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第6話「フロアのおしごと」


 フロアの仕事には、声が要る。


「いらっしゃいませ」


 妄執ちゃん。


「お好きな席へどうぞ」


 郷愁ちゃん。


「……残すなら、先に言って」


 懺悔ちゃん。


「それは接客の言葉ではありませんわ」


「でも、残す匂いがする」


 午前十一時。


 ぱむちゃんの首には、札が四枚あった。


《作業中》

《仮》

《食材ではありません》

《フロア試行》


 扉が開く。


 ぱむちゃんは片手を上げた。


「ぱむ!」


 客が止まる。


「席、どこ?」


 ぱむちゃんは腕を横へ振った。


 空席は七つ。


 客も七つを見る。


「どこでも?」


「ぱむ!」


「窓際は、今日はやめた方がいいよ」


 郷愁ちゃんが来た。


「午後になると、昔の雨が降るから」


「昔の雨?」


「濡れないけど、落ち着かない人もいるの」


 客は壁側へ向かった。


 ぱむちゃんは、まだ入口で腕を広げていた。


「案内というより、全席紹介ですわね」


 ◇


「では注文を聞いてみましょう」


 妄執ちゃんが注文票と鉛筆を置いた。


「十二番のお客様ですわ。いつもはチーズバーガー、玉ねぎ抜き、氷なし」


「もう分かってる」


 懺悔ちゃんが言う。


「昨日の注文は、今日の注文ではありませんの」


 ぱむちゃんは鉛筆を持った。


 太い。


 両腕で抱えると、紙が見えない。


 紙の上へ置く。


 今度は鉛筆が転がった。


「聞くだけでもよろしくてよ」


 十二番へ行く。


「今日はフィッシュ。ポテトをサラダにして、紅茶。ミルクで」


「ぱむ!」


「分かった?」


「ぱむ!」


 戻ってきた。


 妄執ちゃんが待っている。


「フィッシュ?」


「ぱむ!」


「ポテト?」


「ぱむ」


「サラダ?」


「ぱむ!」


「お飲み物は?」


 ぱむちゃんが固まった。


 十二番から声が飛ぶ。


「紅茶、ミルク!」


「ありがとうございます」


 妄執ちゃんが書いた。


《フィッシュ/サラダ/紅茶・ミルク》


「聞けました。でも、注文としてこちらへ運べませんでしたわ」


 ぱむちゃんは転がった鉛筆を拾い、紙の横へ戻した。


 ◇


 昼前。


 入口脇に、小さな丸台が置かれた。


「ここなら、声が一語でも足りるかもしれないね」


 郷愁ちゃんが言った。


 ぱむちゃんが乗る。


 扉が開く。


「ぱむ!」


 子どもが手を振った。


 ぱむちゃんも振る。


 その後ろの客が足を止めた。


「これ、売り物ですか?」


 ぱむちゃんを持ち上げる。


「値札ないな。限定クッション?」


「作業者ですわ」


 妄執ちゃんが即座に回収した。


「動いた」


「勤務中ですもの」


「いくら?」


「販売しておりません」


 客が首の札をめくる。


《食材ではありません》


「食品サンプル?」


「なぜ選択肢が横へ増えますの」


 丸台へ戻されたぱむちゃんは、もう手を振らなかった。


 扉が開く。


 入ってきた客の足元へ降りる。


 通路を空ける。


 客が通る。


 次の客にも同じことをした。


「置くから置物になるのかな」


 郷愁ちゃんが丸台を片づけた。


「では、歩いていただきましょう」


 ◇


 十二番の注文ができた。


 フィッシュバーガー。


 サラダ。


 紅茶。


 ミルク。


「完成品の運搬は成功していますわ」


 妄執ちゃんがトレーを渡す。


 ぱむちゃんは十二番まで運んだ。


 テーブルの端で止まる。


 客が場所を空ける。


 トレーが置かれる。


「ありがとう」


「ぱむ!」


 ぱむちゃんが跳ねた。


 ミルクが倒れた。


 小さな容器が横になる。


 漏れてはいない。


 ぱむちゃんの跳ねた身体だけが、その場で縮んだ。


「届きましたわ」


 妄執ちゃんがミルクを立てる。


「でも、届いた後までフロアですの」


 記録に一行。


《配膳 一件/要再試行》


「失敗?」


 客が聞いた。


「成功ですわ。成功したから、次に直せますの」


 ◇


 昼の客が帰り始めた。


 妄執ちゃんは伝票を束ねる。


 郷愁ちゃんは動かした椅子の位置を覚え直す。


 懺悔ちゃんは残ったポテト三本の前で止められていた。


「処理できる」


「あなたの胃ではなく」


 ぱむちゃんは入口へ戻った。


 丸台はない。


 だから床に立つ。


 さっき手を振った子どもの席が空いていた。


 椅子の下から、赤い梯子だけが出ている。


 ぱむちゃんは腹ばいになった。


 潜る。


 小さな消防車を押し出した。


 片方の梯子が曲がっている。


 入口のガラス越しに、赤いものを探す。


 ない。


 代わりに、子どもの背中が見えた。


 角まで、まだ少しある。


「その子ですわ」


 妄執ちゃんが言った。


「来店時から右手に持っていましたもの」


「まだ間に合うよ」


 郷愁ちゃん。


 懺悔ちゃんが鼻を寄せる。


「怒られる前の味」


「確認はもう取れていますわ」


 ぱむちゃんは消防車を胸へ押しつけ、扉へ走った。


 ◇


 扉は重かった。


 消防車を床へ置く。


 両腕で押す。


 隙間ができる。


 片足を挟む。


 扉を背中で支えたまま、消防車を外へ蹴り出す。


 自分も転がり出た。


 消防車を拾う。


 走る。


「ない!」


 子どもが大人の手を引いていた。


「家じゃない?」


「持ってきた!」


 ぱむちゃんは追いついた。


 声をかける。


「ぱむ!」


 二人が振り返る。


 子どもの顔が、消防車より先に変わった。


「あ!」


 しゃがむ。


 ぱむちゃんは消防車を地面へ置いた。


 子どもが拾う。


 曲がった梯子を開く。


「ぼくの!」


「ありがとう、届けてくれたの?」


「ぱむ!」


 子どもは消防車を抱えて走り出した。


 大人が頭を下げる。


 ぱむちゃんは店へ戻った。


 ◇


 点検表には。


《注文受付 不適》

《案内 要補助》

《配膳 要再試行》


 その下に、新しい一行があった。


《持ち主への返却 一件》


 妄執ちゃんが、もう一つ書く。


《店外》


「フロアのお仕事から、外へ出ましたわね」


 ぱむちゃんは首の《フロア試行》をつまんだ。


 外すことはできない。


 代わりに、店の外を指した。


「ぱむ」


 ガラスの向こうで。


 赤い消防車が一度、高く振られた。


 ぱむちゃんも手を上げた。


 今度は、誰にも売り物とは聞かれなかった。

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