第99話 アレクシス殿下の視点
それは酷い夢だった。
ハート皇国は、長年不作と魔物の脅威によって食料の備蓄は勿論、国庫も減り続けていた。
夢の中では、このままでは国は滅ぶ。だからそれを回避するために──ダイヤ王国に侵攻した。そうすることが正しいと聖女が周囲を煽り、進軍する大義名分を掲げたのだ。冷静に考えれば、なんと愚かな行為だったのか子供でも分かる。
妖精と共に生きるダイヤ王国が滅べば、妖精や精霊はこの地を離れ自然の恵みそのものが失われるのだ。そんな簡単なことに気づかなかったのは、聖女が次期女王に即位するなどという言葉を信じたためだ。
なぜ信じたのか。
どうして信じてしまったのか。
大義名分と称して、俺は幼馴染を、彼女を、この手にかけた。
もう何度も繰り返される悪夢。
燃えさかる炎。血と鉄の匂いが充満する中で、美しく成長した幼馴染を──俺は殺す。ティアラが転がり、玉座を手に入れた。
これで救われる。そう信じて。
「どうして……」
「──っ!」
***
飛び起きると、野営のテントが貼られた天井が見える。もっとも片目の視界は何も映さないが。
「──くっ。……またか」
右目の激痛が走る。
悪夢を見るようになり右目の視力は落ち、つい先日魔物の爪で深手を負い失明した。それが俺の罪だと言わんばかりに。
じくじくと右目が痛むはずなのに、胸の方が酷く傷む。ベッドの傍にはダイヤ王国からの手紙があった。開封して読んでいるうちに眠ってしまったようだ。
(ソフィーリアは元気だろうか。旅行で我が国を訪れる予定と聞いていたが、病気のせいで中止だとジェラルドの手紙に書いてあったな。それと珍しくジェラルドの方から「相談がある」というフレーズが気になる。……この遠征さえ終わればダイヤ王国に向かえるんだがな)
ここはハート皇国、魔物討伐最前線。
かつてはこの周辺にも町があったが、半世紀ほどで魔物が出現する地帯になり果てた。野営のテントを出ると、忌々しいほどに黒く分厚い雲がどこまでも広がっていた。
現在ハート皇国では邪気の濃度が広範囲に広がり、魔物の大量発生と集団暴走が起こっている。その討伐のため、ハート皇国は最果てに近い土地に長期遠征に出ていた。
(食料の備蓄はまだある。ソフィーリアの対策のおかげでここ数年、不作が続いていても餓死者は出ていない。だが魔物の討伐には、やはり聖女が不可欠か……)
邪気を浄化できるのは、光魔法を扱える聖女だけだ。
ハート皇国ではここ数百年、聖女の姿はなく、そのせいもあって邪気が土地を汚染していっている。聖女の到来を誰もが望む中、俺は期待よりも怯えの方が強かった。
(もし夢の通り、聖女が現れたら俺は──幼馴染を斬らなければならないのだろうか。いいや、どんな理由があろうと我が国の恩人を斬ることなど、できる筈もない……!)
もしソフィーリアを斬らなければならないというのなら、その前に自分が聖女を斬ろう。恩人であるソフィーリアを殺して、この国を延命させるぐらいなら、滅んだ方が良い。
そう硬く誓った。
顔を洗い軍服に着替えを済ませ剣を帯刀しかけた時、警鐘がけたたましく鳴り響いた。
敵襲の合図だ。
「チッ、いつもよりも早いな」
「アレクシス殿下! 前方より三十キロ先にビックラットの群れが出現しました」
ビックラビットは時速三十キロ前後。となると猶予は一時間弱、いや五十分あるかどうかか。
「今すぐ寝ている兵士を叩き起こせ。部隊長はすぐに俺の部屋に来るように伝えろ」
「ハッ!」
兵士は指示通りに動き、外の様子もだいぶ慌ただしいものになっていく。
奇襲などよくあることだ。だが今回は兵士たちの疲労も蓄積しており、十分な休息も取れていない。ここが引き際だが、兵士たちを逃すためには、ある程度時間を稼がなければならなかった。
「次にダイヤ王国に行けるかどうかは、この戦い次第だな」
***
剣戟、次いで爆発。
爆炎と土煙と瘴気と血の匂いが入り混じった戦場。
緋色の閃光──などと二つ名で呼ばれることがあるが、俺の出来ることはさほど多くない。部下を鼓舞し、出来るだけ被害を最小限に止め、最大の功績を上げる。
戦いは嫌いじゃないが長年戦闘が続けば、体にガタもくるし休息も無ければ肉体も精神力も摩耗するものだ。
次々と襲い来る魔物。
最前線とはいえ、瘴気による影響で領土は縮小され続けている。それに加えて不作が続く。破滅の音が聞こえた気がした。
この戦いも、夢で見る最悪の結末も、全てが誰かが書いた筋書きの上にいるような気がしてならない。それが気に食わないというのに、気づけば選択肢がそれしか用意されていない。
(今回の長期遠征はだいぶ無茶をしていた……。西の土地も手放すしかないのか)
「殿下、右翼がもうもちません!」
「アレクシス殿下、左翼の陣形も崩れ始めました」
(此処までか……)
記憶通りならここでアリサ=ニノミヤが現れて、この状況をひっくり返す。そして彼女は聖女として祭り上げられ、国民から支持を得る。俺たちが助かるには、ここでそうするしかない──のか。
(幼馴染を殺す未来を繰り返すぐらいなら、いっそここで死んでも──)
死を覚悟したその直後、空に白銀の眩い光が溢れ──俺たちを包み込んだ。
アリサの登場だと思ったのだが、空から落ちてきたのは予想外の人物だった。
「きゃああああああ!」
「そ、ソフィーリア?」
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