神殿と魔導具
ある日、シオンとラズは、とある町へ立ち寄った。
目的は、デウスと神殿に関する情報収集。それから、ラズが次の町までに必要とする食料や日用品を買い揃えるためだった。
そして、シオン自身にも売るものがあった。これまでに倒した魔物から抜き取った魔核だ。
魔物の肉はシオンが生きるために必要だが、魔核まで体内へ取り込むことはない。血や汚れを落として保管し、町へ立ち寄った際に売却する。それが、シオンにとっての旅の資金を得る主な手段となっていた。
魔核の取引は神殿の管理下にある。
とはいえ、低ランクの魔核まで神官が直接売買しているわけではない。神殿から認可を受けた商人や仲買人が、狩人や傭兵から魔核を買い取り、工房へ流している。
シオンは町へ入ってすぐ、裏通りにある仲買所で魔核を換金した。
彼が持ち込んだものの中には、通常なら複数人で討伐するような強力な魔物の核も多く混ざっていた。仲買人は驚いて入手経路を尋ねたが、シオンは答えなかった。
金だけを受け取ると、長居をせずに店を出た。
その後、ラズの希望で市場へ向かうことになった。
◇
町の市場には、色とりどりの光が溢れていた。
赤、青、黄、緑。通りの両側に並んだ屋台の上で、硝子や金属に覆われた小さな光が揺れている。
陽はまだ高い。それでも天幕の下には、夜空から切り取った星のような輝きがいくつも浮かび、人々の顔を淡く照らしていた。
ラズは市場へ入るなり、足を止めた。
「綺麗……」
光の中心にあるのは、魔物から採取された魔核だった。
魔物の心臓に相当する器官。形も大きさも、宿している力も個体によって異なるが、討伐後も内部には魔力が残される。
その力を利用するために作られたものが、魔導具だ。
術式を刻んだ特殊な器具へ魔核を取り付け、僅かな魔力を流す。それだけで、魔法を習得していない人間でも、術式に定められた現象を起こすことができる。
発明されたのは、ほんの数十年前。だが今では、低級の魔核を使ったものなら、庶民の暮らしにも広まりつつあった。
「これ、全部魔導具?」
ラズは近くの屋台へ歩み寄った。
その後ろで、シオンも足を止める。だが、並べられた商品にはほとんど興味を示さなかった。腕を組み、周囲へ視線を巡らせる。
銀白色の長い髪。左右で色の異なる瞳。全身を覆う黒い衣服。人の多い場所にいれば、シオンは嫌でも目立つ。本人もそれを理解しており、町へ入ってからは人通りの少ない道を選んでいた。
しかし、市場を見たいと言ったラズは、その事情などすっかり忘れたように屋台を覗き込んでいる。
「そうだよ、お嬢さん」
店主の男が、愛想よく笑った。
「どれも神殿の認可を受けた安全な品だ。気になるものがあれば、手に取ってみるといい」
ラズは、屋台の端に置かれていた小さな硝子灯を持ち上げた。
透明な瓶のような器の中に、青い魔核が収められている。手のひらに載るほどの大きさで、器の底面にある銀色の金具には細かな術式が刻まれていた。光を受けるたび、複雑に組み合わされた線が淡く浮かび上がる。
「これは?」
「夜道で使う灯りだ。そこの窪みに指を当てて、少しだけ魔力を流してごらん」
言われた通り、ラズが金具へ指を添える。
ほんの僅かに魔力を流した瞬間、硝子の中の魔核が明るく輝いた。
「わっ」
ラズの顔が、青白い光に照らされる。
「一度力を流せば、弱い明かりなら三日ほど保つ」
「三日も?」
「ああ。旅人には便利だぞ。火と違って、風が吹いても消えないからな」
店主は、別の商品を手に取った。
「こっちは水を綺麗にする瓶。濁った井戸水を入れて魔力を流せば、飲める程度にはなる」
次に、小さな箱型の器具を示す。
「これは暖房具。部屋全体を温めるほどの力はないが、寝台の下へ置けば冬場は随分違う」
他にも、火を使わずに湯を沸かす器具、井戸から水を汲み上げる装置、傷口へ当てると痛みを和らげる光を発する筒、畑の土を温め、寒い時期にも作物を育てやすくする板など、数々の魔導具を店主は差し出してきた。そのいずれも魔核を動力としている。
ラズは、差し出された魔導具一つ一つへ目を向け、瞳を輝かせている。
「これは?」
丸い台座の上に載せられた、小さな金属製の鳥を指差した。
「子ども向けの玩具だよ」
店主が鳥の背中へ触れ、魔力を流す。胸部に埋め込まれた小さな魔核が光った。
金属の鳥は羽を震わせると、ぎこちない動きで立ち上がった。短い脚を交互に動かし、屋台の上をちょこちょこと歩く。端まで来ると身体の向きを変え、また同じ道を戻り始めた。
それを見たラズの表情が綻ぶ。
「かわいい」
「こんなものにまで魔核を使うのか」
後ろから低い声が聞こえた。
店主の笑顔が僅かに引きつる。
口を挟んだのはシオンだった。
彼の視線は歩く鳥そのものではなく、胸部へ埋め込まれた小さな魔核へ注がれていた。
「え、ええ。低級の核ですから」
店主は玩具を止めながら答える。
「大きな力は出ませんし、術式にも制限が掛けられています。暴走するような危険はありませんよ」
「危険かどうかを聞いたわけじゃない」
「では、何か問題でも?」
店主の声から、先ほどまでの親しげな響きが薄れる。
シオンの視線が、屋台へ並んだ品をゆっくりとなぞった。
「魔物を殺して、灯りにする。水を汲ませ、畑を温める。終いには、玩具を歩かせる」
店主が眉を寄せた。
「倒した魔物を利用することの何が悪い」
店主の声に苛立ちが混じる。
「魔物は人を襲う。放っておけば、こちらが喰われるんだ。倒した後の核を使って何が悪い」
「悪いとは言っていない」
「なら何だ」
シオンは店主の反応を意に介さず尋ねた。
「神殿の認可を受けていると言ったな」
「ああ。当然だ」
神殿という言葉が出たことで、店主の苛立ちが僅かに薄れた。
「魔導具を扱うなら、神殿の認可は必要になる。特に、高位の魔核を使う品は厳しく管理されている」
「魔核そのものも?」
ラズが尋ねる。
「全部ではないよ」
店主はラズへ向き直った。
「低級の魔核なら、傭兵や狩人が俺たちのような認可商人へ直接持ち込むこともできる。だが、一定以上の力を持つ魔核は、必ず神殿を通さなければ取引できない」
「どうして?」
「危険だからさ」
店主は、周囲へ聞かせたくない話でもするように声を落とす。
「ずっと昔、無許可で高位の魔核を使った魔導具が作られたことがある。術式が魔核の力を抑えきれず、暴走して町を焼いた——そんな話が残っている」
ラズは目を丸くする。
「町を?」
「あくまで、俺が親方から聞いた話だがね」
店主は肩をすくめた。
「それ以来、高位の魔核は神殿が管理するようになった。術式を刻む工房も、神殿の検査を受けなければ商売にならない」
「神殿が、魔導具を作っているの?」
「作るのは職人や研究者だ」
店主は首を横へ振る。
「神殿が直接すべてを作っているわけじゃない。使ってよい魔核を定め、完成した品が安全かを調べ、販売を許可する。それが神殿の役目だ」
それから、市場全体を見渡した。
「近頃は、魔物が強くなっているという話も多い」
ラズも、その視線を追う。
「結界の外へ出た商隊が、以前なら見なかったような魔物に襲われたとか。討伐へ出た狩人が戻らなかったとか」
店主は小さく息を吐く。
「魔核を持ち帰るのも命懸けだ。当然、値段も上がる。こんな時だからこそ、神殿に管理してもらわなければ、どんな危険なものが出回るか分からない」
市場を照らす魔導灯。冷たい水を売る露店。温められた食べ物。歩く鳥を見て笑う子ども。
人々は、魔導具を珍しい奇跡として扱っていない。火や水と同じように、生活の中にあるものとして使っている。
そして、その流通の根元には神殿がある。
神殿が担うのは、祈りや神事だけではない。
夜を照らす光。冬を越すための熱。傷の痛みを和らげる器具。魔物の核を、人間の生活に利用するための仕組み。その一部を、神殿が管理している。
「デウスの加護って、祈ることだけじゃないんだね」
ラズが呟いた。
店主は、当たり前のことを説明するように頷く。
「そりゃそうだ」
「町の外にある結界も?」
「ああ。デウス様が境界をお定めになったから、魔物はそう簡単に人の領域へ入ってこられない」
店主は誇らしげに胸を張る。
「神殿が魔導具を管理してくれるから、わしらも安心して使える。デウス様と神殿がなければ、今の暮らしは成り立たんよ」
ラズは、屋台の上で止まった金属の鳥を見る。
「神様がいなくなったら……こういう暮らしも、なくなるのかな」
考えたことが、ついそのまま口から出てしまった。
その言葉を聞いた店主の顔色が変わった。
「滅多なことを言うんじゃない!」
鋭い怒声が市場へ響く。近くにいた何人かが振り返った。
ラズは驚き、肩を跳ねさせる。
「ご、ごめんなさい」
「デウス様がいなくなるなど、考えること自体が不敬だ」
店主は声を抑えたが、表情は険しいままだった。
「神殿の者に聞かれたら、罪に問われるかもしれんぞ」
「……行くぞ」
シオンが割り込むように告げた。
それ以上騒ぎが大きくなる前に、すでに市場の出口へ向かって歩き始めている。
「待って」
ラズは手に持ったままだった硝子灯を屋台へ戻した。
まだ怒りの残る店主へ、丁寧に頭を下げる。
「見せてくれて、ありがとうございました」
店主は険しい顔をしたまま、何も答えなかった。




