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お味噌。

「アルくーん! カイくーん!」


「まんまぁ!!」


領地視察に行ってから、あっという間に一年が経った。


アルナイルもカイトスもヨタヨタしているけど歩けるようになり、最近はカルガモのように私について歩く。


これがまたすごく可愛い。


名前を呼ぶと首をこてんと傾げて笑顔を振りまくので、侍女や従者をはじめ、屋敷中の人達が二人にメロメロだ。


ちなみに、お父様、お母様もである……。


この一年。


お母様はフローライト邸に戻ることはなく、ずっとスフェレライト領に住んでいる。


お父様が何度か迎えにきたものの……。


「どうせ貴方は王宮にいるばかりで、邸にいることの方が少ないじゃないですか」


と一蹴されていて、思わず笑ってしまった。


きっとこれも、お母様なりの優しさなのだろうということは何となくわかるけど……。


それからは、少し長めの休みが取れるとお父様までこちらに来ている。


ラルフお兄様は、お父様が王都にいないならと代わりに戻って財務局の仕事をしているらしい。


そして……エリオット殿下は……。


一年経った今も、何故かスフェレライト家に居る。


「エリーは戻らなくていいの? 仕事が溜まっているんじゃない?」


「大丈夫。仕事は優秀な側近たちがこなしてくれているからな」


何度帰らなくていいのか聞いても、「大丈夫」の一点張りだ。


本当に大丈夫なのか……?


いつも不思議だけど、ラルフお兄様も戻っているし、大丈夫ということにしている。


そして領地視察して一年。


作るのに時間がかかるお味噌と醤油を試作として一年前に作ったものが、ついに食べられるような状態になったのだ。


「エルダ。私はこれからお味噌とお醤油の状態を見てくるわ!」


これが上手く行けば、来年から売り物として扱える。


お味噌汁や、焼きおにぎり。


揚げ物の味も広がるし、煮物も作れるようになる。


ぐんっと幅が広がる。


この一年間は、ふわふわ食パンを作ることに精を出したお陰で、パン屋さんを王都に出すことが出来た。


勿論、この領地の小麦を使っている。


最近では、フローライト領で作っているお米を使った食パンも人気だ。


それと一緒に、お父様たちにお願いして、持ち運べるお弁当屋さんを始めることにした。


売り物は、おにぎりとサンドイッチのみの至ってシンプルなお店だけ。


それでも具の種類が多いということ、外でも手軽に食べられることからかなり人気のお店になっている。


「そろそろ……マヨネーズやケチャップを商品化するのもひとつかもしれないわね。お味噌やお醤油と一緒に商品化を目指してみましょう」


味噌や醤油のことを考えていると、色々頭の中に浮かんできて自分でもびっくりだ。


醤油や味噌を作るために昔の記憶をフル活用したからか、脳が活性化しているのかもしれない。


米麹の作り方を覚えていたのには吃驚したけど……。


色々考えている間に、味噌や醤油を作っている倉庫にたどり着いた。


「味噌もお醤油もいい感じに発酵しているわね。これであとは最後の工程だから……醤油はたしか、発酵したのを布で搾って火入れするんだったかしら。搾るのが大変そうだけど、今回は試作だし。少しずつ良くなっていくのが理想ね。お味噌は食べられそうだから、今日お味噌汁を作りましょう。あっ、味噌焼きおにぎりも捨て難いわね」


醤油もお味噌もかなり繊細な作業が続くけど、それ専用の職人になってもらえればなんとかなると思う。


お米はフローライト伯爵領の方が美味しいものを作れるとわかったから、フレデリクお兄様と話して事業提携を結ぶのがいいだろう。


ただ……印章が……一年経った今、どうなっているのか全然分からなかった。


***


スフェレライト公爵家に勤めて二十年。


六年前に前公爵夫妻が亡くなられ、五年間は正直地獄のような日々だった。


そう、今の奥様が来られるまでは……。


一応、現公爵のオディロン様は昔から遊び人で、ほとんど邸におらず、王都にばかり行っているような人だった。


人の良い前公爵夫妻から生まれた子供とは思えないほどに……。


前公爵夫妻も頭を抱えていたほどだ。


と、同時に甘やかしすぎたと嘆いてもおられた。


もう、スフェレライト家も終わりかもしれない……そんなふうに思っていた頃、一つの光がこの家を明るく照らした。


それがジェラルディーナ奥様だ。


どれだけ理不尽な状況でも前を向いて歩く姿は、本当にかっこいい。


男の俺でも憧れるくらいだ。


そして、色々と新しいことを始める奥様に、ワクワクという新しい感情を教えてもらった。


そんな奥様が今日は樽のような物を持って調理場に現れたのである。


「あ、あの……それは……?」


「あぁ、これはお味噌と言うのよ! 一年前に作ったものがやっと食べられる状態になったの!」


俺が樽を指さしながら聞くと、笑顔で話を返してくる奥様。


いやいや、一年前に作ったって絶対腐ってますよ。


「あ、その顔は腐ってるから食べられないって顔してるわね! 初めは皆同じ反応するのよ。でもこれも調理法のひとつなの。発酵というね!」


発酵と言えば、パンを作る時にも使った酵母菌とやらに似ているものなのだろうか。


「それはパンを作る時のようなやつですか?」


「そうそう! 似てるわ! それより発酵期間が長いの。味も全然違うけど美味しいのよ。これを使って今から料理をするから手伝ってちょうだい!」


貴族の奥様が調理場に立って鼻歌を歌いながら包丁を持っている姿。


きっと見れるのはここだけだろう。


奥様の母君も、エリオット殿下も初めは止めていたけど、今では何も言わない。


それに、新しく作ったものは侍女や俺たち従者にも食べるよう言ってくるし……かなり変わったお人だ。


こうして奥様の言う通りに手伝うと、あっという間に二品の試作品が完成したのだ。


「フフフ。やっと食べられるわぁぁ!! お味噌汁と焼きおにぎり!」


味噌とやらを使ったスープと、おむすびに少し甘くした味噌を塗って焼いた焼きおにぎりが完成したのである。


焼きおにぎりからは香ばしい匂いが漂ってきて、食欲がそそられた。


「さっ、試食しましょ!」


そう言ってお皿を差し出す奥様。


今回はどんな料理なのか……大きく口を開けた瞬間、調理場にエリオット殿下がやってきた。


「ずるいぞ! 俺を差し置いて試食とは……。俺だってディーナの作ったご飯を楽しみにしていたと言うのに……。俺も仲間に入れてくれ!」


「えっ!? そんなにお味噌楽しみにしていたの? だったら早く言ってよ! 今から準備するから待っていて」


全く、この人は王子なのか分からないな。


奥様も奥様で、こんなに分かりやすくアピールしているのに……全然気づいていないようだし……。


だが、少し顔が赤くなっているところを見ると、エリオット殿下の言葉に照れてしまった……という所だろうか。


オディロン様の奥様なのは分かっているが、奥様には幸せになって欲しいというのが本音だ。


その為にも、エリオット殿下には頑張って欲しい。


それは恐らく、この家にいる皆の総意と言ってもいいだろう。


奥様を見ると、「仕方ないわね」と言いながら、サッとエリオット殿下の焼きおにぎりとお味噌汁を準備していた。

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