第105話 ハート皇国の行く末・前編
大司教が到着する前まで時間は遡る。
「我が主様、向かっているのは恐らく教会の人間でしょう」
テオは馬車が来る方角を睨みながら告げた。
それを聞いて私はアレクシス殿下とその部下数名を呼んで、急遽作戦会議をする。
「教会? ああ、『聖教会』だな」
聖教会。ダイヤ王国には存在していないが、ハート皇国ではひと昔前から新興宗教として設立されたらしい。
(そういえば、エル様が昔話してくれたっけ……)
【え、うちの国? うーん。大きく分けて三つの組織形態がバランスを取っているんだ。聖女の信仰者である『聖教会』、大地と共に生きる『古き魔女』、最後に国の全体の秩序を守る『魔法ギルド』だよ。僕は魔法ギルドに所属している】
【聖女の信仰者……】
【あー、一番厄介な信仰団体かな。三十年以上前だったか闇取引で人身売買を行って怪しげな儀式をしていたとか、魔法ギルドが討伐してからはだいぶ大人しくなったって聞くかな。ハート皇国の方でも聖女信仰を普及させているとか言っていたけれど……】
(普及させていると聞いていたのは、私が十二歳のころ……)
「聖女信仰が盛んで、聖女に祈りを捧げるだけではなく、金銭や宝石などを貢ぐ。それによって聖女及び聖職者たちが奇跡を使って、魔物や瘴気を払っている」
(聖女の奇跡で瘴気を払う? そんなことが? ……でもハート皇国が救われたから、四カ国会議で、聖女の言葉を鵜呑みにした……?)
「──魔物や瘴気が蔓延しているからこそ、民衆や貴族の寄付金も多く、聖教会の恩恵に縋る者がほとんどだと聞く」
「その理念は『美しい』、『素晴らしい考えだ』と、国民に認めさせることによって貴族や市民に流行させ浸透させていく形で、権力を皇族より大きくしていったんですね」
「……そうだ」
そうやって市民や貴族たちに広めて、皇帝の権威をじりじりと削り、自分たちの権力を蓄えていった。
本来の目的を二の次にして、私利私欲に走ったのが今の教会の全貌なのだろう。
「我が君。素晴らしい洞察力と理解の早さ。ああ、そんな我が君にお仕え出来て、私はとてもとても幸せです」
「テオ、大げさだから一旦落ち着こうね」
「はい、我が君。私が仕えるに値する唯一の方」
(は、反応に困る……。どうすればいいのかしら……)
テオが尻尾を振っているように見えたのは、気のせいだろうか。狼の姿なら頭を撫でられるけれど、人の姿ではさすがに恥ずかしい。というか怒られるかもしれない。色々考えた結果、とりあえず話を進めることにした。
「私の国、ダイヤ王国では基本的に妖精や精霊が見えるから信仰というより、共存ね。目に見えていないのなら、偶像崇拝するのは別にいい。ただその理念を捻じ曲げて自分たちの都合のいいようにするのは、見逃せないわ」
「俺も同じだ。……しかし教会の不正や悪事を明るみにするには、時間と証拠がない。それにそう簡単には民衆は納得しないだろうし、利益を得ている一部の貴族たちも、このことが明るみになるのは嬉しくないだろう」
アレクシス殿下の考えは、分からなくもない。教会の力を内部から削ぎつつ、民衆の意識改革を行うのが一番いい。だが魔物や瘴気が迫る中、そんな流暢なことを言っている段階は遥か昔に過ぎている。
「聖女を神聖化するのは、別にどうでもいい」
「テオ」
「私たち精霊が怒っているのは、もっと別次元の話です。……いいですか亜人、精霊の恩恵を忘れ、歴代の聖女──いえ正式には歌姫を別空間に閉じ込め、私たち最高位精霊をこの国に留めるように貶めたのは、教会の連中ですからね」
「なんだと!?」
「空間に閉じ込めた……? 歴代の聖女? 正式名称が歌姫?」
隔絶した空間に閉じ込める。
それをつい最近、私は実際に体験したばかりだ。そもそも精霊を封じることが、常人にできる訳がない。それこそ魔導具のような──。
そこである人物に行き着く。
「『原初の魔女』が……絡んでいる」
私は弾かれたかのようにテオへと視線を向ける。彼は小さく頷いた。
「あの魔女──アレはダイヤ王国に、とてもご執心でしたからね。それこそ数百年の時間をかけて果たしたい願いがあるようです」
(私の前に現れた魔女は、ダイヤ王国に復讐しようとしていた? ううん、違う。あの時、彼女は私に手を伸ばしていた。私を逃したくなくて……でも、どうして? 本当に私に復讐するのが目的?)
なぜだか想像していた『原初の魔女』と、実際に会った彼女に、違和感を覚えた。
少なくとも私に対して、なにか求めるような──殺意とは違った思いがあったように感じた。
「我が主人。私の光魔法でしたら、大司教の記憶を映像化することも可能です。それを利用してハート皇国全員に、その光景を見せるのはいかがでしょう」
「え。そんなことできるの?」
「な!?」
「現在、教会は光の精霊の眷族を隷属化していました。──が、私の復活したことで、隷属化を解除する権限もありますし、この国で魔法を使えないようにすることは可能です。民衆は混乱するでしょう。さらに瘴気や魔物が押し寄せる今、寄る辺を失った者たちに、我が主人と、そこの皇族が一緒に降臨し、古来の伝統に則り『花唄祭』を行えばよいのです」
自作自演で、聖女の真似事をする──という事なのだろうか。そう思いつつ聞きなれない単語があったので、アレクシス殿下に視線を向ける。
「花唄祭? アレクシス殿下はご存じですか?」
「ん、いや……」
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