い町ではないか』
シオンは答えない。
『貴様を壊した神を讃え、貴様が失ったものにも気づかず、神から与えられた光の下で暮らしている』
魔導灯が、まだ薄暗い街路を明るく照らしている。
『貴様の苦しみなど、この者たちには何の関係もない』
「黙れ」
シオンは小さく吐き捨てた。ラズがその声に気づく。
シオンが誰もいない場所へ言葉を返す時は、大抵死者の幻を見ているか、胸の内にいるケイオスが語りかけている。共に旅をする中で、ラズにも少しずつ分かるようになっていた。
「ケイオス?」
シオンは答えない。だが、その沈黙は肯定を意味していた。
ラズは、それ以上問いかけなかった。
◇
中央広場では、一人の神官が説教を行っていた。白と金の法衣を纏い、法衣の胸元には翼と光輪を組み合わせた神殿の紋章が刻まれている。
穏やかな笑みを浮かべた神官の周囲には、朝の祈りを終えた人々が集まっていた。
「この都市の繁栄は、デウス様の御心によるものです」
神官が手にしている声を拡散させる魔導具によって、穏やかな声が広場へ響く。
「魔物の核に宿る力を正しく導き、人々の暮らしへ役立てる。これこそ、神より授けられた叡智なのです」
人々は、真剣な表情で耳を傾けている。
「この星の外には、我らの平穏を脅かすものが存在します」
神官は空を仰いだ。夜が明けた空には、白い光の帯が横たわっている。
「そして町の外にも、人の力では敵わぬ魔物がいます」
何人かが、不安そうに顔を見合わせる。
「ですが、恐れる必要はありません」
神官は両腕を広げた。
「デウス様は、我らを守ってくださる」
民衆の視線が、翼を広げた神像へ向かう。
「神殿はその御心に従い、この星の未来を支えています。デウス様を信じ、与えられた光の中を歩む限り、我らの平穏が失われることはありません」
シオンの足が止まった。ラズは、彼の横顔を見る。
そこに浮かんでいたのは、激しい怒りではない。凍りついたような、冷たい憎悪だった。
「行くぞ」
シオンが低く告げる。
ラズは小さく頷き、その後を追った。




