第101話 六大精霊の一角、光の精霊との契約
それでなくとも周りは喧々諤々、兵士たちの悲鳴と怒号。
ラットの鳴き声と騒音が凄まじいのだ。けれど、この状況をなんとかできるのなら名付けるのも吝かではない。
(それにしても、こんな状況かで名前……名前……)
私は白銀の狼の瞳をじっと見つめる。見た目の印象と雰囲気は大事だ。白銀色のもふもふの毛並み、神々しい狼。太陽の光とは異なるけれども、優しく包み込むような月光の煌めき。名を付けるとするなら──。
「神様の贈物というのはどうかしら」
リゴン、リゴン──。
祝福の鐘が空から降り注ぎ、白銀の毛並みがより輝きを増した。月桂樹の王冠が浮遊し、背から三対六翼を生じる。
『テオ! ああ……数百年ぶりの名! そして長年待ち続けた我が主になれた喜び! 嬉しくて胸がいっぱいです。幸せで死にそうです』
(すごく大げさな子だわ。でも、なんて美しいのかしら)
『それでは我が主に、私の有能さをお見せしましょう』
翼を羽ばたかせただけで周囲のラビットが引き飛び、白銀の狼自身が真昼よりも明るく輝いた瞬間──周囲の魔物を全て消し炭にしてしまう。
それだけでも驚嘆に値するのに、光が収まると、荒れ果て岩のような大地に白伊吹の花が咲き誇った。
(や、やり過ぎでは……)
「き、奇跡だ!」
「まさか……こんなことが……」
「命拾いした」
「こんな奇跡が起こせるなんて……もしかして……」
「ああ、このお方こそ我らの求めていた聖女様に違いない」
(なんか不穏当な単語が聞こえたような──)
白亜の花はラットたちの数を上回り、彼らを養分にして花が広がっていく。
ぶわっ、と分厚い雲を払いのけるように上空で突風が巻き起こった。
「(次から次へと──っ、吹き飛ばされる!)きゃっ」
自分の体が枯葉のように浮き上がる。必死に白銀の狼──テオのもふもふの毛並みに引っ付いていたのだが、気づけば誰かに抱きしめられている。
(え? 誰に?)
恐る恐る目を開けると、真っ白い神官の服を着た白髪の偉丈夫に抱きしめられているではないか。
金色の瞳がぶつかり合う。
誰だろう、この偉丈夫は。
「ああ、主。ずっとこの日を、お待ち申し上げておりました」
「(笑顔が眩しい)ええっと……どちら様でしょうか?」
「え。いやいや、……主様。私です、私」
ものすごく動揺して今にも泣きそうな顔をしているが、全く心当たりがない。精霊たちも人の姿になれることはあるが、ここまで完璧に人の姿で現れる事なんて出来ない──はず。
「先ほど名を頂いた光の精霊でございます」
「テオ。………………ええ!? もふもふはどこに?」
「そこを気にされるのですか」
「もふもふは重要よ。私の癒しになるもの。──じゃなくて、あなた実体がある人の姿になれるの?」
温もりも肌の感触も人と大差ない。家事妖精のローズも人と変わらないが、基本的に建造物や作り物の中という限定条件がある。それにここはダイヤ王国とは違う。
精霊が人の姿になるためには色々と条件があるのだが、テオにはそれがないように感じられたのだ。
「ああ、なるほど。私は六大精霊の一角、光の最高位精霊ですので、主様との契約があればこの程度造作もないのですよ」
「そ、そうなの。すごいわ」
テオはそっと抱きしめていた腕を離してくれた。
長身の彼は膝を付いて私を見上げる。騎士のように忠誠を誓うつもりだろう。妖精王オーレ・ルゲイエ並みに人間社会での造詣が深そうだ。
「我が主人、ご命令を」
「め、命令って……急に言われましても」
国に、帰りたい。
真っ先に浮かんだのは、たった一つだ。ダイヤ王国に帰って両親や兄、フェイ様に抱きしめてもらい。ちゃんと私は帰ってきたのだと実感したい。怒涛の展開に脳の処理速度は既に停止しているせいか短絡的な考えになってしまう。
疲れてしまった体に、弱っている心が求めているのはたった一人。何もかも放り投げてしまいたい程に、フェイ様に会いたい。言葉を交わして、抱きしめてほしい。
(今、ハート皇国の現状を無視して帰ったとしても、他にもいろんな問題を全部放り投げて逃げて帰っても、誰も私を責めない。優しく抱きしめてくれる)
「我が主、この周辺の瘴気は祓いました。これで亜人たちへ最低限の義理は果たしたのでは?」
「テオ……」
彼は私の憂いに敏感に察したようだ。もっとも精霊なら、じい様──オーレ・ルゲイエと同じように、私の状況も知っているのだろう。
帰りたい。
もうゆっくり休みたい。でも──。
「根本を何とかしようとしなければ、数年後にはまた同じように瘴気で満ちるでしょう。だからといってダイヤ王国の者たち、我が主人が責を負う必要はありません。ここは他国。自ら滅ぶ道を選択してきた愚か者など、捨てておきましょう」
その発言に周囲の亜人の騎士たちは動揺が広がった。いや困惑が近いだろう。テオの言いたいことは分かるし、筋も通っている。
それでも私は決断できずにいた。
「でも……」
「なにご心配はいりません。侵略しようと愚かなことを考える輩は皆殺しにしますから」
「テオ、貴方っ……」
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