20.余震5
【一日目 18:00】
「おおおお」
思わず、声が漏れる。震度5程度の大きな縦揺れ。日本人である私にとっては恐れるほどのものではないが、問題なのはこの場所だった。
地下の、しかも洞窟の中。
脳内に埋め尽くす『圧死』の二文字。片道三時間もかけて降った地下で生き埋めになるなんて冗談じゃない。助かる見込みは全くない。
己の無力さを実感する。異世界だとか魔法だとかそんなくだらない概念も、所詮は自然災害には勝てないのだ。科学の力を持っても、未だに対策できていない。人間は星の力には勝てないのだ。
と、恐怖に足が染まりつつある間に、揺れは治った。思考が正常な回路へと戻って行く。
周囲を素早く見渡すが天井や地面、壁に亀裂は入っていない。この後すぐに生き埋めになる展開は無さそうだ。
「大丈夫か」
「う、うん」
体勢を崩したヌルを抱えるようにしているアオストが返事をする。立ち位置が逆じゃないかと思ったが、無事ならそれでいい。
彼女たちの反応を見る限り、異世界でも地震は馴染みのあるもののようだ。太陽と月があるこの世界ならば、地球と同じようにプレートの歪みがあってもおかしくない。
「とりあえず、十一層に戻ろう。大した揺れじゃなかったが、調査続行するかどうかシルバに仰いだ方がいい」
「お兄さんはそれで良いの? 寧ろ、今こそ調査を続行するべきだと、僕は思うけど」
「アオスト。お前は何か勘違いしているかもしれないが、あらゆる物の中で命が一番大切だ。こういう時こそ、慎重に行動する必要がある。ヌル、お前はどうする?」
暗に、一人行動したいのならば勝手にしとけと突き放すような発言だったが、ヌルはぽかんと空を見ているだけだった。
「おい、ヌル・ファイス?」
「ん、ああ、俺か。何だっけ」
明らかに様子がおかしい。先程までの太々しさは一切なく、外見年齢相応の少年のようだ。
彼は冷や汗を垂らしながら、アオストに抱きついている。地震恐怖症か? まあ、この洞窟内の揺れでビビらないほうが難しい。
しかし、すぐに不安そうな表情は消えた。軽く咳払いをして立ち上がる。アオストにお礼を言いつつ、直ぐに歩き始めていた。
「戻るに決まってるだろ。シルバの元に行こう」
***
【一日目 18:30】
純愛の魔王城、十二層。真南の十一層から降りた先にある、左右に分かれる大通りの付け根。その広い空間(以後は南広場と呼ぶことにする)に辿り着いた私たちを待っていたのは、調査隊メンバーだった。
既に、シルバを含めて全員が集結していた。この洞窟の安全性を確かめる上で、理想的な状況ではあったが、点呼を取っているわけではないらしい。
あまりにも静かだ。
漂う緊張感。私は思わず眉唾を飲んだ。猛烈に嫌な予感がする。
何だ、この変な感じは。やはり、先ほどの地震で洞窟内の安全性が損なわれたのだろうか。それならば一刻も早く脱出するべきだが。
しかし、どうするべきか。先程アオストに言った事は本心だし、人命第一なのは私の原点だ。唯、洞窟が崩壊しても私だけは生き残れる可能性がある。
ここは異世界だ。私が居ていい場所ではない。他のメンバー達は地上に戻らなければならないが、私だけは地球に帰れば良い。逃げるとしても、向かう先が違う。
ちらりと、枝分かれしている右側の洞窟を見る。その一番手前の小部屋の先に、魔力源と思わしきサバイバルナイフがあることを私は知っている。ここからならば、走って三十秒にも満たないだろう。調査隊が撤退するタイミングで走りだせば、誰の邪魔もなくたどり着ける。
ここに来たのも情報共有だけが目的ではない。ロベルト教授に会いに来たのだ。地球帰還への第一段階はクリアしたので、具体的な方法を教えてもらわなければならない。
教授は、左通りから姿を現した我々三人に気が付いたのか、微笑みながら手をあげる。彼も他の調査隊メンバーと同様、少し曇った表情をしていたが口角は上がっていた。
無理やり、元気に振る舞っているようにも見えた。天使のような見た目をしているが、人間らしさも持ち合わせているらしい。
「おーい、クローバーくん。遅かったじゃないか。先ほどの揺れで怪我はしていないかな?」
「問題ありません。教授も無事そうで安心しました」
「あっはっはっは。いや、問題だらけだから、笑っている場合ではないんだけどね」
「すみません。その話は後で聞きます。それよりも、魔力源についてなのですが」
「いや、魔力源の話こそ後で話しを聞くよ。クローバー君。君には本当に申し訳ないのだけれど、かなり面倒くさいことになった」
教授はさらに声を顰め、私だけに聞こえる大きさで「異世界への帰還については、少しだけ待ってもらいたい」と付け加える。
なぜだ、とは言い返さなかった。飽くまで、私は教授に手伝ってもらっている立場だ。多大な恩を貰っているにも関わらず、こちらは何も返せていない。これ以上、彼に迷惑はかけられない。
寧ろ、こちらの方が申し訳なかった。今まで私のことを第一優先に動いてくれていた教授が方針を変えた。それ相応の事態らしい。
一歩引いて、様子を見るしかない。自身の立場を改めて俯瞰して見ながら、私は口を閉じた。一先ず、教授について行こう。
しかし、私が冷静な思考を保つことができたのはこの瞬間までだった。以後しばらくの間、私は頭に血が上った状態になる。完全に落ち着いて口を開くことができるのは、探偵として推理をする時までお預けとなった。
ロベルト教授は一言だけ告げた。
それだけで十分だった。
調査が打ち切りになり、私の地球への帰還も放置されるような、説得力のある言葉。
教授にとって一つ誤算があったとしたら、それは私にとって一番の地雷だったことだ。
精神の根底にある、触れてはならないコアな部分。黒羽徹として数十年間生きてきた、支柱。それだけを軸に、あらゆる人生は枠組みとして作り立てられたと言っても過言ではならない存在。
「クローバー君。死体が見つかった」
地球でも散々悩まされた最低で下劣なその『行為』が、異世界でも行われた。
「殺人事件だ」




