第85話 深夜の来訪・前編
「ソフィ様」
「ん……? ローズ」
暗がりの部屋の中、ローズの声で私は目が覚めた。またカーテンの向こうは薄暗く、日の出までだいぶ時間があるだろう。
深い眠りから無理やり覚醒したせいか頭がぼんやりして、妙に眠い。
「……どうしたのです?」
「部屋の前に第七、第八、第九王子が、負傷したとのことで助けを求めております」
「え?」
負傷という単語に、眠気が吹き飛んだ。
「かなり混乱しているようで、話をまとめると第七王子が毒矢を受けて倒れ、王宮医師たちの元に向かったのですが全員眠っており、治療が出来ないそうです。その上、第二王子の子飼いにしていた暗部が、第七王子たちを殺そうと城内を動き回っております」
「え、な──っ。それで、三人は?」
「部屋の前で待たせております。部屋に入る許可は、ソフィ様がお認めにならなければいけませんので」
そう。家守りや家事妖精の能力は建造物に関して適応される。部屋の扉や防御結界など、たとえ他国であろうと部屋の開閉権限はローズにあるのだ。
「わかったわ。すぐに部屋に入れてあげて。それとフェイ様やジェラルド兄様、母様の部屋の防御壁を強化してくれる」
「かしこまりました」
(ローズの話から察するに城内の警備も、その眠りによって無力化されている……?)
頭を振って気持ちを切り返る。まずは負傷した第七王子たちの手当てが先だ。
「アーちゃん、遅い時間だけれど手伝ってくれる?」
私は生け花に声をかける。
声が届いたようで、そこから緑のツタが大量に生えて人の形を成していく。若草色の肌をした美女の正体は樹木の精霊だ。
「はあ。眠い……わね。どうしたの、ソフィ? もしかしてあの子に夜這いでもされそうなの? 撃退なら──」
「フェイ様は夜這いなんかしません! 一緒に寝るのなら、そう言いに来ますもの。それに……私は嫌ではないです」
「ふーん。なんだか前よりも熱々ね♪ 今度媚薬とか贈る?」
「もう。からかわないでください」
頬を膨らませて睨むが、彼女は嬉しそうに私を抱きしめる。
頭を撫でながら「よしよし♪ソフィはいつも可愛いわね」と、ジェラルド兄様と同じような反応を示すのだ。同性でもちょっと照れくさい。
「それで、私を呼んだってことは怪我人?」
「はい。毒で負傷した人がいるので、解毒をお願いします」
「もちろん──って言いたいところだけど、ディーネにも声をかけて置いたら? この辺は水場が多いから、あの子の方がそういうのは得意だろうし……それに」
「それに?」
「ソフィに会いたがっていたもの」
「そうよ! 全然、呼んでくれないんだもの。私、ぷんすかしているのよ」
「ディーネ!」
音もなく姿を見せたのは、人魚の姿で浮遊する水の大精霊だ。六大精霊の一角を担う水を司る精霊である。滑らかなウェーブかかった髪はいつ見ても綺麗だった。外見は私の年齢に合わせて変えてくれるので、今は十七、八歳の美女として視認できる。
実はディーネとは八歳の頃、夢の中で出会ったのだ。「私が十七、八歳になるまではディーネと友達になったことを秘密にする」という約束を交わしたのも、その時だった。いつか私を守るために力を蓄えたいと言ってくれたのだ。
だから誰にも言っていない。それにいつも会うのは夢の中だけ。
ディーネ曰く「ここなら、安全だから」という。その意味を理解したのは父様から『原初の魔女』のことを聞いた時だ。精霊や妖精たちはたぶん、何か知っている。
けれど言えない。言ってしまったら、何かが起こると確信しているのだろう。
「ディーネ。会えて嬉しい」
「私もよ、ソフィーリア。約束してから全然呼んでくれないのだもの」
「ごめんなさい」
「ギュッてさせてくれたら許してあげる」
ディーネに抱き着くと、彼女の不機嫌さはすぐに収まった。
「ああん。やっぱりソフィーリアは柔らかくて、温かくて、いい子ね♪」
「──って、和んでいる場合じゃなかった! ディーネ、力を貸してくれる?」
「もちろん、だから現れたのよ」
心強い声に、私は少しだけ緊張がとけた。すぐ向かおうとしたら、二人に身支度を整えるように叱られてしまった。
顔を洗って動きやすいドレスに着替えると、寝室を出て隣の客間に移る。
四人掛けのソファには第七王子のセイエン様、その傍に第八王子ソウハ様、第九王子ライハ様も付いていた。ソウハ様とライハ様は、刃物で切られたような痕があったが、どれも致命傷ではないようだ。それで少しだけ安心する。
「ソウハ様とライハ様は、ドライアードに任せても?いい?」
「わかったわ」
「兄様、治る?」
「兄様……助けて」
「出来るだけの事をやってみる。だから、二人は少し休んでいて」
「わかった」
「うん」
二人は小さく頷くと、そのまま意識を手放した。ずっと気を張っていたのが途切れたのだろう。アーちゃんに頼んで私のベッドを使うように頼んだ。
問題は第七王子のセイエン様の解毒である。
「ぐっ……」
左腕に受けた傷口はすでに黒紫色に変色している。毒だというのは分かるが、単なる毒ではこうはならない。
今は痛みで気を失っているようだ。体中に噴き出す汗も尋常ではない。
最初にアーちゃんが痛みを緩和して、毒の拡散を抑える。上着が邪魔だとディーネは上半身の服を剥いだ。王族に対して不敬かもしれないが、人命救助優先だと割り切る。外傷は矢で受けた傷口だけのようだ。
(これなら腕まくりするだけで、良かったような?)
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