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027.遺品

 丘には再び静けさが戻っていた。

 強化種を全て退けた今も、肌にまとわりつくような粘っこい気配はまだ完全には消えていない。

 強化種の臭いはしつこく、メンバーたちも思わず鼻を押さえていたが、レイに気を遣って顔をしかめつつも誰も何も言わなかった。それだけでも救いだった。

 早く帰宅して風呂に入りたいところではあったが、調査はまだ終わっていない。

 レイは再び墓のほうへと目を向けた。斜陽が伸びる影のなかで、大木の根元にある石碑が静かに沈黙している。

 そんな中で、最初に口を開いたのはマナカだった。


「もう一度調べましょう」


 彼女の目は墓標をまっすぐ見据えていた。

 その視線の奥には、自分だけが強化種と戦うことすらできずに助けられる弱者であったことへの負い目を払拭させる強い意志が滲んでいたかもしれない。


「そうだね。墓の周り、改めて確認してみよう。強化種がどこから来たかも気になるし、何か痕跡があるかもしれない」


 レイの言葉に他のメンバーも頷く。

 それから、レイは各メンバーに指示を出していった。


「ユメノちゃんは強化種が残っていないか警戒しておいてくれないかな?倒したからもう大丈夫だと思うけど、万が一は避けたいし」

「分かりました」

「エリナさんはここ以外に人の痕跡がないか、探索してもらってもいいですか?ノエル、リアイ、マナカちゃんは墓周辺を一緒に調査で」


 各々の適性を考えて、メンバーの役割を割り振っていく。

 頭脳労働よりも身体を動かすほうが得意なユメノには、警戒の任を任せることにした。

 冒険者の経験が豊富なエリナを探索させ、一番手掛かりのある可能性が高い墓標周辺に人数を配置した。


 メンバーたちはそれぞれの持ち場へ動き出す。

 ノエルは地図を見ながら地形を再確認し、リアイとマナカは改めて膝をついて、強化種の乱入によって調査を中断していた、墓標のすぐ横にある土へと目を向けた。


「ここ、やっぱりなんだか他と違うね」


 リアイが指差した先は、苔や草もなく、表面も一度土が均されていた。


「誰かが最近、掃除でもしていたのかな?デニスさんではないよね?もしデニスさんだったとしたら、雑草が生えていても可笑しくないくらい時間も経ってるし」


 リアイが呟いた声に、マナカが顔を上げて指摘をする。


「人が最近までここに来ていたということ、かな。それがアミールさんだったと」

「うん。その可能性は十分にありそう。こんな辺鄙なところ、来る人は限られていると思うし。でも、どうしてだろう?」


 彼女たちの背後から覗き込みながらレイも言葉を続けると、リアイも同じ考えだと頷いた。


 レイはここまでの情報を整理する。


 この丘は山間部でも辺鄙なところにあり、絶景とはいえ訪れるのは簡単ではない。

 ここにある墓はデニスの日記とも一致することから、デニスの妻のものであることは確定と考えていいだろう。


 そして、墓には比較的最近まで掃除されたような形跡があった。

 ここを掃除する動機がある一番の存在はデニスであったが、亡くなった年月を考慮すれば荒れ果てていても可笑しくはない。

 彼とは違う第三者がいると考えたほうが合理的だったから、話の辻褄は合う。


 レイたちと同じように小屋でデニスの日記を読み、墓に興味を持ってここまでやってきた。

 そして、何らかの理由で遭難した。

 だが、それを裏づける決定的な証拠はまだ見つかっていなかった。


 すると、少し離れた場所からノエルの声が飛んできた。

 ノエルはレイたちとは違って、別行動していたようだった。


「レイさんたち、こちらへ来てもらえますか」


 呼びかけの声に応じてノエルの元へと向かう。

 案内されたのは、墓標の大木からは少し距離のある、いくつか段差が続いている崖の傍だった。

 キャリアの身体能力があれば、ここから崖下までの昇り降りも、レイたちが登ってきたルートよりも危険は少なく、幾分負担も軽くなるかもしれない。

 しかし、ノエルが示したのは崖ではなかった。


「これは墓石?」


 レイが声を漏らすと、周囲の空気が一瞬、静まり返った。

 そこに横たわっていたのは、四角く整えられた白く滑らかな石材だった。

 自然の岩ではなく、誰かの削った跡がくっきりと残っていて、崖付近の岩石と比べると角は随分新しく、風雨に晒されてきた岩肌とは明らかに違っていた。


「恐らくこれを墓石として利用しようとしていたんじゃないでしょうか?」


 ノエルはその石材を立ち上げながらそう言うと、推論を続けた。


「第三者がこの丘に来るには、僕たちが通ってきたルートではなく、迂回するルートになると思います。それに、この丘まで重いものを運ぼうとすれば、ここを通ります。ここで何か作業をしていたのか、それとも石材をただ置いていただけかはまだ結論は出ないです。ただ、墓石の周囲の土が均されていたことを踏まえると、これを墓標にしようとしていたんじゃないかと考えています」

「ノエルは誰かが掃除して、墓石まで準備していた。それがアミールさんだったと考えているの?」


 リアイは弟の話をまとめるように尋ねた。

 ノエルはそうだと頷く。


「はい。誰のための墓石か、どうしてここにまたお墓を作ろうとまで思ったのかは、もう少し情報が欲しいですけどね」


 レイはしゃがみ込んで、石の表面をそっと指でなぞった。

 うっすらと刻まれかけた文字のような痕跡が見える。

 彫りかけの名か、それとも願いの言葉か。

 だが、掘り込みは浅くて文字は読み取れず、風化というより、作業が途中で止まってしまった印象を受けた。


「……アミールさんはなんでお墓を作ろうとしていたんだろう」


 レイの傍にしゃがみ込んだマナカは、静かにそう呟いた。

 すると、別で調査をお願いしていたエリナがレイたちの元へと戻ってきた。


「レイ、ちょっと来てくれるか?」


 普段のような軽さはなく、どこか神妙な声音だった。

 レイは頷いて、他のメンバーと共に移動する。

 斜面から更に奥に進んだ、灌木の生い茂る付近だった。

 そこを抜けると足場の悪い傾斜になっていて、そこには土がぬかるんだ小さな窪地があった。

 エリナはその中央で膝をつき、泥まみれのバッグを拾い上げた。


「……これは」


 レイはエリナからそれを受け取って呟く。

 差し出されたのは、土に塗れて原型から随分と崩れた登山用バッグだった。留め具は錆びて、布地は所々酷く傷んでいて色が抜け落ちていた。

 重量は軽い。

 留め具を外して蓋を開くと、じっとりとこもった土の匂いが鼻をついた。


「財布……小銭と、こっちは……」


 財布を開くと、紙幣や小銭、古びた診察券が一枚だけ残っていた。

 湿気を吸い続けていたのか、すっかり劣化していた。

 文字は滲んでいて判別が難しいが、かすれた姓の一部に「Ami」の文字が読み取れた。

 他にあったのは、擦り切れたメモ帳だった。

 安価なノート用紙で綴じられたもの。

 表紙は当然のように土まみれで、ページのほとんどは濡れたままくっついている。


「メモ帳だけど、これはもう内容までは分からないね」


 レイはそっとページをめくろうとするが、紙がくっついていて、無理矢理開こうとすれば、破れてしまいそうだった。

 しかし、誰も口にはしなかったが、診察券を見る限り、アミールのものと考えて間違いないだろう。


「このあたり、もう少し調べてみましょう。荷物が流されていたなら、他にも何か……」


 ノエルが視線を周囲へ巡らせて提案をする。

 一同は頷いて周囲の低木を中心に分担して、他に何か残されていないか調査を続ける。


「……これは?」


 しばらくすると、リアイが草の隙間から何かを拾い上げた。

 手にしていたのは、土まみれで刃こぼれした錆びたナイフだった。

 柄の部分には、小さく“AM”のイニシャルが刻まれている。


「ナイフか」


 レイが手を伸ばしてそれを受け取る。

 刃先は無惨に砕け、刀身には深い亀裂が走っていた。

 長く土に埋もれていたせいか、鉄は鈍く錆び、もはや凶器というより遺物のようだった。

 戦いの果てに折れたか、あるいは何かに深く突き立てたのか。

 さらにマナカが、近くの岩陰から細長い布の切れ端を拾い上げた。


「これ、服の……上着の袖口?」


 それは軽装上着によくある生地だった。

 布の端には引き裂かれたような裂け目があり、茶褐色に変色した染みが広がっていた。


「……ここで、アミールさんは襲われたんだ、きっと」


 その言葉に、誰も返す言葉を持たなかった。

 作業の途中に襲われてここまで逃げ落ちたのか、それともここで襲われたのか、そこまでは分からない。

 ただし、強化種に襲われてもアミールは最後まで抵抗したのだろう。

 斜面の上から吹き下ろした風が、誰の気配もない草むらをそっと撫でていった。

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