第103話 帰りたい思いを胸に
それから騎士たちは慌ただしく野営の準備と負傷者の手当てを行い、手が空いている者は食事の準備を始めていた。もっとも遠征の彼らの食料は干し肉や木の実などで、水は魔導具を利用しているようだが、残りも少ないという声が聞こえてきた。
(遠征なのに物資が少なすぎる。後方支援は機能しているの? それに食料はダイヤ王国が定期的に提供しているのに、変ね……。アレクシス殿下は次期皇帝なのに、護衛の兵はもちろん、軍の母体数がそもそもそんなに多くない。どうして? そういえば昔、お父様が何か言っていたような?)
私が『箱庭』から出たことを知った妖精たちは心配してくれたようで、わらわらと集まってくる。
『ソフィーー!!』
『いたぁあ!』
『探したのぅ』
(みんなに心配させてしまったのね)
騎士たちが慌ただしい中、私は少し離れた花畑の中に座っている。
正確にはテオが用意した絨毯の上で、熱々の紅茶を一人嗜んでいる。
(やっと一息ついた……!)
「すうすう」
膝の上ですやすやと眠っている黒猫のフェイ様の頭を撫でた。テオの話だと、少し無理をして、力を使い切ってしまった反動らしい。
(吸血鬼の力を引き出していたから? ううん、外に出る道を作るまでの準備も大変だったわよね)
目が覚めたらたくさん「ありがとう」を言って、労って、お話がしたい。
少しだけ身動ぎして、私の腕を抱きしめるようにする姿は可愛いすぎる。
(こんな状況だけど、可愛い。すっごく癒される。抱きつきたい!)
今の私にとって癒しであり、彼フェイ様との繋がりを強く感じる。一瞬だけどフェイ様と姿が入れ替わったからだろうか。だからこそ手紙に書かれたことが事実で、私の中に未だ残る鮮明な記憶は、作り物だと否定できる。それに妖精たちは嘘がつけない。
本当にじい様──妖精王オーレ・ルゲイエが私を追っているのなら、妖精たちはもちろん精霊であるテオが私に力を貸してくれるわけがないのだ。
一つずつ事実を確認していく。
いつ割れるか分からない氷の上を歩いているような感覚が抜けきれない。本当は怖くて、たまらないのだけれど、それでも落ち着いていられるのは、フェイ様がいるから。
ふと白い花に混じって、緑の苔と共に一本の若葉が急速に成長する。
「ドライアード」
「ソフィ! 心配したんだから!」
「ごめんなさい」
司祭服姿の人の姿になったドライアードは、私に抱きつく。傍でテオが「ずるい」と言って抱きついて来た。うん、小さな妖精さんたちとは違って、二人は遠慮がない。ぎゅうぎゅうに抱きしめてくるのだから。でもそれが嬉しくもある。
「ねぇ、ドライアード。アレクシス殿下たちの治療をお願いできる?」
「もう! 本当にソフィは相変わらず、お人好しなんだから! ……あまり気が進まないけれど、わかったわ」
(うーん、心優しいドライアードがここまで亜人を嫌うなんて……やっぱり根が深そう……)
枝を伸ばして、分身体に治癒に行かせたようだ。ドライアードは、しばらく私に引っ付いているつもりのようだ。テオは途中から狼の姿に戻って、私の傍に寝そべる。
「我が主人……」
(うう……これだと離れてと言いづらい。策士だ)
白銀のモフモフ具合に心が揺らぎ、ちょっと、結構、撫でてしまった。だって可愛いのだもの。「至福」とテオはグデングデンになってお腹まで見せていた。
(……光の大精霊なのだけれど、自由なのね。まあ、じい様も普段はフワフワしているし、今更かも)
私は妖精さんたちと情報のすり合わせをする。その情報を元に、上書きされた記憶と事実確認を進めた。
大きく変わっていたのは、私がスペード夜王国に旅行をしていたことだ。旅行の記憶がすっぽりと抜けていたものの、キッカケ一つで会ったことを思い出せた。
(フェイ様とキャラバンを見て回った記憶が無くならなくてよかった!)
それ以外の出来事は、時間跳躍中での記憶を弄られたのだということがわかった。もしかしたらこのために何度も時間跳躍を体感させたのかもしれない。
聖女アリサはクローバー魔法国に連行されており、フェイ様の婚約者は私のまま。
偽りの記憶:聖女アリサが次期女王×→オーレ・ルゲイエが王族の殺害を命じた×→フェイ様との婚約破棄×
(全部が嘘だけれど時間跳躍での時間軸では、似たようなことはあった)
「我が主人」
『オーレ・ルゲイエも心配していた』
『みんな心配したの』
私の存在がこの世界から消えたことで、妖精や精霊は上へ下への大騒ぎだったとか。
ふとそこで私は自分の両親やジェラルド兄様の性格を思い返す。
「まさかだけれど、父様たちは──」
『せんそーの準備もばっちりだって言っていた!』
「戦争!?」
『みんな、ダイヤ王国全員、ぷんぷんだった』
(ひい……)
私の失踪は、スペード夜王国との友好関係を崩壊させるに等しい出来事だったようだ。よく考えれば、自国の次期女王を妖精が感知できないのは異常といえる。それに対してスペード夜王国は「知らない」の一点張りだったのだから、不信感は高まっただろう。
(私としては多少国の利益を売ってでも平穏の道を模索していたのに、一気に遠のいたわね)
今までの苦労は何だったのだろうか──と落ち込むものの、みんなが心配してくれたことが嬉しかった。やっぱりダイヤ王国に帰りたい。出来るだけ早く。
「その……フェイ様は、どうしているの?」
『え』
『あ』
そう妖精に告げた瞬間、私の膝の上で寝ている猫に視線を向けた。確かに彼の半身と言っていたのだけれど、半身なら本体が居るはずだ。
妖精たちは妙にそわそわしている。
なにか隠しているようだが、なんだろう。
黒猫は寝ぼけているようで私の腕に擦り寄り、尻尾を腕に巻き付かせている。無意識なのかもしれないが、可愛らしくてしょうがない。そっと撫でたら心なしか満足そうだ。
「我が主人。その猫こそ、貴女様の婚約者そのものでございますよ」
「え」
すやすやと眠っている愛らしい黒猫に視線を向けた。頭を撫でると心地よさそうにしている姿は、どう見てもフェイ様と結びつかない。
ふと、唇が触れた時にフェイ様の姿になったことを思い出す。
「いやでも……」
「隔絶された空間に割り込むにあたり、繋がりの強い貴女様の婚約者が名乗りを上げたのですが、何分人一人の大きさの道を作ることは難しく……」
「だから猫の姿に」
「ええ、その通りでございます」
「私のために……。でも、それならどうしてフェイ様は人の姿に戻らないの?」
「一時的なものならまだしも、この魔法を解けるのは、かけた本人である妖精王だけかと存じます」
「そんな……」
危険なことをしてまで私を迎えに来てくれたことが嬉しくて、早くフェイ様を元に戻してあげたい。
いつものように、私の名前を呼んで欲しい。抱きしめて、私も抱きしめたい。
ちゃんと貴方の元に帰ってきたと言いたい。
「やっぱりダイヤ王国に早く戻りたいわ」
「ええ、そうですとも。こんな土地さっさと離れるに越したことはありません」
(本当にテオはこの国が嫌いなのね。……この地に縛られていたと言っていたけれど、いったい何があったのか聞いておいたほうがいいわね)
狼姿のテオと目が合うと、それだけで嬉しそうに尻尾を振っている。妖精や精霊に好かれることが多いけれど、その中でもテオから向けられる感情は「親愛」とか「好意」的なのを通り越して、もはや「崇拝」に近い。
「ところで、テオは──」
「我が主人。どうやら招かれざる客が来たようです」
「え!? まだアレクシス殿下に、この国の現状を聞いてないのに!?」
「……面倒ですね、灰にしますか?」
「え、ちょ、結論が可笑しいわ」
「申し訳ありません。つい」
「ついって……。まあいいわ。アレクシス殿下、相談があるのだけれど!」
「どうした姫さん?」
誰が来るのかをテオから聞いた後で、私の方針は固まった。
あとはこの作戦をアレクシス殿下が受け入れるかどうかだ。
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