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028.弔い

 アミールの遺品を拾い上げた一行は、墓標のもとへと戻る。

 レイは途中で作りかけの墓石を拾い上げると、大木まで持ち運んで立て掛けた。


「アミールさんはここに来てたんだと思います」

「そうだね。そう考えるのが自然だ」


 ノエルが口を開くと、レイは相槌を打った。

 これまでは推測が中心ではあったが、遺品を見つけることができた。

 それは証拠と呼べるものだろう。


「でも、どうしてお墓を作ろうとまで思ったのかな?」

「そもそも誰のお墓だったんだろう。やっぱり、デニスさんのお墓?」


 リアイとマナカは残る疑問を口にすると、視線を墓石へと移した。

 レイも同じように墓石に視線を落とす。

 墓石の滑らかな面には、途中で止まった彫り跡が確かに残っていた。

 思いだけが刻まれて、名前も残らなかった場所。


「ここは間違いなくデニスさんにとって大切な場所だ。日記に描かれていたように。たぶん、あの小屋でデニスさんのことを知って、それに心動かされて、彼のお墓を建てようとしたんじゃないかな?」


 レイはそう言って、墓石の彫り跡に指を伸ばした。

 当たり前ではあるが、日記にはデニス自身の墓の記述はない。

 魔法種であることから、天涯孤独ではあっても、死後も丁寧な扱いを受けたと考えられる。

 遺言でもない限り、彼の亡骸は共同墓地へ埋められることになるだろう。

 日記を読んだアミールが、彼に気持ちを重ねて妻の隣でデニスを弔おうと考えたという推測は、その背景を踏まえても、調査報告として違和感はなかった。

 レイにはそれでも少し引っ掛かることもあったが、確信もなかったため、それをここで口にすることはない。


「ちゃんと、弔おうとしてた。ここまで石を運んで、土を均して。それって、普通の通りがかりじゃできないことだよ。親族でもそこまでやろうとは思わないかもしれない。凄いよね、アミールさん」


 そう話すマナカの声色は、淡々としていたが、どこか遠くを見ているようでもあった。

 すると、リアイが立ち上がって言う。


「あのさ、提案なんだけど。折角だから、お墓を完成させない?レイもいるし、簡単なものだったら作れると思うんだ」

「そうですね。ここに立てかけているだけだと、いずれ倒れてしまいますしね」


 リアイの提案にノエルも頷き、他のメンバーも異論を唱えるものはいなかった。


「そうだね。彼らの思いを俺たちで引き継ごう」


 レイも頷いて立ち上がる。

 しかし、そこで場の空気を乱すような呑気な音が響いた。


『ぐるるる』

「あの、失礼いたしました」


 腹を鳴らしたのはユメノであった。

 その場はしんみりした空気から体中の力が抜けていく空間へと変わり、くすくすとした笑い声も溢れた。

 レイは時計を確認する。


「もう、お昼過ぎてるもんね。先に休憩にしよっか」


 その緩い空気もレイは嫌いじゃなかった。

 

 ◇  ◇  ◇  ◇


 簡単な軽食を終えた一行は、再び墓の前へと集まる。

 食事は携帯食程度ではあったが、みんな他愛もない話をして、ここまでの疲労を飛ばしてくれたようだった。


「さて、やろうか」


 レイは立ち上がり、墓石へと向き直る。

 そして、設置場所の足元を確認する。


「地盤、少し傾いているね。まずは整えたほうがいいかも」

「そうですね。一度掘ってもらうことできますか?」


 ノエルがそう言うと、レイは片手を地面に向けて差し出した。

 次の瞬間、土が淡く光を帯びて震え始める。

 レイの掌から放たれた魔力が地面に伝わり、彼の意思に沿って土粒を細かく締め上げていく。

 まるで見えない手が地面を揉み込んでいるような、奇妙な魔法だった。


「魔法はいつ見ても不思議ですね」


 ノエルが興味深げに見つめていると、リアイたちも頷く。


「ほんと、便利だよね」

「うん。レイくんがいると助かるよね」


 しばらくすると、墓石が十分に入るサイズの穴が出来上がっていた。


「崩れないようにしたいので、足元はセメントで固めましょうか。レイくんばかりが動くのは良くないので、僕が石を拾ってきますね」

「あっ、ノエルには監督してもらいたいから、私とエリナさん、ユメノちゃんで探してくるよ」


 ノエルがその場から離れようとすると、リアイは自分がやると手を上げた。


「じゃあ、お願いするね」

「どれくらいのがあればいいかな?」

「そうだね。墓石と同じくらいあれば十分かと思う」

「りょ~かい」


 キャリアである三人は、石を探しにその場を離れた。


「あの、私には何かできることあるかな?」


 マナカは申し訳なさそうにノエルに聞く。

 彼女はこの中で唯一の一般人であり、魔法種やキャリアと比べてやれることが少ない。


「そうですね。でしたら、アミールさんの遺品を綺麗にしてもらってもいいですかね?ここで使うわけではないですが、依頼主に返すときには綺麗なほうが嬉しいでしょうしね」

「それなら私でもできるね。うん。わかった」


 ノエルはマナカのできそうなことを探して指示を出す。

 彼女はどこか嬉しそうに頷いて、脇に置いていた荷物へと手を伸ばした。

 しばらくレイが穴に足を入れて整えていると、大きな石を協力して運びながら、三人が戻って来る。


「これでいいかな?」


 ズシッとした音が地面に響いた。

 普通の女子であればまず運べない岩を、協力して運んでいたユメノとエリナは地面に置く。


「うん。十分だよ。ありがとう」


 リアイの言葉に、ノエルは満足そうに頷いた。

 そして、次の工程の指示を出す。


「次にユメノさん。この岩を砕いてもらってもいいですか?」

「承知した」


 ユメノは頷くと一呼吸して、瓦割りと同じ要領で拳を叩き込んだ。

 ガシャガシャとした音が鳴ると、岩は見事に砕けた。


「では、墓石をまずこの穴の中に入れます。その後、砕けた岩の半分くらいを空いたスペースに流し込みましょう」


 レイは墓石を持ち上げると、穴にはめ込むように差し込んだ。

 そして、残りのメンバーで地面に散らばった小岩を穴に落としていった。


「これで十分でしょう。レイくん、流し込んだ岩を粘土状にして平らに均し、砂を入れたら再度固めてもらえますか?」


 ノエルの提案は、セメントを使ってコンクリートを建造することと似たような方法だ。

 最も成分は同じではなく、勿論ノエルにも経験はない。


「やったことないけど、やってみるか」


 レイはできるかどうが疑問に思いながらも、論理的には可能だとして、挑戦してみることにした。

 墓石を支える役割をノエルと交代して、再び手のひらを砕けた小岩に向けて差し出すと、そのまま魔力を流し込んだ。

 やがて、岩たちは形を失っていき、目論見通り粘土状になっていく。


「うわ、凄い。本当に魔法って何でもできるんだね」


 マナカは感心しながらそう言った。

 しかし、粘土状のセメントを手で均していきながら、レイはその言葉を否定する。


「なんでも、というほど万能ではないけどね。魔法はあくまで魔力を使って過程を省略する行為だから。ゼロから生み出している訳じゃないんだ」

「お水とか炎の魔法とか、それはゼロからじゃないの?」

「研究によると、水を生み出せば大気中の水素はいくらか減っているし、火を出せば、周囲の酸素量は減少している。何故魔力があるとそれが実現されるのかまでは分かっていないけれど、物理現象には必ず縛られるのが魔法でもあるんだ。だから、やれることに限界はあるよ」

「そうなんだ。でも、できない人間からしたら、何でもできるように見えちゃうけどな」


 レイは作業をしながらマナカに魔法について説明するが、全てを話している訳ではない。

 本当は、ゼロから生み出しているとしか考えられないような本物の魔法を見たことだってある。

 だが、それをできる人間は少数派であり、レイができる訳でもなく、変に期待をされたりしても困るので、説明しなかったのであった。


「あの、型枠を作るように、穴の内側も粘土を広げておいてもらえますか?」


 十分にセメントが広がると、ノエルは細かい指示を追加して、作業中に用意していた砂を軽く掛けていく。

 ノエルがその作業を終えると、軽く粘土を柔らかくしてかき混ぜて、その後レイは手をゆっくりと底から離した。

 そして、火炎放射器が生み出すような高温の炎をセメントに浴びせた。

 水分が飛んだセメントは、コンクリートのように固まって、基礎工事は完了した。


「流石は魔法使いだね。材料さえあれば、お家でも何か作れそう」


 メンバー全員が、見事に人の支えなしで立っている墓石を見て拍手喝采を送る中、リアイは冗談めかしてそう言った。


「最後は土を埋めるか」


 レイは一汗を拭うと、外に盛り上げていた土を、型枠の中へと魔法で流し込む。

 最後のひとすくいの土を流し込むと、レイは形を整え、そっと手を引いた。

 そして穴が塞がると、みんなで足を踏んで固めていった。


「よし。これで、そう簡単には崩れないだろう」


 初めて作る墓に満足そうにそう言ってレイが一歩下がると、他の皆も整列して並んだ。

 白い墓石が、ひとりでに立っている。

 誰かの名も、家紋も刻まれてはいない。

 ただ真っさらな石が、ここに何かがあったことだけを物語っていた。


 陽はすでに山の稜線へ傾き、木々の影が長く伸びている。

 風が一本、尾根を渡って吹き抜けるたびに、葉がかさりと鳴いた。

 静かな音だった。誰も言葉は発さなかったが、それぞれがこの場所に残された想いを、胸のうちで咀嚼していた。


 マナカがそっと目を閉じ、手を合わせる。

 続いて、他の仲間たちも自然と並ぶ。


 誰かが遺した祈りを、別の誰かが引き継ぎ、こうして形にする。

 きっとそれもまた、ひとつの冒険のかたちなのだろう。

 山の上に、ひとつの祈りが残った。

 あとはそれを、地上で待つ人に伝えに戻るだけだ。

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