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21.死体の置き土産

 黒羽徹が探偵業を始める前の話。

 私は大学卒業後、国家公務員総合職試験を突破した。日本の平和を守る、誇り高き職業だ。幼い頃からの夢だったし、自分のためにある職業とまで思っていた。


 俗に言うキャリア組としての道で、警察官になった。

 

 自分でもいうのもあれだが、正義感にあふれた良い警察官だったと思う。順当に出世を進めていき、あっという間に捜査二課の警視正になっていた。


 一課配属にならなかったことは、持ち前の幸運の影響かもしれない。この頃の私は自らの地雷を把握してなかったし、仮に配属されたとしてもある程度上手くはやれていたと思う。

 しかし、一課配属になってしまったら、この世の醜悪に耐えきれず絶望してしまったに違いない。最終的に心が壊れてしまうことになるだろう。


 本当に運が良かった。私が殺人に関わるのが、三十代後半という、精神が成熟し切った年齢で助かった。



 捜査二課は一課と異なり、殺人事件などは担当しない。知能犯や詐欺など知能犯に対する捜査を行うことが多く、知能比べを行うことが多かった。

 私の性格ともよくマッチしていた。探偵となった後でも、捜査二課で培った技術は発揮され続けている。



 しかし、相手は同じ犯罪者。一歩間違えれば血生臭い事件に発展することもある。


 とある事件のことだ。追っていた詐欺集団が内部で揉め、勝手に崩壊した。我々が突入した頃には既に事件は終幕を迎えていて、一人の死体と一人の殺人者が取り残されているだけだった。死亡者一名、逮捕者一名で終わり。


 初めて、人間の死体を見た。被害者はインターネットを媒介とした詐欺師だったので、重い罰を受けることは確定していた。しかし、死ぬべきではなかったと思う。

 その人間はあらゆる罪を放棄し、人生から離脱した。楽しいことも苦しいことも、償うべきことも。何一つ、二度と行えない。



 終わった。

 死んだ。



 中年に関わらず落ち込む私を慰めてくれた老年の先輩がこう言った。「死んで当然の奴だった。気にするな」、と。先輩にとってはよくある事で、寧ろ最初の殺人が罪人相手で良かったじゃないかという風だった。



 その時の私の心情は言葉に形容し難い。勿論、先輩は私を心配して言葉をかけてくれたわけだし、尊敬だってしている。だが、人一人の人生が終わったというのに、その態度はないだろう。

 まるで、世の中には何ら影響がないかのようだった。一日だけニュース記事になったが、それきり。


 命の軽さを、私は知った。


 人を殺しても、人が死んでも。人口総数の数字が一減少するだけだ。歯車は一度だけ停止するかもしれないが、数日経てば何もなかったかのように動き出す。


 死んで良い人間なんていない。生命として誕生した時点で、祝福されるべきだ。そんな当たり前のことを、死体を通して私は学んだ。



 それこそが、黒羽徹の正義感。殺人を絶対悪とし、殺人鬼を許さない。そのためだったら、警察官を辞めることだってできた。



 しかし、そんな私が生み出した『殺人鬼』望月茜のことは、今は触れたくない。彼女のことは地球に帰ってから解決すべきことだ。


 今は異世界。


 目の前の事件に向き合わなければならない。


***

【一日目 18:30】


「殺人事件だ」


 ロベルト教授は、確かにそういった。言葉は耳から私の脳内に伝わっていき、処理が行われる。今まで冷静に物事を俯瞰していた自分が消え去っていくような感覚が、じわりと体を巡る。


 人が、死んだ。

 殺人事件が起きた。


 最低最悪で下劣な行為を行った人間がいる。



「誰が、誰を」



 自分でも驚くほど低い声だった。気がつけば教授の肩を強く掴みかかっていた。教授は少しだけ驚いた風に目を見開いたが、すぐに冷静に「クローバーくん、落ち着け」と促す。

 こればっかりは無理な話だった。人が死んでいる状況で落ち着いていられる方が異常だろ。


 とはいえ、教授もいつものように高笑いもしなければ、余裕もない。異世界だからと言って、人が平然と死ぬ世界観ではないことに少しだけ安堵した。


 この世界を、完全に嫌いになる所だった。別に、好きでもないけど。



「オーケア教授、クローバーさん。少し黙っていてくれませんか」



 貫くような声だった。すぐに、彼こそがこの場の異様な空気を生み出した張本人だと理解した。

 教授以外誰も口を開かず、他人と一定の距離を取るような空間。それもそのはず、不要な行動をしたら命の危機を感じるほど、魔王使者シルバは怒り狂っていた。



 悪魔のような外見に、鬼のような形相。魔法なのか、彼の周りは空気が歪んで見えていて、直立しているにも関わらず揺れて見えた。


 皆、彼が口を開くのを待っているのだ。殺人事件が起きたからといって、ここが魔王城であることには変わりはない。

 そうなると、この状況で私に話しかけてきたロベルト教授は只者ではなかったことになる。大きく動いた私も、警告だけで済んだ。次は、無い。

 

 シルバは我々全員を睨むように見て周り、口を開いた。


 

「この調査隊は、純愛の魔王様の恩情で結成されたものだ。魔王様が貴様ら人間を信頼し、自らの懐の中に入ることを許可したのだ。これは、世界をいつでも滅ぼすことができる魔王様が、貴様ら人間に目線を合わせてくださったからこそできたことだ。それなのに、それなのに、だ」



 シルバは叫ぶ。



「人間が一人、殺されていた! この、『純愛の魔王』様の城の中でだ! 何という侮辱、何という屈辱。魔王様のお気持ちを踏み躙り、命を軽んじた。人間を殺す特権は魔王様のものだというのに!」


 

 彼は一度、表情を無くす。先程までの怒号から一変、低く落ち着いた声に変わった。


「魔王様はお怒りである。この調査隊の中に、裏切り者がいると考えている。魔王様の手を取るわけではなく、暗殺をするために送り込まれた勇者がいると。この中に、勇者が紛れ込んでいるとわたくしも確信している」


 地下の戸締りはシルバが管理している。魔王城地下は密室空間で、外部犯はありえない。故に、我々の中に殺人者がいる。


 だからこそ、彼の言い分は合理的だった。



「勇者の首を差し出せ! それまで、この地下から誰一人として外に出ることを禁ずる」

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