第102話 繋がった元凶と打開策
アレクシス殿下に、テオの声が聞こえたのだろう。明らかに顔色が変わり、眉が吊り上がって私たちを睨んだ。さすがは亜人、人間の聴覚とは違う。
「私は我が主人を傷付ける者などに容赦はしません。あの悲劇を遠くから眺める日々はもう終わっているのですから」
(それって……)
テオは微笑んでいるが、その目は憤怒に燃えており背筋が凍るほどに恐ろしい。
そして本気だ。先ほどの言葉に偽りはない。私の言葉一つで本当に滅ぼす気だ。
(なにより今の会話で、テオは私の時間跳躍のことも気づいている風だった。そのことでハート皇国に悪感情を持っているとしても……それ以外にも彼らに対して何か溝がある?)
この地で何があったのかはわからないが、彼は亜人たちを──この国の人たちを嫌っている。いや見限っていると言っていいだろう。
(精霊は妖精と違って約束事に関してストイックな上に、融通が利かない。……そして恐らくハート皇国の人たちは、精霊たちとの約束を破ったのだわ。だから彼らは、この地に恩恵を与えることを辞めた)
それゆえの不作。それゆえの食料不足。
点と点が繋がった。
ハート皇国は四季のある珍しい国だから、不作があっても気候の影響が強いと思っていた。それに亜人族に魔力はなく、魔法の類はもちろん妖精や精霊たちを見ることはない。代わりにその肉体の頑強さと、戦闘力は人間の数倍と聞く。
(これ以上、深く関わればダイヤ王国への帰途は遅くなる。けれど……)
「姫さん。いや、ダイヤ王国次期女王ソフィーリア殿下」
アレクシス殿下の声に、私は思考の檻から弾かれたかのように現実に引き戻された。考え込んでいたのは、ほんの数秒ほどだっただろう。声の方に視線を向けると、負傷した兵士たちとアレクシス殿下が片膝を付いて私を見つめていた。
「此度は、我が軍の窮地を救ってくれたことに感謝する。なぜ空から貴女が現れたのか──言及するつもりはない。だが、もし、この瘴気の原因を知っているのなら、教えてもらえないだろうか」
アレクシス殿下はいつかのように「力を貸してほしい」とは言わなかった。
私とテオの話を聞いていながらも、彼は感謝を口にして、手がかりだけでもと言葉を選んだのだ。
次期皇帝としての立場から言えば、是が非でも現状を打開したいと考えるだろう。今までの──民を第一に考え、国を想う彼なら力を貸して欲しいと言っていた。
「下手に出て、我が主人から情けを持つ魂胆か。お前たち亜人族はいつまで──」
「テオ。人も亜人も余裕がないと、視野が狭くなってしまうの。アレクシス殿下が生まれる前から、余裕のない状態が続いていたのなら、今変えなければまた繰り返すわ」
「ソフィーリア」
「それに、ここに来てるのは、王女である今だけだもの。今私が手に届く中で、なにかを変えられるのならより良いみたいにしたいわ」
ハート皇国の内情を知る事で、今後国家間での摩擦を避けるためにも、他国を知ることから始めよう。それが今回の目的だったのだ。
テオはすぐさま片膝を突いて、私の頭を下げた。
「我が主人。出過ぎた真似を致しました。我の眷族は長年、この国に縛られておりました。それゆえに有事の際に、はせ参じることも出来ず、申し訳ありませんでした」
「有事……。ううん、いいのよ。それより傅くのはやめて」
「はい……。そういうところも初代様と変わりませんね」
「そう?」
変な話だが、ダイヤ王国は王族でありながら公の場や来賓、式典諸々の立場ある状況以外において傅かれるのに慣れていない。
なによりダイヤ王国にとって妖精や精霊は仲の良い隣人のようなものなので、テオの所作にどうしても私は困ってしまう。
「我が主人は、なんとお優しいのか」
少し私への扱いが他の精霊たちと違うので、反応に困ってしまう。
「ええっと、テオ。この辺一帯は安全?」
「ええ、もちろんです。我が主人と、その腕に抱いている方に無礼を働こうとすれば、一瞬で消し炭にいたします」
(それってつまり私とフェイ様以外の安全は保障されてないってこと……?)
テオに訴えるような視線を送ったが、ものすごい笑顔で返された。
本気だ。たぶん、何を言っても今の彼は亜人たちを守る気はないのだろう。ならば言い方を変えるしかない。
「テオ、半径一キロ圏内に何か近づいたら私に教えてくれるかしら?」
「承知しました。全身全霊をかけて全うさせていただきます」
「え、あ……はい。宜しくお願い致します」
「なんて謙虚で、素晴らしいのでしょう! ふぐっ……ようやくお会いできて、嬉しいですっ」
軽く頭を下げただけなのだが、テオは感動のあまり咽び泣き始めてしまったので、とりあえず放置することにした。それよりも一部始終を見守ってくれていたアレクシス殿下にやっと話ができる。
「アレクシス殿下。ひとまずこの周辺の安全は確保できそうなので、休息と情報交換をしたいのですが、構いませんか?」
「おう、そうしてくれるとこちらも助かる」
アレクシス殿下は肩の力を抜いて、少しだけ安堵した。
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