第100話 アレクシス殿下との再会
「きっ、ああああああああああああああああああああ」
光に包まれ、次の瞬間。
私は空から見知らぬ大地へと放り出され──落下する。
曇天の空、視界の悪い漆黒の霧、硬い大地。
慟哭と流血。
爆音と剣戟──戦場!?
どうみてもダイヤ王国ではない。なら、ここはどこ?
「あれは──ソフィ、ソフィーリア=ラウンドルフ・フランシス!? ダイヤ王国の次期女王じゃないか?」
「なんで、姫さんが……」
(この声って……)
ふと聞き覚えのある声。
金属がぶつかり合う音に、怒号に悲鳴に咆哮のする戦場の真っ只中に落下した。フェイ様をギュッと抱きしめ、痛みを覚悟する。
(……って、痛くない?)
硬い大地と衝突しなかったのは、巨大なクッションが私を受け止めたからだ。よく見ると白銀の毛色はあの大きな白銀の狼のものだ。
もふもふした体に包まれて、傷一つない。
私の腕の中にいる黒猫も無事だ。
(よかった。……というかこの状況で眠っていられるなんて、さすがはフェイ様の半身だわ)
『我が君、ご無事ですか?』
「!」
頭に直接声が響く。すぐに、この声が狼のものだとわかった。妖精じゃない……この感じは──。
「ええ、あなたのおかげよ。ありがとう」
『主が私にお礼を……。ああ、なんというもったいないお言葉……』
「お、大げさよ」
感動して酔いしれているのは良いとして、なぜこの殺気溢れる戦場に精霊がいるのかを問いただしたかった。だが、そんな悠長なことを言っている暇はない。
──キィイイイ!
漆黒の化け物──巨大なウサギの魔物が、私たち目掛けて真っ直ぐに襲い掛かる。白銀の狼が動く前に、何者かが私の真横を通り過ぎた。
「!?」
「はああああああ!」
(あれって……)
それは烈風のごとき速度で私の横を通り過ぎ、目の前に迫った化け物たちを剣一本で蹴散らした。緋色の長い髪、頭には獅子の耳があり、軍服に身を包んだ男はすぐさま兵たちに指示を出し、化け物たちを殲滅していく。
緋色の髪、獅子の耳、整った顔立ち、軍服の上に鎧とマント、二刀の刃。その者の名は、ハート皇国次期皇帝アレクシス=フローレス・フォン・エドワーズ。
(アレクシス殿下!? なんで!)
「右翼は前に出過ぎるな。左翼は迎撃しながら、非戦闘員と姫さんを連れて撤退しろ。後方弓部隊は援護を!」
「ハッ!」
「かしこまりました!」
(部隊全員が亜人……。ということは、ここはハート皇国!?)
一瞬、ハート皇国の兵たちがダイヤ王国に侵略を開始したのかと思って肝を冷やした。しかし先ほど上空で周囲を確認したが、土地は疲弊しており、草木が一つもない枯れた大地が続いていた。これがハート皇国。
『主、獣人──いや亜人族が戦っているのは、魔物です。そして周囲に漂うのが邪気。この国は長年、精霊との約束を忘れたため、大地の恩恵が受けられない状態になっているのです』
「約束を忘れた……?」
『それゆえに、不作や魔物が増え続けているのです』
(不作……魔物の脅威……)
何か引っかかっていた。だがそんなことを悠長に考えている時間は、残念ながらなさそうだ。
「ソフィーリア様。こちらに、馬車を用意しております」
「え、いや、でも」
光の精霊が外の入り口に、この場所を選んだのは、私にして欲しいことがあったからだ。それなのに撤退してしまっていいのだろうか。私は白銀の狼に視線を向けようとしたのだが──ずい、と目の前に亜人の兵士が現れた。
「!」
ふと脳裏に浮かんだのは、時間跳躍の時間軸で殺された記憶だ。その時と状況は違うと思っても、いざ目の前にすると身が竦んでしまう。
(……っ!)
「ありがとうございます!」
「助かりました!」
「え」
「先ほどの白亜の光が無ければ、我々は全滅するところでした」
犬の耳をした亜人が、飛び切りの笑顔を私に向けたのだ。殺意が敵意はない。好意的な姿に力が抜ける。
「あ……、え、いえ」
「こんな最前線に、貴女様が来ていただけるなんて……。これはもう奇跡です」
「奇跡?」
どうやら私が現れたことで、戦況が大きく変わったらしい。しかし私自身はなにかした記憶はない。あの光も、そうだ。
モフモフと私の傍に居る白銀の狼が見えていないのか、亜人たちは視線を向けることもしない。
『我が君。この近くに私の本体が眠っているのです』
「え、そうなの!?」
『私を目覚めさせるため、ここで精霊契約を結んでいただけないでしょうか?』
それがこの上位精霊の願いのなら、私は聞き届けたい。そのために私は自国に戻るのを遅らせて、ここに来たのだから。
「わかったわ」
「あの、ソフィーリア様。先ほどからどなたと会話をされているのですか?」
「ええっと……」
困惑する兵士の言葉を聞いて、傍にいる白銀の狼が見えていないのだと確信する。忘れていたが、ダイヤ王国の人以外は妖精や精霊が見えないのだと。改めて実感する。
「高位の精霊と話をしているの。彼らからの要請があって、私はここに呼びだされたのよ」
「おお! では、ソフィーリア様が伝説の聖女様な──」
──キシャアアアアア──
毛むくじゃらの一メートルほどのラットが叫ぶと、どこからともなく仲間が集まってくる。その数は二十を超えた。先陣を切って戦っていたアレクシス殿下は忌々しそうに舌打ちをする。
「チッ。次から次へと!」
大量のラットを屠るが、それでもラットの鋭い爪や牙が彼を襲う。何匹かが男を無視して私たちの元に駆けていく。それを他の亜人の兵たちが抑え込むが、対応しきれていない。このままでは大量のラットによって蹂躙されてしまうだろう。
身が竦み、震えあがるだけしか出来ない私に何が出来るというのか。
「契約って、私は何をすればいいのかしら?」
『我が君、私に名をください。貴女に忠誠を誓うための絆の証を』
「な、名前?」
急に言われても困る。
名前──。
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