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神殺しは葬列を往く  作者: 夜更
第一部
15/79

星を連れて

 翌朝。

 ラズが目を覚ますと、窓の外はまだ薄暗かった。宿の小さな部屋には、夜の名残を含んだ冷たい空気が満ちている。


 室内に、シオンの姿はない。

 彼が眠らないことは知っている。夜の間は外にいたか、宿の廊下で周囲を警戒していたのだろう。


 ラズが寝台から起き上がり、荷物をまとめようとしたその時、鞄の隣に、見覚えのない布包みが置かれていることに気づいた。


「……何だろう」


 手に取る。

 簡素な布で包まれ、細い紐で結ばれていた。警戒するほどの大きさでも重さでもない。


 ラズは紐を解き、布を開く。

 中から現れたものを見て、動きを止めた。


 青い星。

 昨日、市場で買うことを諦めた髪飾りだった。

 金色の細い装飾。透き通った深い青の硝子。角度を変えると、窓から差し込む朝の光を受け、星の内側で小さな白い輝きが揺れた。


「どうして……」


 不意に鍵が開き、扉が開く。シオンが部屋へ入ってきた。


「起きたか」


「シオン」


 ラズは髪飾りを持ち上げる。


「これ」


 シオンの視線が、青い星へ一瞬だけ向けられる。

 しかし、その視線はすぐに逸らされ、シオンは椅子に腰掛けた。


「何だ」


「ここに置いてあった」


「そうか」


「シオンが買ったの?」


「知らん」


「でも、昨日わたしがこれを見てたことを知ってるのは、わたしとシオンだけだよ」


「店の人間も知っている」


「お店の人が、わざわざわたしたちの宿を調べて、部屋に入って置いたの?」


「そうかもしれない」


「鍵が掛かってたのに?」


「宿の人間へ頼んだんだろう」


 ラズは、シオンの顔をじっと見つめた。

 左右色違いの瞳は、ラズの方を見ようともしない。


「ありがとう」


「俺ではない」


「でも、ありがとう」


「礼を言う相手が違う」


「じゃあ、誰に言えばいいの?」


「店の人間にでも言え」


「シオンには?」


「言うな」


「どうして?」


「俺ではないからだ」


 不機嫌そうな返事だった。

 ラズの口元が、ゆっくりと綻ぶ。


「そっか」


「ああ」


「じゃあ、シオンじゃない誰かに買ってもらったことにする」


「そうしろ」


「でも、シオンにもありがとうって言っておく」


「話を聞いていたのか?」


「聞いてたよ」


 ラズは青い星を持ち、窓辺へ移動した。


 部屋に鏡はない。代わりに、まだ夜露の残る窓硝子へ自分の姿を映す。

 結われた髪の片側へ軸を差し込み、星を留めた。

 慣れていないため、最初は少し傾いてしまった。一度外し、今度は髪を軽く押さえながら差し直す。

 深い青色の星が、桃色の髪の上で揺れた。


「どう?」


「何がだ」


「似合う?」


「知らん」


 シオンは扉の方に視線を向けながら答えた。一度もラズを見ようとしない。


「こっちを見て」


「見る必要はない」


「少しだけでいいから」


「出るぞ」


「まだ見てないよ」


「置いていくぞ」


 シオンは逃げるように扉へ向かった。

 ラズは青い星が落ちないことを確かめ、小さく笑う。


「待って」


 急いで鞄を肩へ掛け、その後を追った。



 二人が町を出る頃。東の山際から、朝日が昇り始めていた。

 街道には、まだ人の姿が少ない。振り返ると、町の屋根の上で魔導灯の光が一つずつ消えていく。夜を照らす役目を終えた人工の光が、朝の光へ溶けていった。


 ラズは歩きながら、髪へ留めた星へ何度も触れていた。そこにあることを確かめるように。指先へ伝わる硝子の硬さを、何度も楽しむように。


「触りすぎると落とすぞ」


 前を歩くシオンが、振り返ることなく言った。

 ラズの手が止まる。


「見てたの?」


「見ていない」


「じゃあ、どうして触ってるって分かったの?」


「音がする」


「どんな音?」


「鬱陶しい音だ」


 ラズはくすりと笑った。


「やっぱり、見てたんでしょう」


「見ていない」


「似合ってる?」


「知らん」


「そればっかりだね」


「質問が無意味だからだ」


 シオンは振り返らない。

 それでも、ラズの鞄が肩からずれれば、歩調を僅かに緩める。二人の距離が開けば、立ち止まらない程度に速度を落とす。


 ラズは青い星をもう一度だけ指先で確かめてから、その背中を追った。



 町が見えなくなった頃、シオンはそれまで進んでいた街道を外れた。南へ伸びる広い道ではなく、北東へ続く細い道へ入る。


 ラズは周囲を見回し、首を傾げた。


「そっちは、今まで向かっていた方向と違うよ」


「ああ」


「道を間違えたの?」


「違う」


「じゃあ、どこへ行くの?」


「アルミナだ」


 聞き覚えのない地名だった。


「アルミナ?」


「魔導具の研究都市として知られている」


「昨日、市場で見た魔導具を作ってる町?」


「すべてではないが、多くの工房と研究所、そして腕利きの職人が集まっているらしい」


「どうして、急にそこへ?」


 シオンは歩みを止めない。


「昨夜、酒場で神殿の人間が話していた」


「何を?」


「アルミナの地下に、神殿直属の研究施設があるという噂だ」


 ラズの表情から、先ほどまでの明るさが消えた。

 神殿直属の研究施設。その言葉だけで、不穏なものを感じたらしい。


「それって……」


 ラズは慎重に尋ねる。


「シオンが実験を受けた場所と、関係があるの?」


「分からない」


「同じような実験をしているかもしれない?」


「確証はない」


 シオンは淡々と答える。


「地下へ魔核が運び込まれている。治癒術と封印術を扱う神官も送られているらしい。さらには、布を被せられた人間が、荷車で夜中に運び込まれたという話だ」


 神殿、地下施設、魔核、治癒術、封印術、密かに運ばれる人間。どれも、ただの魔導具研究では説明しきれない。


「噂だけかもしれないんでしょう?」


「ああ」


「それでも行くの?」


「当然だ」


 デウスへ繋がる可能性が、僅かでもあるのなら。シオンがそれを見逃すはずはなかった。


「危険な場所?」


「恐らくな」


「わたしも行く」


 迷いのない言葉だった。

 シオンが足を止め、振り返る。


「お前には関係ない」


「今さらでしょう」


「遊びに行くわけではない」


「分かってる」


「何があるかも分からない」


「それも分かってる」


「死ぬかもしれない」


「シオンの傍にいれば死ぬかもしれないって、何度も聞いた」


 ラズは真っ直ぐにシオンを見る。


「それでも、今ここにいるよ」


「来るなと言えば、来ないのか」


「行く」


 やはり、迷いはなかった。


 シオンは目を細める。突き放す言葉を探しているようだった。

 だが、やがて諦めたように前へ向き直る。


「好きにしろ」


 ラズも歩き出す。


「うん。好きにする」


 二人は、北東へ続く道を進んだ。

 ラズの髪に留められた青い星が、朝日を受けて揺れている。誰かに与えられた役割も、果たすべき使命もない。ラズが、ただ綺麗だと思ったもの。

 そして、シオンがそのことを覚えていたという、ただそれだけのものだった。


 青い星を髪に留めた少女と、それを買ったことを認めようとしない青年。

 二人は新たな目的地——魔導具研究都市アルミナへ向かって、朝の道を歩き始めた。

この話でいわゆる第一章が終了です。話の一旦の区切りとなります。

四話分ほど幕間を挟んだ後、アルミナ編突入となります。少しずつ物語が動いていくので、引き続きよろしくお願いします!

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。よろしければ、感想や評価、ブクマ、リアクションなどいただけますと励みになります!

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