第16話「戻ってきました」
百十五番の家。
ぱむちゃんは玄関の前にいた。
紙袋はない。
呼び鈴も押さない。
新しい鉢の朝顔は、昨日より葉が一枚高い。
青い札は傾いている。
ぱむちゃんは札へ手を伸ばした。
止めた。
◇
十分。
新聞配達が通った。
二十分。
向かいの家から子供が出てきた。
「何してるの?」
ぱむ。
「配達?」
首を横に振る。
「じゃあ、お客さん?」
ぱむちゃんは答えない。
子供は走っていった。
三十分。
玄関は開かない。
ぱむちゃんは帰った。
◇
翌日。
また玄関の外。
今度は老婦人がすぐ出てきた。
「あら。また来たの?」
ぱむ!
「昨日もいた?」
ぱむ。
「ごめんね。病院だったの」
ぱむちゃんは朝顔を見る。
「気になった?」
ぱむ。
「入る?」
ぱむちゃんは動かない。
老婦人が少し考える。
「朝顔を見に来たの?」
ぱむ。
「私に会いに来たの?」
ぱむ。
老婦人が笑った。
「両方か」
◇
老婦人は扉を大きく開けた。
「じゃあ、入って」
ぱむちゃんは敷居を見る。
動かない。
「……入って、朝顔の支柱を手伝ってください」
ぱむ!
そこで初めて越えた。
◇
支柱は一本だけ短い。
老婦人が細い棒を持ってくる。
「この辺まで」
ぱむちゃんが切る。
土へ挿す。
茎を結ぶ。
隣の葉が紐に挟まっている。
ぱむちゃんの指が動く。
「そこは私がやる」
止まる。
ぱむ。
老婦人が葉を外す。
今度は老婦人の方から鉢を回した。
「こっちはお願い」
ぱむ!
二人の手が、同じ鉢の別の場所で動いた。
◇
作業が終わる。
老婦人が麦茶を二つ置いた。
ぱむちゃんは椅子に座らない。
「これはお願いじゃないよ」
老婦人が自分の分を飲む。
「飲みたかったらどうぞ」
ぱむちゃんは麦茶を見る。
朝顔を見る。
老婦人を見る。
椅子へ座った。
ぱむ。
◇
店へ戻る。
百十五番の受領票。
《配送完了》
裏には昨日書いた三行。
《翌朝 鉢破損を確認》
《花芽一本 折損》
《原因 UNKNOWN》
その下へ書く。
《戻った》
少し空ける。
《頼まれて、支柱》
また少し空ける。
《麦茶》
鉛筆が止まる。
消す。
麦茶は配送でも、依頼でもなかった。
ぱむちゃんは空いた一行をそのまま残した。
翌朝。
配送台へ向かう前に、ぱむちゃんは窓から外を見た。
百十五番の家は見えない。
それでも、すぐには走り出さなかった。




