第15話「一件だけじゃありません」
朝。
町工場の札。
《冷却部品》
《必要 十一時》
《通常便 十二時四十分》
《予備 一個》
その一個は、別の機械で使っていた。
ぱむちゃんは裏を見る。
《遅れた場合 二号機停止》
昨日の札が、完了の束にある。
《ぱむ いかない》
ぱむちゃんは今日の札を戻した。
ぱむ。
世達ちゃんが通常便へ回す。
◇
十一時三分。
町工場。
二号機が止まった。
工場長は電源を落とす。
「十二時四十分なら、午後には動く」
作業員が工程表を見る。
「荷台金具、昼ですよ」
《パン屋 荷台金具》
工場長が丸をつける。
「先に電話する」
◇
十一時十分。
パン屋の電話が鳴った。
『金具、午後になる』
「分かりました」
店主は受話器を置く。
古い自転車の荷台は、留め具が割れたまま。
配送表は三件。
二件は明日でもいい。
一件。
《坂上団地 くるみパン 二個》
《孫が好き》
店員が聞く。
「全部明日にします?」
店主は配送表を見た。
「いや」
棚の下から大きな保冷バッグを出す。
「団地だけ歩く」
「え、片道二十分ですよ」
「だから一件だけ」
くるみパンを二個入れる。
店員がエプロンを外した。
「私行きます。店長、昼の店番してください」
「いいの?」
「昨日、私の棚直すの手伝ってくれたでしょ」
店主が少し笑う。
「じゃあ頼む」
◇
十一時三十五分。
坂上団地。
老人が玄関を開けた。
「今日は自転車じゃないのか」
「壊れました」
店員は肩の保冷バッグを下ろす。
「でも、これは今日って書いてあったので」
くるみパンを二個渡す。
奥から孫が走ってくる。
「パン!」
「二個あるぞ」
「一個ずつね」
老人が財布を取りに戻る。
店員は額の汗を袖で拭いた。
「明日からは自転車直ってる予定です」
◇
十二時四十一分。
町工場へ部品が届く。
二号機が動く。
工場長は工程表の《パン屋 荷台金具》を翌朝へ移した。
「今日の便、どうした?」
作業員が聞く。
「二件は明日。団地だけ歩いたって」
「歩いた?」
「向こうで決めた」
工場長は丸を消さず、その横へ矢印だけ引いた。
◇
午後。
世達ちゃんが町工場の受領票を閉じる。
《町工場 十二時四十一分受領》
《二号機 再開》
その下にパン屋から一枚届く。
《自前配送 二件延期》
《坂上団地 一件 徒歩配送済》
ぱむちゃんが引き出す。
《くるみパン 二個》
《受領済》
ぱむ?
「パン屋さんが、自分で経路を変えました」
世達ちゃんはそれだけ言った。
ぱむちゃんは札を持ったまま、配送口を見る。
そこから誰も出ていない。
◇
夕方。
ぱむちゃんは坂上団地の前を通った。
老人と孫が玄関から出てくる。
「散歩」
老人が言う。
孫の手には、くるみパンの袋。
「半分残した」
「明日食べるんだってさ」
ぱむ!
孫が袋を上げる。
「パン屋さん、歩いてきたよ」
ぱむちゃんは袋を見る。
老人と孫は歩いていく。
ぱむちゃんは追わなかった。
◇
店へ戻る。
町工場の札は《受領済》。
その隣に、パン屋の札も《受領済》。
ぱむちゃんは町工場の札を取る。
裏に書く。
《ぱむ いかなかった》
パン屋の札には、ぱむちゃんの字はなかった。
《徒歩 店員》
二枚を同じ完了の束へ置いた。




