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39.傾国の魔王1

【一日目 23:50】


「『傾国の魔王』についての処遇は、『純愛の魔王』様に決定権があります。人類の敵として貴方達は裁きたいと考えているかもしれませんが、ここは魔王城。わたくしたちのルールに従ってもらいます」


 久方ぶりの微笑みを浮かべるほど、シルバは上機嫌だった。アオストと同じく『純愛の魔王』も非力な異世界人だと考えると、彼のような強大な力を持つ人外が使者として仕える理由もわからない。

 そもそも、アオストのような唯の少女が魔王として名を馳せている状況も謎だ。私のまだ知らないからくりがありそうだった。

 

 シルバはアオストが魔王だと確信している様子だった。衣服を固められ、身動きが取れない彼女の周りをくるくると周り、うんうんと何度か頷く。



「しばらくの間は、十三層に最も近い小部屋に幽閉させてもらいます。どちらにせよ、謎の死体を生み出した犯人を探すために必要なことですので」



 アオストは、俯いたまま無言を貫いていた。首元から垂れていた血は未だ止まらず、彼女から離れていく。回復魔法など使えるはずも無い彼女は、自然治癒を待つしかなかった。


 モニ・アオストは傾国の魔王で間違いない。それは、私も含む調査隊メンバーの総意になった。


 しかし、問題なのはそこだ。

 モニ・アオストが魔王だからなんだ、という話である。彼女が人類の敵で、世界的に指名手配されている大犯罪者だとして、今回の事件の犯人だと自動的に決定されるわけでは無い。

 寧ろ、その逆である。魔法が使えない魔王に、無から死体を生み出すことも、死体を無かったことにすることも到底できることはできない。異世界人だからではなく、この世界の常識的に、彼女の犯行は考えにくくなった。


 唯、シルバの言う『調査隊メンバーの中に犯人がいる。だから、一番怪しいやつを一人置いて行け』という考えに都合がいいことも事実だ。物理的にありえないことが起きている中で、常識外の存在がいる。魔王ならば何ができてもおかしく無いと、彼らは当然のように思っている。


 同じ異世界人である私からしたら、魔法という例外的な力を使わずに、死体を消し去ることはできないと断言できる。だけれど、異世界人からしたら、ジョーカーのように当てはめてしまうのは仕方がないことなのだ。


 シルバの方針に逆らうものは誰もいない。



「クローバー。アオストを運べ」

「へい」



 それはつまり、彼女を助け出せる人間は誰もいないということだ。私も含めて。

 同郷の好だからと言って、アオストに手を貸すメリットはない。合理的に考えて、私はクラガンの言う通りに彼女を担ぐことにした。


 石のように硬い衣服になっているので、右肩の上に丸太のように乗っける形で運ぶことにした。アオストの長い前髪は重力に従って暖簾のように横に垂れ下がり、彼女の表情を隠していた。肩が痛い。



「よし、行きましょう」



 ビナは相変わらず怯えているし、セーレとユアは小声で何かを話している。私の掛け声に合わせる形で、シルバが歩き出した。皆も自然とついていく。



 当たり前のように、最後尾に私たちはなった。信頼されているのか、アオストが警戒されているのか。シルバ達と私たちは、数メートルの距離が開けられていた。


 仮に、アオストが暴走したとして、私が一人死ぬだけじゃないか。卑怯な奴らである。


 いや、違う。こういう時、基本的に前列に並ぶだろう男が、なぜか最後尾で歩いている。歩みを調節して、意図的に私たちと距離を開けているように見える。

 クラガンは、本当に私を利用したいらしい。彼は時折こちらを振り向き、私の目を見て顔の位置を戻す。音は聞こえないが、いつものように鼻を鳴らしているに違いない。


 これは、ヌルの時と同じだ。クラガンは私と誰かが二人きりになる瞬間を作り、情報を抜き出そうとしている。今回は、アオストと話す時間を作ってくれたということだ。

 

 これもまた、クラガンが作ったレールの上である。

 まあ、今は従おう。


「アオスト」

「……」

「おい、アオスト。聞け。私は君が魔王でも魔王じゃなくても、今までと態度を変える気はないから安心しろ」

「さっき助けてくれなかったじゃん」

「お前がビナを脅して、記者に成り変わったのは事実なんだろう? 罪は裁かれるべきだろ。お前を助ける通りはない」

「酷い!」

「酷いのは君だ。だけれど、何も人を殺したわけじゃない」


 余罪があるだけだ。それは、私が重要視することではない。寧ろ、この状況こそが、彼女が殺人を行っていない証拠だ。


 私の言葉を信じてくれたのか、アオストは首を僅かに曲げた。黒髪がずれ、彼女の右目だけがちらりと覗かせる。


「アオスト、君はもう調査隊としての立場を失った。自由に動くことはできないだろう。それなら、何をしに来たか、良い加減教えてくれても良いんじゃないか?」

「言ったら助けてくれるの?」

「それは知らないね。少なくとも、背負って地下まで送ってやった対価くらいにはなるかもしれない」


 現在進行形で、彼女を持ち運んでいることは忘れてあげよう。身動きの取れない彼女を輸送するのは、アオストというよりもクラガンに対する貸しだ。アオストは連行されているだけだ。


 足音だけが、洞窟内に響き渡る。『純愛の魔王』が待つ十三層までの道のりは長い。いつしか、前方のクラガンは振り向かなくなっていた。



 アオストの首元から、血が垂れなくなってきた辺りで、沈黙は破られた。首を大きく回し、長い髪を遠心力で背中へ飛ばす。ようやく見えた彼女の表情は、想像よりもつまらないものだった。

 笑みを浮かべたり、人を小馬鹿にするように目を細めているかと思っていた。彼女は眉を下げながら、私と同じように心底つまらなそうなため息を吐く。



「僕が調査隊に潜入した目的は、地球に用があっただけなの」

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