第10話「ぱむ便が来るから」
八時二十六分。
坂上団地の女は、廊下に立っていた。
手には空の薬箱。
八時二十七分。
階段を見る。
八時二十八分。
「今日は遅いね」
父親が部屋の中から言う。
「まだ二分」
女は答えた。
◇
八時四十分。
町工場。
工場長が空の予備棚へ手を置く。
「そろそろ来る」
機械の音が一度だけ変わった。
作業員が振り返る。
「止めます?」
「いや。部品が来る」
◇
PANDEMONIUM BURGER。
配送口の扉が開かなかった。
ぱむちゃんは紙袋を持って待っていた。
至誠ちゃんが扉を確認する。
「接続先が固定されていません! 坂上団地へ出ません!」
ぱむ。
「通常経路を使います! 薬局へ連絡!」
世達ちゃんが時計を見る。
「通常便は十三時です」
ぱむちゃんは扉を見る。
開かない。
◇
九時十分。
坂上団地。
女が薬局へ電話する。
「今日の分がないんです」
『十三時便になります』
「もっと早くできませんか」
『確認します』
父親が空の薬箱を見る。
「昨日、残しとけばよかったね」
女は答えなかった。
◇
九時十二分。
町工場。
機械が止まった。
工場長が予備棚を開ける。
何もない。
作業員が言う。
「前の仕入先、電話します?」
「契約切った」
「じゃあ、予備の会社」
「そこも」
工場長は黙った。
十二人の手が止まった。
◇
十時。
ぱむちゃんはまだ配送口にいた。
扉は一度、坂上団地ではない廊下へ開いた。
閉じる。
もう一度。
赤い砂。
閉じる。
ぱむちゃんは薬の袋を持ったまま、世達ちゃんを見る。
「通常便を待つ方が早いです」
ぱむ。
紙袋を机へ戻す。
次に町工場の部品を見る。
通常便、十二時半。
ぱむちゃんはそれも戻した。
◇
十一時。
町工場。
作業員たちは掃除をしていた。
機械は止まったまま。
一人が笑う。
「暇ですね」
工場長は笑わない。
「俺が予備なくしたからな」
「ぱむ便、悪くないですよ」
「分かってる」
空の棚を見る。
「だから困るんだよ」
◇
十二時二十分。
薬局の軽自動車が坂上団地へ着いた。
女が薬を受け取る。
「十三時じゃなかったんですね」
「一本前の便に載せました」
「ありがとうございます」
部屋へ戻る。
父親は昼食を食べていた。
「来た?」
「来た」
薬箱へ入れる。
一回分、遅れた。
何も起きなかった。
◇
十二時三十五分。
町工場。
部品が届く。
機械が動く。
三時間二十三分停止。
十二人は帰らなかった。
今日の製造分は、一部が翌日へ回った。
◇
夕方。
ぱむちゃんは坂上団地へ行った。
配送ではない。
女が出てくる。
「あ、来た」
ぱむ。
「今日は来なかったね」
ぱむ。
「怒ってないよ」
少し考える。
「でも、明日の分は二日分にした」
薬箱を見せる。
昨日より一列多い。
ぱむ!
◇
町工場。
予備棚には紙が貼られていた。
《一個》
工場長が言う。
「二個は高い。一個なら置ける」
ぱむ。
「ぱむ便も頼む。でも、来なかった時の一個」
ぱむ!
◇
店へ戻る。
配送口の扉が開いた。
坂上団地の廊下だった。
誰も待っていない。
ぱむちゃんは扉を見た。
閉じる。
今日、初めて正しい場所へ開いた。




