22. 手記と容疑者
この世に生まれてから数十年が経った。口から飛び出る単語は異世界特有の言葉が多くなってきたし、思考もすっかり異世界に染まってしまった。こうして日本語だけで文字を書くのも久しい。他人と交流がほとんどない『ボク』でも、既に異世界人としての自覚が芽生えてきた。
だからこそ、昨日見た日本の夢は懐かしく、嬉しくもあった。色褪せることのない前世の記憶ではあるが、夢の世界で自由に歩くことができたのは感動した。
明晰夢って奴だ。『ボク』は珍しいと思いながら東京の街並みをゆっくりと散歩していた。次第に足先は故郷の駅へと向かっていて、空を飛びながら自宅へと帰還した。
そこで待っていたのは、幼馴染や学校の後輩。やはり、『ボク』にとって記憶深いのは、あの高校に通っていた時期なのだろう。
日本で交流があった人とはほとんど夢の中で会えた。異世界に来た心残りを埋めるように、彼らと対話した。
楽しかった。
そういえば、こうして夢を振り返ってみると、一人だけ登場していない人物がいることに気がついた。
異世界転生する直前まで言葉を交わし、一緒に走っていたあの男だ。もはや、親友とも呼べるほど密接な関係だったのに夢に現れなかったのは、正直意外だ。
夢で逢う人物は親しい人々や過去の人物が多い。現在はあまり接触がない人物だからこそ、印象に残っているため夢に登場したりもする。
『ボク』が最初に殺した人たちは既に終わった存在で、あの男は最後まで続いていた存在だから現れなかった?
夢を見るまでもなく、終わっていないから?
何はともあれ、彼について少しだけ考えてみることにしたので、この手記に記す。
黒羽徹は非常に優秀な探偵だった。彼の特徴を一言で表すとすれば、合理主義。成果のためならば、あらゆることを許容する悪人。
か弱き女子高生だった『ボク』のことなんて平然と利用していたし、不法侵入や窃盗くらいの犯罪なら進んで行っていた。言い方が悪人に寄せてしまっているが、証拠集めの過程での犯罪だ。
その行為が、自らの目的達成のために必要なら、罪悪感すら湧いていないだろう。
しかし、彼は正義の味方である。
それは間違いない。
断言できる。
黒羽徹が最も重要視している『目的』は私利私欲のため何かではないからだ。至って普通の人間が持ち合わせている善性、その延長線。
『命が最も尊い存在である』
これだけだ。
だからこそ、命を蔑ろにする人間のことは絶対に許さない。例え相手が国家機関でも、彼は反旗を翻す。厄介なのは、怒り狂って暴走するわけではなく、虎視眈々と証拠を集めて、準備を怠らないことだ。
手札が揃うまで息を顰め、一気に盤面をひっくり返す。元警察官としての丁寧さと、現探偵としての洞察力が非常にマッチしている。
その正義感については同調することはできないが、そのための行動力は尊敬できる。一つの目的に対して、直向きに進むその姿はカッコ良い。久しく誰かから学ぶことをしなかった『ボク』も、そこだけは自分のものにしたいと思った。
彼は何をやっても成果を叩き出す、所謂天才と呼ばれる分類なのだろう。偶然、『命大事に』という正義側の目的を掲げているだけだ。『若人は皆殺し』という目的を立てていれば、極悪人のテロリストになっていただろう。
目的に救われたとさえ言える。
前世で『ボク』が人を殺した後の逃亡中。彼に捕まって身動きが取れなかったときに聞いたことがある。
「名探偵は、何で関係のない人の命も救おうとするの?」
自分らしい質問だと、我ながら思う。自分に関係のない人間が死ぬなんてどうでも良い。それが『ボク』の人生の邪魔にならなければ、いくら死んでくれても構わない。
名探偵は違う。自殺をする愚か者すら、彼は助けようとする。人の悪意に対して、真向から立ち向かう。彼にとって何一つメリットがないにも関わらず、だ。
『ボク』の浅い質問に対して、名探偵は愚問だと言わんばかりにこう答えた。
「今関係ないだけだろ。生きていれば、いつか関わってくる。直接的でも、間接的でもな」
ああ、彼は心の底から本当にそう思っているのだ。そのために、巨悪に立ち向かっている。『ボク』のことも、利用している。
黒羽徹の正義感は眩しくて、羨ましい。だからこそ、彼のことは嫌いだ。殺したいとすら思えない。殺意もなければ好意もない。
黒羽徹とのやり取りの途中で異世界転生してしまったことは予想外ではあったが、未練はない。
ただ、一つだけ後悔していることがある。
彼の正義感が崩れる瞬間を、一目でも良いから見てみたかった。
『純愛の魔王』城◾️◾️層
◾️◾️◾️の上にある『望月茜の手記』より引用
***
【一日目 18:50】
『純愛の魔王』城十二層、真南の位置にある大広場。既にシルバは姿を消していて、調査隊メンバーの九人だけが残されていた。
シルバの怒号は、空間に残っていた。「勇者の首を持ってくるまで、魔王城から外に出ることはできない」という言葉は、調査隊メンバーの心に刺さっている。誰一人として、動こうとしない。
それならば、信念に従って私が動こう。
「殺人現場に案内してほしい」
私の声が、広場に響き渡る。皆が一斉に私に目を向け、なぜか疑惑の表情を浮かべる。
殺人現場に行こうとするのは、この状況に対する当然の行動だ。
どこで、誰が、どうやって。
人を殺されたという情報だけで何ができるというのか。私は安楽椅子探偵ではない。警察官らしく現場を取り仕切るのも良いが、やはり現場検証から始めなければならない。
何よりも、おかしな点が多すぎる。
ここには、調査隊メンバー九人がいる。
九人、九人だ。三の二乗で、長月の数字。
元々、調査隊メンバーの総数は九人。カラン・ターマが抜けたが、私が加わったことで総数の変動はない。その全員が、この大広場に集まっている。一人とて、欠けていないのだ。
それじゃあ、一体、誰が殺されたというのだ。
私とアオスト、ヌルの三人は最後に到着したが、それ以外の六人は既に状況を理解しているようだった。この大広場に死体が転がっているわけではないし、流れからして十二層のどこかの小部屋で死体でもあったのだろうか。
「トール・クローバー。何をするつもりだ?」
魔法学院警備隊隊長、クラガン・ステロール。言うなれば日本の警察官の立ち位置に近いであろう彼は、やはり私の前に立ち塞がった。
家主の使いことシルバがこの場から離れたことで、警備隊隊長殿が指揮を取るのは当然ともいえる。彼は強く私を睨み、一歩でも動くものならば殴ってかかってきてもおかしくない気迫だった。
だが、そんなことは知ったことではない。私はロベルト教授の元へ近づく。
「動くなという意味だったが。伝わらなかったか?」
「私は、探偵だ」
「たんてい? 何だそれは」
「殺人を許さない存在と考えてくれれば良い。人が死んだならば、私に任せてほしい。すぐに、殺人鬼を捕まえて見せよう」
「く、はは。はははは。なるほど。これは傑作だな。それじゃあ、警備隊隊長の立場から言わせてもらう。トール・クローバー。貴様を殺人現場に案内することはできない」
いつのまにか、私の真後ろまで男はきていた。彼はゆっくりと私の肩に手を載せ、力を込めた。随分と高圧的で、上からな態度だ。厄介なのは、他の調査隊メンバーが彼を咎めるつもりがないということだった。
ロベルト教授ですら、彼に同調していた。
「すまない。クローバー君。今回はクラガン隊長のいう通りだ。このロベルトは中立の立場を主張させてもらうが、総合的に考えて君はここを動かない方がいい」
「何でですか」
おいおい。現場から得られる情報量はお前達素人が考える数倍多いんだぞ。と、力説することもできない。
続けた教授の言い分は、最もだったからだ。
「クローバー君だけではない。モニ・アオストさん、ヌル・ファイスさん。遅れてきた貴方たち三人は、この殺人事件の容疑者になったんだ」




