第104話 大精霊の怒り
暫くして、こちらに近づく馬車が見えてきた。
どう見ても後方支援や物資を運んできたのではない。なにせ豪華絢爛な装飾に、百合のエンブレムの入った御旗が目に付く馬車で、物資など詰め込んだように見えないのだ。あまりにも戦場とかけ離れた王侯貴族が乗る馬車。4頭立ての4輪大型馬車から下りてきたのは、恰幅の良い男と付き人だった。
二人とも法衣と呼ばれる聖職者の衣服を着こなして、あたかも聖なるものを信仰しているように見えるが、その顔つきは下卑た笑みを浮かべていた。信仰とはもっとも無縁の立ち位置にいる気がする。
テオの感知能力から「聖教会の使者が来る」とわかっていたので、私は着替えを済ませていた。白のドレス姿で、ベールで顔を隠している。ちなみにこれはアレクシス殿下の提案だった。
(確かにダイヤ王国の次期女王が聖女とか言われ出したら、聖女を巡って国家間の争いになりかねないものね。……というか私が聖女って、何が起こるか分からないものね)
私は毅然とした態度で、彼らを見返した。
咲き誇る白い花畑も相まって聖女らしくみえるだろう。きっと、多分。
それにしても教会の使者が現れた瞬間、精霊たちは肌に突き刺すような敵意を向ける。もう少しだけ抑えてほしいと思ったが、窘めている時間はない。
(精霊たちの空気に気づかれなければ、良いのだけれど)
「おお! 予言通り、この国を救う乙女が舞い降りたのだな。これは奇跡しかありえません!」
(予言? ということは本来なら聖女アリサがここに来るはずだった?)
「大司教!? なぜ貴殿がここに!」
傷の手当てを受けていたアレクシス殿下が、騒ぎを聞きつけて姿を見せる。ドライアードの治癒で、怪我もだいぶ回復しているようだ。
打ち合わせ通りだ。
(昔に比べて、しっかり演技ができている……成長していてよかった!)
「おや、アレクシス殿下ですか」
「なぜ貴殿がここに居るのか、その問いに答えてもらおうか」
「これは異なことを。この国の窮地に舞い降りた聖女をお迎えに上がったのです。そうこれは、皇族ではなく我ら聖女信仰、聖教会の役割ですからね!」
大仰にもっともらしい言葉の羅列を並べる男は、さらに言葉を続けた。
「聖女、さあ我らと共にこの地に祝福を」
「黙れ、異教徒ども」
「な──っ!」
(テオ……! まだもう少しだけ殺気を抑えて……!)
地獄の底から噴き出すような殺意が、大司教とその付き人に向ける。私の傍にいたテオの殺気は凄まじく、周囲に咲き誇った花が怯えるように震えていた。
「テオ、落ち着きなさい」
「しかし、聖女様。あの者たちがこの地に来なければ、いえ信仰を歪めなければ、精霊も妖精もまだ亜人たちを信じようと思っていたのです。聖教会こそハート皇国を腐らせた元凶なのですから」
「なにを……っ」
テオの言葉に飲まれた大司教は、声を震わせて応戦する。まだ挑もうとする蛮勇に驚きと呆れが表情に出そうだった。
(危ない、危ない。ベールがあるとはいえ、ここは静観してないと)
「心当たりがあるでしょう? 偽の大司教殿」
「我が協会は上位精霊の代行者であるぞ! 法衣を纏っただけの青二才が生意気な」
「上位精霊、か。大精霊ではないのですね。では大精霊が、お前の行いを判定しましょう」
テオが手を翳した瞬間、光が周囲に集まる。
「ひいっ!? ば、ばかな!」
(すごい魔力量。さすが六大精霊の一角だわ)
「光乃真実」
瞬間、大司教の頭上に光の板が浮かび上がった。次いでその光がある映像を映し出す。それは彼の半生の記録。つまりテオは記憶の映像化を行ったのだ。
「な、な、なんだ、これは!?」
(記憶の具現化ができるなんて、さすがは光の精霊……)
精霊が相手を罰する際に行う判定基準であり善行と悪行によって、執行猶予が出ることもある。だが──この大司教が行ったことは、光の精霊たちの隷属化だった。
精霊を魔導具で無理やり操り、亜人たちの寄付金は自分たちで着服。クローバー魔法国上層部とスペード夜王国の一部の王族が結託して、奴隷売買を行っていた。
善行どこか真っ黒な悪逆非道の限りが尽くされている。
(なんて酷いことを……。精霊たちをなんだと思っているの!?)
「見るまでもありませんでしたね。ですがお前の死が名誉であったなどと、歴史に残さぬためにも、この記録はハート皇国全ての者に公開しておきました」
「なっ、はははは! そんなことできるわけ──ん、公開した、だと!?」
「そうだ。ああ、言い忘れていたが、私は六大精霊の一角を担う光の大精霊テオだ。最後に覚えておくことを許して差し上げましょう」
「──つ、な」
膨れ上がる白銀の光が空を覆う。神々しい煌めきとその圧倒的な魔力量に大司教は目を見開き震え上がった。今まで自分が何に向かって言葉を吐いたのか、遅まきながらも気づいたのだろう。
だが後悔してもすでに遅い。
妖精は楽しいことが大好きで、結構いい加減だ。けれど精霊は「是」か「非」の二択で軽々と人の死をもたらす。非常にシンプルな彼らは恩には恩を、仇には仇を返す。過激な子が多い。そして大司教は言葉が過ぎた。
(いや、妖精も結構物騒だったかも)
「ま、ま、待ってくれ、いや待ってください! これは何かの間違い、そう間違いなのです。私は枢機卿たちに脅されて、仕方がなく──」
「ご安心を。枢機卿も含めお前たちの蛮行を白日の下に晒すのですから」
「ひっ!」
「よくも我が眷族たちを好き勝手してくれたものです。死を持って贖いなさい」
テオが指を鳴らした瞬間、無数に浮かぶ光の刃が大司教に降り注ぎ──惨殺した。
「ぎゃああああああああああ!」
「殺したのは一瞬でしたが、お前の感覚を研ぎ澄まし、時間間隔を狂わせるようにしておきましたよ」
「あああああああああ」
「肉体が腐り、白骨となり、魂が摩耗し、この世界から消え去るその日まで、痛みに喘ぎ苦しむと良い」
「ああああああ」
「我らに手を出したことを、せいぜい後悔してくださいね」
「ひ、ひぃい! 大司教様!? ああああああああああああ!」
(少しでも善行を積んだ人だったら、なんとかなったけれど……。さすがにアレは庇いきれないわ)
白銀の長い髪が揺れ、表情がないテオは非情に見える。そういう部分は精霊らしいといえばらしいのだが、ふと私と目が合うと一瞬にして口元が緩む。数秒前とは別人である。誰でしょう。
「我が君。途中で口調を変えるなど私なりに演技にアレンジを加えてみたのですが、お気に召したでしょうか!?」
「(めちゃくちゃ尻尾振っているのが見える! 人の姿をしつつも尻尾だけ生やすって器用なのかしら?)……え、あ、うん。思った以上にテオの力が凄くて驚いたわ」
「お褒めの言葉を頂き恐縮です!」
演技。
そうこれは私とアレクシス殿下たちが話し合って決めた筋書きである。
話は馬車が到着する少し前──。
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